第35~36話 Insert-08:Test in the Rain-
今回のキャラ――コイツを出すかどうかで相当悩んだ末、出て貰う事になりました。
遅すぎてすいません orz
【今回の登場人物(居るだけ、を含む)】
○芹真事務所
・ 芹真 :狼
・ボルト:魔女
・ 藍 :鬼
・ トキ :時間使い
○クリアスペース+α
・ ホムラ :赤髪
・ クロード :金髪殺人鬼
・ カーチス :黒髪殺し屋
・インスタイル:金髪ポニーテール
・ カリヴァン :黒髭天パ
・ ナイン :予知能力者、+αの該当人物
なお、訓練編の終盤に伴い、ストーリー上の時間域も変化。
今回から、
エミルダ・レザロッテ登場の神隠し事件直後の訓練となります。
その日、トキは学校を休んだ。
無断欠席することに慣れている彼は学校にも行かず、かと言って家に篭るほど落ち着いた心境にあるわけでもなかった。芹真事務所へ足を運ぶこともなく、得意先のゲームセンターやゲームショップに向かうこともなければ、漫画の立ち読みにコンビニや書店に足を運ぶこともなく、無断欠席に罪悪感を覚えて踵を返すこともない。
-白州唯商店街-
快晴の空下からアーケードの中に移り、目的も定まらないまま私服のまま徘徊を続けるトキ。
すれ違う大人の視線も、わざと肩をぶつけてくる青年も、突然のクラクションにも動ることはなく、前触れなく溜息が零れるほどにトキは悩んでいた。
(何で訓練していたんだろう……何のために訓練していたんだろう……)
疲労のピークを迎え、やる気を見失っていた。
Second Real/Virtual
彷徨すること6時間。
回復することないの気力を抱え、夕陽に暮れなずむ自宅前に戻る。
そこでは遠慮という言葉を知らない殺人鬼と、中途半端に遠慮を知っている赤髪の女性が酒瓶を傾けながら待っていた。
「よ、おかえり」
「早速だが、ちょっとしたテストに行くぞ」
無気力なままに流され、トキは足を休めることなく芹真事務所に向かうこととなった。
「質問は?」
「あるか?ないか?」
「……」
3人肩を並べて歩を進めながら、ホムラが質問の有無をトキに訪ねた。
が、無言。
左の穴から流れ出ていかない程度に耳を傾けるものの無気力なトキは口を開く気配がない。
その両脇を荒くれ二人が支えるという構図で芹真事務所に入る。
無気力なトキと若干ながらも苛立っている両脇の二人という映像は、事務所内で待機していた面々に戸惑いと確信を与えるに十分な視覚効果を持っていた。
「何だ? なにか腑抜けているな」
(戦い疲れキター! d・∀・b)
「落ち着いてボルトちゃん ´∀`; 」
事務所に集まっていた戦闘員はトキを除いて8人。芹真事務所の3人に、クリアスペースの4人とナイン。全員が統一性もないまま、得意とする戦闘を可能にする装束をその身に纏ってトキを待っていたのだ。
(おい、ナイン……)
(うん、これはアレだね。ジムとシャティちゃんのベッド的な、こっちまでテンション下がっちゃう系だね)
気力を喪失したトキに声を掛けているのは芹真とカーチスだけで、その他は小声でトキという新兵の異変に懸念を隠そうと必死だった。
「具合でも悪いのか?」
芹真に無言を返すトキを見守っていた藍は、迎えに行ったホムラとクロードの二人に体を寄せて事情聴取の構えを見せた。
が、ホムラとクロードの回答は揃って不知。ボルトの読心術がそれを真実と判定したところで二人を解放する。
「疲れたか?」
今度は殺し屋カーチスの質問。
これにも無言が返ると予想していた数名は、それまで無言だったトキの発する肉声に違和感を覚えた。
「俺は、いつかエミルダ君みたいになるのかなぁ、って考えて……何だろう、なにか色々と分からなくなって……」
「誰かの恨みを買ってしまわないだろうかって、心配しているんだな?」
躊躇いながらもゆっくりと頷くトキに、クロードは苛立ちを覚えて机の脚を蹴る。そんな殺人鬼をホムラは諌めた。
「んな下らねぇことで悩むんじゃねぇよ」
「馬鹿野郎が、学生に殺人の世界教えてんだぞ?
怒らねぇで少しは落ち着かせてやれよ」
「じゃあよぉ、ホムラ。俺らがトキくらいん時のアレは何だったんだ?
俺はしっかり覚えてるぜ。
最初の殺しは自分の学校、自分の教室、自分の担任の死体の真横だ。お前、そん時自分が何したか忘れたとかほざかねぇよな?
散々人に助け乞いといて、おまけに校舎まで爆破だ。それだけならまだしも、結局最後の最後に車椅子の上から3人も撃ち殺しておいてよ……それで黙ってやろ? 慰めろだと?
こんなロクでもねぇ俺たちだからこそ、一回殺されてるトキに教えられることがあんだろうが……それでも褒めてやらなきゃいけないほど現実は甘いのかよ? おい、どうなんだ!」
叫び散らすクロードの言葉を耳に、尚も沈黙を続けるトキへカーチスが言葉をはさんだ。
「クロードの言う通りだ。
俺たちに出来る限度は、戦いを教えることと経験させることの二点だけだ。
疲れているのは分かる。
恨まれる可能性も否定できない。
だが――」
カーチスは口をつぐんだ。
トキが何かを話そうとしている。
今まで沈黙を続け、無断で学校を休むほどに疲れているであろうトキの疲労核。それが見られ、見つかるかもしれない言葉へ構える。
「昨日、友達がSRの世界を知って殺されそうになったんです。
犯人だった子供も大勢の人間から殺されそうになっていて……ああいうのはダメなんじゃないかって思って」
「どうダメだと思ったんだよ、えぇ?」
只管手の出が早いクロードの腕が伸びると同時、進展しないこの雰囲気に痺れを切らせた芹真が立ち上がって牙を覗かせた。
「それでは任務に移る。緊急のな。
トキはそのままで行くぞ」
スーツにショルダーホルスターという軽装の芹真に、同じく金棒と木刀をベルトの両脇に差しただけの藍が諌めに入る。が、狼は鬼を躱して言葉をつなげた。
「今回は大きな仕事だ。
現場は南アフリカの密林地帯に確認されたナイトメア武装派の拠点。
目標は“Evan-10”という新薬だ。
この薬は錠剤と液体注射の2タイプが確認されており、その効果はSRを人工的に量産可能なレベルまで“人間を変化させる”ための覚醒誘発だ。
このEvan-10というSR覚醒剤は、器実験の成果としてつい最近完成し、流通が始まろうとしているらしい。コイツの流通を少しでも減らす為にも俺たちが奇襲を仕掛けることになった。報酬成功は一人頭150万。クリアスペースの連中も例外はない」
「そいつは有り難い話だ」
「……」
「拠点の規模はそれほど大きくない。
ただ、地上のジャングルに散らばった哨戒兵や地下基地に待機している部隊を相手にすれば、高い確率で薬を持って逃げられるか、他拠点から増援を呼ばれるか――最悪、流通の時期を早めてしまう可能性が憂慮される。
その為この人数で一斉攻撃を掛ける。
予想される敵の総数は100~200程度、うちSRは7名±2。“流通業者”も含めてこの人数と推測。
例外なく銃火器で武装しており、サブマシンガンやアサルトライフルが主兵装と思われる。チームワークも下手な素人集団よりは幾分マシと記録されている。
拠点に関しての情報だが、構造はコンクリートと木材によるものだが、元々ゲリラたちの隠れ蓑であったことからそれなりに補強されているとみて間違いない。
地上は2階までで、
1階は会合や護衛らの待機部屋など大小9つの部屋で構成されている。
2階は第二通信室やダミーの食糧庫、詰め所兼監視塔などで構成。地下の方は正確な情報がなく、2階まであるという古い情報をあてにするしかない。どんな部屋があるか分からないが、十中八九、信室と武器庫が設えられているだろう。器実験の被験体が存在する可能性も十分に在り得る」
口を固く結んだトキは事務所内を一周するように視線を配る。
狼の芹真、鬼の藍、魔女のボルト。
この面子に加えてクリアスペースの5人とナインでがいる。
「千里衛星で確認した結果、建物の外周にはターレットの他に鳴り子やブービートラップらしきものが確認された」
殺人鬼のクロードや殺し屋のカーチス、他にも赤髪のホムラや金髪のインスタイル、顎髭のカリヴァンなど、訓練で嫌というほど戦ってきた者達と、これから共闘しなければいけない。
どうしても拭えない違和感は、視線をクロードに移すと明確に感じる事が出来る。
「現地へはボルトの転移魔法を使って移動するが、その代償として今回のボルトは正直戦力として心もとないものとなる。そこでクリアスペースのアタッカーとチームを組んで動いてもらうことになった」
「あ、因みに私はインカムで情報を送りま~す♪」
挙手したナインにも違和感を覚えた。
これから何をしようとしているのか、彼の者たちは理解しているのだろうか。
「悪い奴らをブッ飛ばすだけだよトキ。
それに、私たちがその気になれば一人も殺さずミッションを終わらすことだってできるんだよ。
人殺しがよくない?――確かにその理屈は間違っていないよ。
ただ、面倒だからやらないし、何より“根っこからの悪人”はしっかり土の中から掘り出して刈り取っておかないと、また悪いものが芽生えちゃうじゃない。だからさ、汚い話だけど、殺して間違いないっていう人がいて、今からそういう必要性に立ち向かうわけなの」
心読まれてもトキの意見は変わらないし、どんなに世の為だと言われても実感がない上に、やる気も乗り気も全然起き上がってこない。
「そうそう――って、あれ?
と、いうことは、死んで以来初めてナインの予知誘導喰らうことになるのか」
「俺が……その事に、参加する意味なんかあるんですか?」
「訓r――」
「全然足りていない実感を掴ませてあげる♪
世の中にはどうしても殺しておかなければいけないダメな人たちが居るんだって事、他人を平気で巻き込んでおきながら自分達は生き長らえようとする、反吐が出る悪人ってものを。
まぁ、そういうのはね、日本にも実は居るけど、チョ~レアだから海外に飛んで実際に見て来た方が早いんだ。
それに~」
カリヴァンとインスタイルが無言で拳銃とナイフを手渡し、両手をこじ開けて無理やり握らせる。
「トキが 昨日 見た“左腕神隠し”の子供だって、前身の実験ではあるけどこれから潰しに行く奴らの被害者系統なんだよ?
トキはその子――エミルダ君みたいな犠牲者を量産しようとしている現実を見て見ぬフリしちゃうの?」
「……」
厭戦の念に駆られるトキの前で、カーチスの号令を合図に武装の一斉確認が始まる。
その中で唯一、現地に飛ばずに情報伝達を行うだけというナインは続けた。
「トキ、これは君の望んだ道だよ。
連続する戦いの中で最初を見失う事はよくある。
どうして自分はこの道を選んだのか、何でこんなことをしなくちゃいけないのか。
でも、ここでまた背を向ければ全ての経験値をセーブもせずに投げだして終わるということになるって、考えたことはないかな?」
「……セーブ」
手にしたサバイバル用の丈夫なナイフと拳銃:Springfield 1911-A1(光沢処理+消音器)に視線を落とし、再び口を閉ざして考える。
それと同時に芹真は再び説明を再開する。
「現地でのペアはこうだ。
俺とクロード、 藍とカリヴァン、 ボルトとインスタイル、 トキとホムラ。
カーチスは屋内電源施設へサボタージュ。ナインはこの事務所に残って超長距離予知支援。
それで内部への突入だが、これは各ペアに委任する。ポイント重複が無いよう調整は俺が、助言はナインがくれる」
「じゃあ、アタシらは正面で」
説明が終わった直後、挙手したホムラが開口一番に危険な突入口を選択した。
「本当にいいのか?」
「もちろん。
そんで、私ら地下にも特攻するわ」
「有り難い。正直誰かに頼まなければならないと思っていた場所だからな。
他はどうだ?」
「藍・カリヴァンチームは外周を担当する。外周が片付き次第、横っ腹を突く」
「ボルト・インスタイル組は二階から攻め入るわ。そのまま通信設備の破壊、援軍の有無確認、残党処理を担当します」
「じゃあ芹真よぉ、俺ら裏口から行かね?
ひっっったすらに殲滅してやろうぜ!」
こうして、一言の反論も挟む余地なく戦地を決められたトキは、芹真事務所と第三特殊空師団クリアスペースの合同ミッションに強制参加となった。
-Second Real Training-
南アフリカ南西部密林地帯。
有無を言う暇さえない強制空間転送により、芹真事務所とクリアスペースの面々は木々の生い茂る密林の、陽光と雨が踊って緩めた大地を踏んだ。
二人一組でそれぞれペアごとに違う場所に送られ、迷彩服もなしに密林の中を迷いなく行軍する。
一組だけ除いて。
ボルトとインスタイルペアが茂みの影を高速で移動し、藍とカリヴァンの組が早くも仕掛け爆弾を見抜き、芹真チームは早速姿をくらます。芹真・クロードぺアに至っては早くも哨戒兵二人を狙撃と徒手で仕留め、クロードはカラーコントロールで自身の色を変えて密林の背景に溶け込んで姿をくらませ、芹真は高速移動で木々の間を自由に飛び移った。
「正面を買って出た事、恨んでっか?」
「さぁ……」
「じゃあ、文句は“一切ナシ”なんだな?
そう受け取ってもいいんだよな」
「…………どうして正面なんですか? その必要があるんですか?」
「よし、文句アリだな?
あぁ、勿論有る」
最も任地から遠い位置に転送されたホムラとトキは、樹木の枝上からそこに生える茂みに身を潜めつつ目標の施設を視認していた。四角く、これといった特徴の無い金属フレームに所々木材が姿を覗かせた緑黄の建造物は、いかにも熱帯な地方に来たものと知覚させるに十分な色彩効果があった。
「いいか、トキ。
私らが正面を引き受けるってことはだ、他の連中に比べて集中攻撃は受けやすいし、注目もされやすい。
逆に考えてみな、お前が敵ならまず真っ先に正面の敵を撃破しないか?
その為の備えもあるし、部隊もある。そんな条件が揃っているなら眼前の敵を倒すことぐらい難しくない、そう錯覚しないか?」
「しません。どっちかというと裏側に回ってくる敵がいないか気にします」
「OK、それも正解だ。
敵も中途半端にプロ意識を持った連中が多いだろう。
見えるか?
正面入り口のあの配置……」
肉眼で、眉の上に手傘を組みつつ目を凝らす。
そこに見えたものは静まっているヘリとバイクとジープ、加えてそれらに腰かけるなり寄りかかるなりして集合している男達。その服装や武装に統一性は皆無だった。
「完全に緩みきって居やがる。まぁ、罠って可能性もあるが。
次だ。右斜め上、二階の窓は見えるか?」
「スナイパ―、ですね」
「あぁ囮だけどな。
正面入り口付近の地形が開けているのは分かるか?
舗装なしの開拓道にカムフラージュした土嚢とターレットの組み合わせ。だがよ、肝心本命のスナイパーが、ほれ。正面入口から見てずっと左にドラム缶あるだろ、それのもう少し右上の太い木の上。
見えるか、ギリー着込んで隠れているつもりのスナイパ―見えるだろ。
あれはダメだ、偽装も作戦も中途半端、加えて正面入り口に爆発物を置き過ぎだ」
「ヘリとか?」
「そう。
話を戻すが、あいつらの目を釘付けに出来るのは私たちぐらいだ。
おそらくあそこで何か無駄なこと喋ってる連中の中にコントローラー、この世界風に言うならSRってやつが混じっている可能性は100%だ。
今までの戦いで薄々気付いてたんじゃないか?
どんな戦いにも相性ってモンが有るって。
私らならイケる、むしろ私ら以外は手間取る、だから銃口の予想数が2~30位のここを戦場にするべきで、それがつまり正面を選んだ理由だ」
「多いんじゃ……?」
「それがどうした?
一秒に一人無力化すれば5分も要らねぇだろ?
とっとと事は済むし一秒単位で脅威は減るんだ。
ビビることはないさ、って言いたいのが本音なんだがよ、どう考えてもお前には無理だからな。
こういう作戦はどうだ? お前が最初は囮、それからは臨機応変だ」
「……………」
腹の底に重い物を感じる。
体が重いのは雨に濡れているからではない。
これから死にに行くかもしれないのに、味方であるはずのホムラが信用できない。
そして何よりも恐怖が尋常ではない。
予告もなしに連れてこられるよりもマシなのだろう。だが、そもそも乗り気でもない上にそこまで戦いたい訳でもない。何故に最も危険な場所なのか。どうして戦おうとしているのか。
「半殺しで十分だ」
作戦は時間稼ぎ、それが第一目的である。
任務での立ち回りや、要求すべき情報の種類などを訓練でトキに教えてこなかったクリアスペースを、その一因でもあるホムラは思い出しながら説明する。
「兎に角敵を足止めすればいいんだからな。芹真やカリヴァン達が中に入っちまえばこっちのもんよ。
クリアスぺースは室内戦に慣れているんでね。
私はマジで殺る、お前は半分だけ殺れ」
ホムラと言う女性には人間を一撃で止める破壊力がある。それについて絶対に近い自信を持っていた。それは銃での狙撃や斬撃での急所狙いなどではなく、高速移動による一対多を得意とし、例え100人を相手取ってもトキを護りながら殺戮を展開できるだけの実力を己で把握している。
「さぁ、行け」
「行け?」
そんな彼女が下すゴーサイン。
落ち着いて、冷静に考えてみる。
これから何が起こるのか、その答えを手短に表すなら戦闘であり、そこには殺人や傷害が深く付きまとう。
現状で既に引き返せない場所にいることはこれまで何度かあり、実際に潜り抜けて来た。だから、またこうして逃げなかった事を後悔する時に苛まれているのだ。
肝心なのは、状況への対峙や逃避ではない。
ホムラがとっとと別の場所へ移動し、太陽光と雨で眩しい密林の中においてけぼりを食らってどうすればいいのか分からないまま、明らかな混乱に見舞われた。果たしてこんなコンディションで実戦を、今回を生き延びる事ができるのか分からない。
(行けって……)
伝い流れる雨水に冷や汗が混じる。
考えるべきだろうか?
例え犯罪者でも同じ人間。本当に殺す必要があるのか。
『ホムラ、そっちの準備は?』
『トキの準備がまだだ』
『一体どういう状況だ? 弾薬が足りんか?』
『いや、童貞を捨てられずにいる』
『やれないならそれでも良いと教えてやれ。
この調子では、逆に死者が出てしまう』
『いや、私らからつっかけちゃダメそうな状況だったもんでな。
トキの返事なり行動なりを待つさ。
ナイン、限界時間は?』
『8分40秒の猶予があるよ』
確かに、昨日まで連続していた神隠し事件の犯人は少年エミルダ・レザロッテで間違いない。だが、本当の犯人という者は彼をそんな風に作り上げ、追い込んだ者たちなのではないだろうか。
そういう意味で今日ここに集まっている人々は全員が共犯者、或いは未来の真犯人と成りうるかもしれない誰かである。
また誰かが仕立てられ、それに巻き込まれていくことは明らかだと聞かされた。神隠し事件で言うならエミルダを助けた翼や、それを止めようと走り回りエミルダに遭遇して命を落としたアヌビスや、その他多くの人間が実際に絡んでいた。
耳にしただけの教え話から掴めるイメージは微々たるものだが、現実に海外の僻地まで飛ばされ、密林に不相応な高級ジープや個人用らしきヘリ、物々しすぎる装備を目の当たりにし、本当にそんなことを裏で手繰るようなことをする人間がいることを見せつけられた。
(まるで、映画や本の中の世界だ……)
或いはゲーム。
目の前の光景が眩暈を催す現実なのか、それともリアリティを極限まで追求したゲームなのか分からない。
『なぁ、芹真さんよ。
本当にトキを戦わせてもいいのか?
いままで色々教えてから言うのもなんだけどよ』
『悪いがそれは本人に聞いてくれ。
四凶によってクラスメイトを人質とされたから、その四凶を討ちたいなんて決意していたのは他でもない、トキなんだ』
何が現実なのか。
目の前の光景を現実と呼ぶか、理解できるモノだけを現実と呼ぶか。
手に取る事が出来るわけでもない事象を確かめる術はない、その事象を過去と決定しない限り、距離を縮めて手を伸ばさない限り、眼前のビジョンは全て同じ。現実も仮想もない、ただあるだけ。
(何が現実だ……?)
コントンに殺された。
三度目の死を迎えない為に特訓した。
だが、それは結局人を殺す為の手段でしかなかった。
なぜ真剣に取り組む?
どうして人を殺してしまう術を望む?
こんなに非現実的で恐ろしい現実から、なぜ臆病者の自分が逃げ出していない?
『トキに行動の気配は?』
『ゼロ』
『ナイン、お前のオールコントロールは届くか?』
『こっちの世界来てから効果範囲が半分になったから無理』
『アタシが小突いてやろうか?』
『お前は何もしないんだろう、ホムラ』
『こちら殺し屋、爆薬の設置は完了。いつでもいいぞ』
『あと6分』
雨に打たれ、泥を踏み、頬に触れる葉に肌を痒かれ、前に出るかこのままで居るかに悩む。
戦うということは、感情に触れるという事。
『もしかしてトキってさ~、今頃自分の“嘘”と向き合っているんじゃないかな~?』
『……どういうことだボルト?』
『いままでのトキが丈夫過ぎた――みんなもそう感じない?
私たちと出会うまでは一般人、出逢ってからも半分以上は一般人。
でも、コントンに殺されてからは私たち寄り。
いまはもっと私たち寄りでしょ?
どうして一般人がここまで心壊れずにやってこれるのか、不思議じゃない?』
『……自分を誤魔化して生きて来た、からか?』
『それは有り得るな』
『或いは元からそういう世界に憧れていた、だ』
『俺はそっちだと思う。理想と現実のギャップに戸惑ってんだろ』
『理想はファンタジー、でも現実主義者って?』
これから突入する、目の前の建物内で何が起こっているのか聞いて知っている。
これから何が起こるかも、そのため自分が何をするかも。
だが、そこに至るまでの勇気や覚悟がどうしても出てこない。
道徳を知り、罪の有無を知っているが故、それに甘んじ理由と決意を見失い、誤魔化しの連続した人生を更に大きく歪めようとしている。 嘘に嘘を重ね、本当は気付いているはずの“やるべき事”から目を反らしている。
それなのに逃げ出さずにここに居るという矛盾は、弱さなのか強さなのかハッキリと線引きできていないのが現状。
『あ……!』
『どうしたナイン?』
芹真の質問とトキの前進一歩、ナインの声と同時に異変が発生した。
「……」
一歩、茂みの中から明るみの中へ姿を晒したトキに、正面入り口を固めていた男たちは一斉に気付いた。それが合図となろうかと空師団も全員が構え、トキが戦闘を開始する一瞬を待っていた。
銃を構える警護達に、陽動と本命攻撃を開始しようと待機していた芹真事務所・クリアスペース連合。
『終わった』
が、
「ん?」
そんな両陣営の意表を突くように、
「うんッ!?」
地面から生えて来た巨大な木の根を模した何かが、地下と地上の人々を巻き込んで現れた。
それが、おそらく地下施設だったのであろう、乾いた物・者・モノを地中から地上、空中へと突き上げられる。地上の建造物は原形を完全に破壊され、まるで地下爆発実験でも行っているかのよううに盛大な吹き飛び方をした。
自暴自棄の領域に踏み込みかけていたトキの思考でも、それが明らかな異変であることは十分に認識出来た。遅れながらにも、確実に後に引けない現場に自分が足をまた一歩、踏み出してしまったことになったのだと気付く。
「何だアレは……?」
「木の根!?」
同じく、初見遭遇である芹真や藍も状況にイレギュラーを感じ取っていた。
これから突入し、滅しようとしていたモノモノが眼前で成す術もなく巻き上げられていっている。反撃の銃弾を悉く弾き返すソレは、榴弾も火炎放射も受け付けずに暴れ続けた。
『全員スト~ップ!!』
ナインからの行動指示が飛んだのは、地下に埋蔵されていた火薬庫が盛大に爆ぜるのと同時だった。
飛び出そうとした芹真も、光撃を用意したボルトも手足を止め、クリアスペースの面々もその場に身を潜めた。
(まさか、あれも器実験の被害!?)
一人、トキだけはその根っこを目指して走り出していた。
脳裏には奈倉に聞かされた過去と、エミルダのSRとしての生誕、その破壊の傷跡を思い浮かべ、それがここでも再現されてしまったのかと思い、身体は救助の為に行動を選択した。
結局前に出る。
そんな自分に溜息を覚えながら、それでも眼前の人命を無視しないよう突き進んだ自分の選択に後悔はない。
今までの色世時ならどうだろうか。
怒りは覚えても、これだけ喧騒として殺伐とした空間に、果たして自分から進んで介入して行っただろうか。
(エミルダみたいになる前に助けないと!)
銃弾を受け付けない金属の音が、屈強な男たちを次々と殺害してゆく。
串刺しにされる者もいれば、胴体を横一線に別離される者、唐竹割りにされる者、首を殴り圧し折られる者。
その一人になろうとしている、頭上から圧し潰されてようとしている男の背後より、トキは体当たりして男の死を回避する。
泥にさえ足を取られていなければ、もっと確実な方法でその男を助けられたであろう。しかし現実に、助けたばかりの男は地面から新たに生えて来た金属の音に顔面を貫かれ、呆気なく絶命していた。
トキがそれに気付いたのは、顔を上げた時。
男の死を知ると同時に、金属の根を操る女性が建物の在った場所に姿を晒していることに気付く。
「……?」
向こうも気付く。
重たそうな瞼を一度下ろし、再び持ちあげて視線を合わせると、彼女は首を横に傾げた。
銃声と悲鳴を背後に、金属の根は殺戮を続ける。
「もうやめろ!
殺し過ぎだろ!」
「?」
叫ぶトキと、首を反対側に傾げて顎に指を運ぶ彼女。
金属の根が一斉に動きを止める。
通じたか――トキがそう思ったのは一瞬、期待を裏切って根は再び活動を再開した。
大の大人を押し潰す程の体積を持った根が2本、空へ向かって高く伸びる。同時に先端が鋭利な根が10本と、刃状になっている根が4本、打撃攻撃を中心に暴れていた最も細い根が30本。
これらが一度に、トキだけを目掛けて攻撃活動を再開したのだ。
初撃――足元から蛇のように唸りながら迫った細い根――と、頭上と背後に回った特大に太い根が緩急を付けた時差攻撃を仕掛けてくる。
(エミルダもこんなだったのだろうか?)
トキは思い出していた。
奈倉と言うクラスメイトから聞いた実験に関しての過去、その一例にして異例。
神隠しと言う力を手に入れた少年と、その力を得る原因となった屋敷。それを破壊して姿を消したという紛れもなき破壊力は、屋敷の大半を殺してからの行為と言っていた。
(器実験って、ここまで恨まれる事――ッ!?)
刺突に走る細い根を2本、両手で時間分解して排除し、回避行動に移ろうとした。
そんなトキだが、思わぬ事態に目を大きく見開いた。
タイムリーダーを展開してから金属の根を消す自信はあった。しかし、現実で起こった根っこへのイメージは不一致に終わり、トキの身体は宙に押され、“浮いた”のだ。
クロノセプターで消し切れなかった。
「何っ!?」
「なに、あなた?」
空中に投げだされたトキを根が追撃する。
金属の根は、あまりにも高過ぎる時間密度を有していたのだ。
低速世界でも消しきれないほどに。
それに対し、トキはアプローチを変えて空中で根っこを掴み、鉄棒の要領で身体にある程度の姿勢を取り戻す。絡み合いながらも根は執拗にトキを追った。
低速世界を展開し、消し切らずとも時間を奪って気力と体力を回復――新たな異変が起こり、根が変形を果たす――銃撃を躱す。
(濃い! 時間が濃すぎる!)
頭の中ではひっきりなしに警鐘が鳴り続けている。
現に多方向から根が迫っている。それも極めて豊富なバリエーションで。鋭い先端や変形した幹がつくり出す刃による斬撃、銃口のような穴を形成しての遠距離攻撃、より硬質化した部位での殴打、人の手を模しての掴みかかり、雨粒や泥に紛れて一瞬だけ繰り出される暗器……等々。
(なら、本体を――!)
暴動鎮圧用のライオットガンを十二分な時間を以て創造し、引き金を操作したトキの目に飛び込んだ現実は、ダメージ零。根を操る彼女は自らの右手に金属を纏ってゴム弾の衝撃を完全に弾き返して見せた。
そんな力量を見せつけられたトキは彼女への有効な攻撃の中に、遠距離からの攻撃が含まれない事を知る。防御は堅固とういレベルを超えるが、それを破れないわけでは決してないはず。クロノセプターならば、とどうにか距離を詰まられないか試みた。金属の上を足場として走り、飛び移っては根から時間を奪い、手を掛ける場所を作りつつ集中によって擦り減った神経を逐一回復する。根の攻撃を屈んで躱し、低速世界の再展開で刃に追い詰められるであろうルートを避け、時には両手で消し去り進路を拓く。根から放たれる弾丸上のフルメタルを時間補給に利用し、低速時間を引き延ばせるだけ引き延ばして距離を詰める。
気のせいか雨にぬかるんだ地面を走るよりも速く動けた。
しかし、代わりに金属の根の上は、本物の樹木とは異なり樹皮のような凹凸が一切ない。加えてこの根は形状変化自在なうえ、操作する彼女は少しでもトキを近付けまいと根の全てを可能な限り滑らかな表面として仕上げ、スリップの危険を高めていた。
足場の幅は僅か8cm前後。
金属の根は、それ自体があまりにも自由過ぎる。斬撃を思わせて銃撃、それを回避したと思ったら再び斬撃、混じって打撃や掴みかかりと手変え品変え襲ってくる。
これらを操っているのは十中八九、眠たそうな顔をした彼女だ。
惚けたような顔こそしてはいるが、ゴム弾とは言え暴動鎮圧用兵器の弾丸を見切る恐ろしい目を持っている。その時点で常人でないことは確かだ。
波のように唸る細い足場の上を進む事は難しいが、低速世界と多過ぎる金属の攻め手がその難度を下げてくれる。踏み外す可能性は焦らなければ少なくなり、バランスを崩して傾いても必ず近くを根が走っているので即時体勢復元が利く。
過剰な攻め手が新たな足場を生み出す可能性に出会ったのはこれが初めてではない。イマル・リーゼとの夢層の戦いを経験している。学校の玄関を学生や教師で埋め尽くしても、人の頭や肩の上を走ることだって人間には出来るのだし、実際にやっている。
「止める?
あなたは敵なの?」
根が細分化する。
極太だったものが全て細い根と化し、極細の根も密度を増して同じのサイズに化ける。銃口は閉じ、刃は先端のみを残してただの幹と変わった。
「アイツは……トキ、そいつ――!」
集中。
叫ぶホムラの声を意中から外す。
対峙する彼女が普通でない事も分かるし、明らかに自分よりも攻撃的なSRを持っていることは日を見るよりも明らか。
金属の根同士が絡み合うように軌道を誤魔化し合いつつ、収束や分散を繰り返して多方向から襲いかかってくる。 間違いなくそれは金属製。炎上する車両をいとも簡単に貫通して持ち上げ、地面を高速で掘り進んで来る。対人破壊力は銃火器のそれと大差ない。
但し、速度は銃弾以下で、奪取できる時間量は銃弾の数百倍。
(確かに強いが、強力すぎるその金属は時間のリロードを瞬時に済ますほどの質量を持っている!)
長所が短所。
低速世界に入って数十本の根を躱す。
上半身を反らし、正面から襲い来る根を右手で掴み、切断して退路を確保する。1本、2本と休みなく時間を奪って部分分解し、低速世界をリロード。地面から生えてくる根を根の先端から垂直に消滅させ、先鋭な先端を平面に変えてそれを足場として空中の根っこに捕まる。
地上での回避には限界があった。
横方向のほぼ全てから根に迫られれば、いくら消滅させることができても許容限界というものがあり、どれだけの数量があるかも分からない金属の根に押し負けないという確証はあろうはずもなし。故に空中へと、一度降りたのちに再び移ったのだ。
そこでも一点には留まらない。根を足場に、消して、展開して、移動するという3アクションを基本動作として“攻略”を進める。
背後や頭上からの攻撃を警鐘で知って回避、防御、時には受け流したり時間を奪うたりと、一撃が必殺の破壊力を有した根を躱し続けながら本体を目指す。
「もうやめ――ッ!?」
この雨の中でトキは見誤ってしまった。
金属の根を避けながら、本体であろう名も知らぬ彼女に近付く。それを阻んでいた金属の根達は、もう一つの仕事をこなしていたのだと気付いたのは、背後、斜め上から両肩に掛かる圧力に、金属の感触を覚えた。
「――子供?」
金属人形。
トキが本体だと追い続けていたモノは、いつの間にか人でなくなっていた。金属の根に幾度も標的を視界から阻まれて気付けなかっただけに、頭上から本人が仕掛けて来た瞬間の衝撃はあらゆる意味で大きく、そして重かった。
(背後――!?
低速世界を展開しているのに速い!
それに、警鐘にも掛からなかった!)
両肩を背後より手で掴まれてたトキは、静止世界を展開して低速世界と背後からの拘束より脱出した。
同時に、金属を操る女性もトキを追ってやってくる。
(と、止まらない!?)
再び面と向かい合うも、精神的にはトキが完全に押されていた。
冷静を取り戻す暇を与えないよう、金属の翼を生やした彼女が近接戦闘でトキに臨む。
速度にこそ欠くが、金属と言う凶器を纏った拳は肉体の繰り出すそれよりも遥かに高い破壊力を有することに疑いはなく、そして間違いはなかった。
トキの右足を捉える。
拳を囮に、根――正確には、翼の先端から新たに伸びた金属の触手――が地面から足首を目掛けて走り、鷲掴みにしてみせた。
投げられた事を自覚したのは景色の変化である。
木々や建物の残骸、火災の残る跡地に投げられるとばかり思っていたトキにとって、これはまさしく予想外の投げ技だった。
空中で重力に逆らいながら、気のせいか強まった雨に頭を冷たく打たれて冷静を取り戻す。
考えをリセットする。
(なら、力づくで止める……わからない、じゃなくて、やるんだ!)
能力未知数の彼女に対し、持てる時間の限りを揃えて空中戦の覚悟を決める。空中での戦闘を、現実に体験したことはない。訓練でも皆無でこそないが、経験したとは到底言えない空中戦しかこなしていない。
ただ、知識としての経験値として、似たようなシチュエーションのステージを家庭用ゲームで体験している。
地面が無い、重力の拘束がある。
そんな環境で最大の脅威は、地面の上では有り得ない空間的自由度。前後左右に上下を加え、更に地面のような体勢を立て直す場合に土台となる硬質が、空中には存在しない。
(根だ、根を受けるんだ!)
自由落下するトキを、自由飛行できる彼女とその隷属の如く根が上下から同時に狙う。
足元から広範囲に展開したのち収束してトキへ襲いかかる根。
本体は背中に生やした金属の翼を羽ばたかせて近接戦闘を狙う。
「トキ!」
根に下方を塞がれ、上方に急速接近した金属翼を置くトキ。
その援護に哭き鬼は駆り出た。
「おい、やめろ!
テメェじゃ勝てねぇぞ!」
空へ伸びる根に跳躍して迫る藍の背中に、殺人鬼の言葉が刺さる。
トキが生命救助の為に金属使いを止めようとするように、藍もトキを援けようと行動しているのだ。言葉で止められるほど、二人の情熱は低くない。
だが――
(根が分裂した!)
空中のトキへ迫る根から、新たな幹のように根が生まれ、それが枝分かれして跳躍して距離を詰めようとした藍を空中キャッチ。防御や反撃の構えを取らせることなく藍の全身に根を巡らせ、そのまま地面に叩き付ける。それもぬかるんだ泥上ではなく、爆破炎上しているヘリの残骸に押しつけたのだ。
空中と言う自由の利かない場所にいたとは言え、藍が根の攻撃速度に反応しきれなかった。その事実に、芹真とボルトは上げかけた腰を茂みの中で落ち着けた。
(もしや、あの女は……)
根の先端が藍の鼓動を感じた瞬間、再び攻撃を掛ける。
が、その根を藍のオリジナル陰陽術もどき、華創実誕幻が発現する茨の根が絡み止める。
金棒を持ち直すと同時、金属の根が形状を変えて華創実誕幻をすり抜ける。立ち上がろうとしていた鬼の両腕を絡め取って空中へ投げ放った。
(実速度が遠目に見ていた以上に速い!)
見間違いに気付いた藍は己の観察眼を恨みながら、打ち上げられた空の先で、トキが1人奮闘している姿を見つけて驚いた。
それは藍だけでなく、芹真やクリアスペースの面々も同様。
明らかに軍隊並かそれ以上の戦力を有するであろう金属使いを相手に、トキは格闘を除く攻撃の殆どを躱し続けている。
(打ち払っている!?)
(分かる!)
低速世界で襲い来る根の全てを警鐘が教えてくれる。
右足を狙われている、背後から沢山来る、左回りに正面から横薙ぎ、一斉に五体へ殺意が向いている――それら全てを警鐘の強さと頭の中で繰り返される反響から、攻撃の方向と危険度を察知して可能な限り抵抗の徒手を繰り出す。幸いなことに、根は時間を奪い易く、それほど打たれ強い訳ではないため、トキという喧嘩の経験どころか物を殴るという経験さえあまりない高校生にも打ち払うことは難しくなかった。
(低速世界や静止世界に入ることはできても、完全にこの時間帯を無力化できるSRではないらしいな……)
だが、高速かつ多方向から迫る金属の根を、徒手空拳のみで弾き返しているトキに誰もが疑問を抱いた。
あんなことが出来たのか、銃弾すら受け付けなかった根をどうやって打ち返しているのか。そもそもどうやって追いついているのか。
最初に気付いたカーチスと、コンマ数秒の違いで理解した芹真がその答えを言葉と漏らす。
「奪った時間で、肉体の密度を一気に高めているのか」
「どうやらそのようだな。加えて――」
左目を赤く輝かせたカリヴァンが、トキと言う人間として有り得ない密度を得た生物を見抜く。
純粋な密度で言うなら鋼鉄並の硬さを有している。しかし、そんな密度を得ていながら、トキ自身の速度は微塵も落ちていない。その速度を見抜いたのはカリヴァンだけで、過去の本人談から気付いたのが藍、遅れて芹真であった。
「体内での疲労物質が恐ろしい速度で消滅している。目に付くものとして、乳酸の高速燃焼に、タンパク質の発生」
(発生なんて……有り得ないことをしでかす子ね)
密度だけを増して、重量が増えない。
いまトキの手足には間違いなく十数キロ以上のウエイトを装着したのと同じ重力が発生しているはずだった。
時間の加速を得たところで、重力だけは変える事ができない。それに、金属の根には相当な質量と重量があるにも関わらず、それを打って弾いた後の“相応な反動”がトキには見られない。そればかりはカリヴァンの千里眼でも見抜くことができず、芹真の鼻でもからくりを嗅ぎとることはできない。
拳で殴打し弾き、足で蹴り流し、紙一重で先鋭を躱し、逆に足場として利用する。僅かな反動で少しずつ高度を上げてゆく。
「……?」
新たな疑問に直面した観察者らの前で、トキが本体へと迫る。
地面から無数に襲いかかる根を打ち弾き、その反動で空へ押され押されて上ってゆく様を見守っていた者達も、いつしか本体と近しき高度に達していたことに気付いた。
トキの隙を窺っていた本体が、一定高度で停止する。
これ以上距離を取っても無意味。
確実な距離での攻撃は止めだ。
(近距離での攻撃が得意……)
上り迫る少年に、新たな根を向ける。
雨と共に降りかかる10本金属。
自らの背中より生える翼から新たな金属の手が伸び、下から襲う根を退け続けているトキへ頭上から襲いかかった。
警鐘が指す危機は頭上。
その知らせにトキは上を向き、雨に混じって新たな金属が伸びていることを視認した。
顔を叩く目が痛く、また上下からの挟撃は状況的に痛い。
(下から来る根だけでも意外と面倒臭いってのに……!)
上から来る根の初撃を左手で受け流し、下から襲いかかる根の一本を右手で飲み込んで消す。
(触るんだ、トキ!)
(そこは押し切れ、二度と離されるな……)
(間近まで行ったんだ、そのまま行け!)
(いや、駄目だ)
(行けるわ!)
加速する。
左手で奪ってきた時間を、今度は両手で奪う事によってより多くの時間を獲得する。それら用いて、肉体の硬質化と痛みの緩和、スタミナと集中力の維持・回復を同時に施す。
その4つを意識しながらも、トキは作戦を少しだけ変えた。
根の全てを打ち払うのではなく地面付近で戦った時同様、下から迫る根は足場としてより多く利用し、上から襲う根は上り手綱として時間を奪いつつ避ける。
上の根を手に取り、下の根を蹴って飛ぶ。
派生する枝を右手で除去。
雨粒を弾いて迫る。
金属の彼女へ。
迎撃に、金属を纏って拳を大げさに構えて攻撃に備える。
根が少年に触れることは叶わないと悟った。
時間を武器とすることも分かる。
金属から奪われた生命も。
存在そのものを。
少年は奪える。
そんな力を持っている。
「止まれ!」
「止める」
直進の拳、それに時間加速で一気に距離を詰めつつ、単純に素手での攻撃力を高速度を味方につけることで底上げする。
直進の拳、それに加えて全ての根を動員した全方位一斉攻撃を繰り出す。死角はない。
加速を迎えたトキが速い。
逃げ道全てを手勢で塞ぎこんだ彼女は早い。
腕の長さでも僅かに負けるトキの拳が最初に彼女の鳩尾に届く。
既に予測済みの攻撃を受けながら根の先端全てをトキへと走らせる。
拳から伝う金属の手応え。
空しく通過してしまう虚空の感触。
正面勝負、というフェイクは有効だった。
背後に感触を感じ、正面からの攻撃が牽制であったことに気付く。
(ここなら、)
(見えなかった?)
両手で翼を掴むことを目指す。
金属の翼を展開することで反撃と回避を同時に行う事を目指す。
(届く!)
(後ろ!)
――
ふと、思い出した事があった。
それは雨音の中に混じる現実。
――――!
二人がここで戦う理由は、同じ場所に居合わせたからという当たり前過ぎる理屈もある。
だが、それ以外にもワケはあった。
間違った正義がここにあるからこそ、ここに来ることになったのではないか。
「……!」
「……あれ?」
ある意味で時間に強い二人が、一切の意思疎通もなく止まったのは同時だった。
両手の時間奪取も攻防を一度に遂げようとした武装銀翼も、瞬時に敵意を見失った後、静止する。
二人が止まった原因に気付いたボルトは、木を焼き倒して薄い切り株の傘を頭上にかざす。
(地下牢に残っていたのかな、実験の素材にされる人たち……まぁ、彼女とトキだったら、私たちが“救助”に行く必要はないかな)
雨と共に二つの影が落ちる。
落ちるというより、任意急降下。
翼をはためかせる女性と、根を蹴って地面へ突撃する少年。
二人が落下する中間地点には体勢を立て直したばかりの哭き鬼。雨と眩しいくらいの陽光に視界を阻害されつつも、明らかにこちらに向かってきている二人を空中に見つける。
「え!?」
藍の真横に二人が急降下から急停止をかけ、強烈な反動に耐えた二人は、金属の根と時間奪取を地面に向かって放つ。
よく耳を傾けてみれば、何かが聞こえてくる。
雨と弾ける火災の粉に紛れて、肉が震えて発する独特の音声が。
藍が急いでその場を離れると、泥中に隠されたコンクリート造りが覗き、大きく拡大し穴から大量の煙と共に大勢の声が、今度は耳を澄まさずともハッキリと聴き取れるほどに溢れてきた。SR覚醒誘発剤であるEvan-10のモルモットとなったであろう拉致被害者たちの声が。
「いま助けるから落ち着いて!」
藍が我に返るのと、金属の根が人々の手首を絡め取って救助を始めたのは同時だった。
衣服への着火が始まりだした獄中から、次々と人が空中へと持ち上げられる。先程の武装兵たちとは異なる丁重な根の動きと扱い。
トキの両手と僅かに強まった雨が人々の炎を冷まし、鎮火を勧め、提供する。
根が次々と生命を拾い上げた生命を、トキの両手が癒す。
「あと、少し!」
初見であり武器を向け合っていたはずの二人とは思えない作業効率に、見守る全員が関心に浸る。
全員を掬い上げ救い出す頃にはトキも疑問を抱くだけの余裕を取り戻していた。
(めっちゃ普通に助けてる――ってことは、さっきの大量殺戮は故意でやっていたってことか!?)
彼女も質問に到っていた。
最後の一人から火傷を完全に消し去る。
少しずつでも慣らしてきたタイムリーダーを持ってすれば、紛失した人体部位を作り上げることも今なら然程難しく感じることはない。ゲームの条件縛りプレイ程度だ。
横目に盗み見るトキへ向かい、彼女は――全ての生存者を救助し終えて――歩み寄って人差し指をむけつつ、簡単な質問をぶつけた。
「敵?」
「違います」
トキの即答に根が動く。
鋭利な先端を向けられたトキは右手で根を、真正面から消滅させる。援護に入った藍は両手の金棒を用いて打ち払い、軌道を反らしていた。
あっさりと根の軌道を変えた藍だが、そんな彼女には目もくれずに金属を使う彼女は言葉を続ける。
「どうして私に向かって来たの?」
「どうしてって……どうして……やりすぎ?
何て言うか、えぇと、無駄? 無駄に殺している感じだったし」
歓声と雨音が会話を遮るように高まる。
助けられた被害者たちの喜びも糠に沈んでゆく。
茂みから出てきた芹真事務所やクリアスペースを見て、救援が来たものを勘違いする者もいれば、姿を現わした面々の統一性欠如具合に新たな難を感じ取る者も居た。しかし、最も多かったのはトキや藍など、明らかに少年少女と言える年頃の人間が、泥とオイルと流血が雨水に溶ける地獄に居ることに疑問を持つ者たちだった。
「芹真さん、この人たちの記憶はわたしが消しておくね」
「頼む。ナイン、聞いての通りだ。一人一人を故郷に送ってやれ」
『ぅえ~、メンドイ~』
濡れた髪を掻き上げながら、芹真は視線を金属使いに向けた。
(俺の記憶違いでなければ、彼女もクリアスペースのメンバーで間違いない。
大分長い時間を経過してきたようだが、以前ナインに写真で見せてもらった顔と輪郭が一致している)
正直なところ、芹真は空師団と言う訓練相手に大きな期待を抱いてはいなかった。
フィルナという未来予知を武器とする者。
銃火器と千里眼を持つカリヴァン。
近接戦闘で人外な破壊力を発揮するインスタイル。
高速戦闘を得意とするホムラ。
体術から武器術まで何なくこなすカーチス。
底知れぬ執念深さと対人嗅覚を持つクロード。
部外者フィルナ・ナインを含むこの6人だけでもトキを鍛えるには十分過ぎる。平均レベルのSRなら難なく相手を務めることは出来るだろう。しかし、本人が最も望む、肝心のコントン対策の参考になるような訓練を行えるメンバーとしてはどこか不足している点否めず、焦点もどこか定まりきっていない。
ナインもボルトもそれを認めてはいる。だが、現状ではそれが限界であり、ベストであった。
現実に、すぐに、間違いない経験者達から直に物事を、死の危険性は十二分にありながらも、ほぼタダで教わる事が出来るのだ。
しかも、死人の蘇生を何度も行ってきたらしいナインまで参加する訓練は、果たして豪華過ぎると言えないだろうか。
それでも足りないと、駄々を捏ねるほどラインナップは絶望的か。
クリアスペースがトキを訓練する。
それは芹真にとっても時間的自由が増えるため望ましい事ではある。その間に溜まっていた依頼を消化することが出来たのだから。
だが、トキ本人が望む対コントンの策が未だに思いつかず、トキが身を持って食らったらしい“時間世界の被せ”と言う技、若しくは力を、教えることができる人間が居ない。
そう……ここに来ていた面子では。
「みなさ~ん、コッチ注目~!」
雨の中でボルトが叫ぶ。
直後、金属使いに駆けよって、クリアスペースの面々――特にホムラ&クロード――が彼女の名前を叫ぶ。
「もしかしてシャティか!」
「テメェ、シャティじゃねぇかこの野郎!」
シャティ――そう呼ばれた彼女は、背後から駆け寄ったクロードを躱しつつ、左足を引っ掛ける。
彼女が回避したことによって飛び込んできたクロードを、トキは屈伸することによって直撃衝突を逃れる。同時にリフトアップからの投げによって殺人鬼を泥中に放った。
「あの……クリアスペースの人ですか!?」
「まぁ……はい。“元”ですが」
とんでもない勘違いをしていたことに気付いたトキは完全に戦意を見失った。
クリアスペースは何人居るんだろうか?
「8人だよ!」
勝手に心読むナインの解説がトキに再び警戒心を思い出させる。
「クリアスペースは所謂実行部隊のひとつ。
そんで~、実行部隊に任務を言い渡すのはオペレーター経由、または私ら“フィルナ”っていう予知部隊が犯罪の臭い嗅ぎとって、彼らに予め潰させるワケ。
んで~、私はクリアスペースを超・長・寵、贔屓しまくっていたら専属になったという、涙ぐましい日陰の努力者フィルナ・ナインちゃんというわけですよ~」
その贔屓を受けていたクリアスペース8人のうちの1人が彼女――シャティ・ホワイトライズという女性――だった。
もっとも、同じクリアスペースの面々が知っている彼女は今現在ここにいる容姿の彼女ではない。
顎髭のカリヴァンや金髪殺人鬼クロード、高速赤髪のホムラらが知っている彼女は元の世界の当時アメリカ人女性としては珍しい生まれついての黒髪のショートだったという。それもアジア人に引けを取らない程素晴らしいナチュラルブラックだったそうな。 身長もそれほど高くなかった。今はトキよりも十数センチ高いが、前はトキと同じくらいだったと言う。
(何か……)
この世の真理に、ふと近付きかけたトキの肩をシャティは叩いた。
「もう一ついい?」
「はい?」
「あなたはどうして、彼らを助けたの?」
「彼らって、あの拉致されてた人たちのことですか?」
肯定を示す彼女の質問に答えること自体、今のトキには億劫でしょうがない。
その若干ながらも否定的な態度は誰の目から見ても明らかだった。
「疲れているよね?」
「少し」
「かなり、じゃなくて?」
「……少し」
「……本当に」
「……はい」
「……」
「……すいません。本当は戦ったりするのが嫌になってきたっていうか――あれ?」
雨が止む。二人を取り巻く空間だけが。
濡れる周囲の顔を見まわし、自分が異常な事態に遭遇していると気付く。
そんな中で、視線をシャティに戻す。
すると、彼女の持ち上げた右手の先に一輪の花が摘まれていた。
「これ、私の金属を使っているの。
あなたにも出来るはずよ」
いきなりコレである。
想像して欲しい。
三日間不眠不休で仕事なり勉強なりを努め続けた人間が、やっと自分の床に戻った途端に新たな仕事があるから戻れと言い渡されたら、どんな人間でも最低溜息くらいは洩れないだろうか。
それなのに、シャティという人間の繰り出した質問のレベルは実に面倒臭い。しかも今すぐに膝を折って腰を落ち着けたいほどの疲労が、体力ではなく精神に負われているのだ。無視してなんとか誤魔化してきたものを、しっかりと認めるように彼女は促した。
「それが出来てどうなんですか?」
「あなたが分かる」
周囲の空気が微々たる変化を始める。
「わかる? 俺が?」
「そう、あなたはとても弱い人間。
だからこそ、他人を助けたい気持ちが他人よりも強い」
いきなり喋くり出したシャティ女史の変貌ぶりに驚くことはなくも、彼女の発する言葉に図星を覚えずには居られず、また反論の余地を探さずにはいられなかった。
いつ聞いても不慣れな弱いという言葉に眉が上がる。
「人は繰り返しの中に限界を見出す……けれど、多くの人間はその結末を早合点してしまう」
「はやがてん?」
「そう。努力もせずにこれが限界だと言う人、才能が全てだと言い切る人、中途半端な鍛錬を全力だったと誇張する人――そんな人たちが手にしたそれは本当に最終地点なのかな?」
「……努力のことを言いたいんですか?」
シャティの双肩から力が抜け、金属の根が彼女の翼の中へ溶けるように消えて行く。
トキは気付くことができなかったが、藍は明らかに異常な空気が二人の間に漂っていることに感付き、雨の中へと避難した。芹真らと一緒に並ぶと、二人を包む異常が明らかとなる。
蒼い、ガスのようなものが二人の、雨の降らない空間に充満していた。
「私はいま、色世時というあなたのことを知りました。
弱いからこそ、悪意から目を背けたくないという心を持ち、しかし現実にはそれを貫けるだけの行動もできず、はっきりと意思表示することができない。普段なら」
「どうして……俺の名前、いや、あんたも心が読めるのか!?」
「はい、少し。
だからこそ、あなたの疲労が見える。不慣れな戦いの世界で、それでもあなたは他人を護る為に、そしてそれを決意した自分と戦っている。
自分に嘘を付き続けて来たから掴むことのできなかった理想像に、正直に向き合う事で、勇気を振り絞ることで、ほんのちょっぴり近付けるんだと気付いた。
その現状と新発見が疲労の原因で、理想を曇らせる要因になっています。そうですよね?」
口をポカンと開けていたトキは、そうかもしれないと顎を戻して肩を落とした。
自己分析が得意でもないのだから、他人からのこういう話にはいつも驚かされる。特に図星と言う意味で。
「結構、私と同じ点が多いんですね」
「え――多い?」
あまりにも連続するクリティカルヒットに、思わぬ言葉と衝突して聞き返してしまう。
「私は、最初は理由なく人を殺してしまう事から始まりました。
それも一人二人ではありません。大都市ひとつ丸々飲み込じゃったんです。
二度目の生は、同じように二度目の生を許された最愛の人と共に生きると決めました。クリアスペースと言う場所で。でも、人の死に直面することが多いクリアスペースで私も今のあなたのようにソコにいる理由を見失う事が何度かありましたし、自分の存在を許されざるものだと思うこともありました」
「どうして?」
「クリアスペースのアタッカーは皆、犯罪者として認められた人間です。
その中で、私と最愛の人だけが罪状不明のままクリアスペースでの生活を強制された。不満に勝る充実した生活は可能で、冤罪を証明するための調査時間も得ることはできたけれども、世間体の憎嫌悪の視線はどこにでも付いて回った。時には同じ空師団……同業者や犯罪者からも軽蔑され、疎まれ、恨まれることもあった」
だが、と彼女は一歩踏み出して言う。
「今日あなたは誰かの恨みを買った?
彼らを殺したのは私。そんな私に立ち向かったあなたは、誰から見ても明確な敵とは言い難いんじゃないかな?
現実に味方でなくてもそういう勘違いはあったはずよ。寧ろ、あなたは感謝されたことに気付いた?」
「感謝って、俺が? 地下に閉じ込められていた人たちのことを言っているんですか?
それこそ勘違い――」
言われて気付く。
自分は人助けをしていたのだ、と。
「間違っていることが素晴らしいの。
それが未来に活かされるなら、失敗は寧ろトロフィー。
時にはそのトロフィーが期待させるプレッシャーに心疲れるかもしれないけど、逆に言えばそのステータスは君以外の者には発揮できない、創造できない結末なの。私との交戦、会話、私の中のあなたの価値や、あなたの中の私に対する落胆、この温度差も、その感情も、“全てが正しい(オール・グリーン)”。今はその疲れを噛みしめたまま、嫌々の気持ちを少しくらい残していてもいいから次に備えちゃった方がいい」
「……すいません、説教はもう勘弁――」
「それじゃあ、帰りましょうか」
苛々。
そんな感情を真っ先に覚えたのは だった。
距離こそおいているものの、初見であるシャティはトキの疲労を見抜き、それを励まそうとしていた。だが、トキにはその余裕がなかったのか片耳の穴から言葉を垂れ流しにしていた。
シャティの説得も上手くはなかった。彼女を知っているクリアスペースの面々は、むしろシャティがあんなことを長々と喋る場面が初見であった。それ故、トキにはもう少し真面目に聞き手として構えて欲しかったし、そこから何らかのヒントを得て欲しかった。
しかし同時に、これまでの訓練以上に過酷な条件と戦いながら人命救助まで行ったトキは、任務直前まで学校を無断欠席して彷徨するほどに精神不安定な状態だったのだ。一般人が耐えうるレベルのリズムを既に外している生活の中で、むしろここまで不貞腐れずにやってきたことが不思議を覚えるほど。今まで文句はあっても、実力で逃げ出そうとしたりすることはなかったのだから、今回の件は大目に見るべきだろうと、ナインを含む一部の者はそう判断した。
シャティ本人も帰還を望んだ。
この場に展開した蒼い気体で分析したトキの肉体疲労は、異能の力による回復を以てしても致死レベルに到達する寸前であった。特に多方向からの根が、これを高速かつ的確に打ち弾いた時のトキの肉体疲労は、素人にあるまじき体力を使い果たす要因となり、その疲労は精神域まで深く浸透していた。
その状態が長く続くことは良くない。
今トキに必要なのは平静。
どんな話をするにしても、トキを落ちつけなければ何一つ問題を解決することは不可能。
同時に、疲労困憊はトキに限った話ではなかった。
「トキ君はスープ料理は嫌いかな?」
「へ?」
蒼い気体の消滅と共に雨が再開する。
誰もが天気雨にずぶ濡れた状態の中で、シャティ・ホワイトライズは料理を振舞う計画を立てながら帰り支度を始めた。
『帰還転送、行っくよ~!』
ナインの声が頭に直接響き、芹真事務所とクリアスペースの面々は一か所に固まって転送が始まるのを待った。
程なくして、11人の姿が一瞬にして戦闘跡地から消える。
瞬きしたと思ったら、密林から芹真事務所の屋上に移動を終えていた11人。
彼らをフィルナ・ナインは笑顔で酒瓶片手に迎えた。
雨に濡れた彼らに温まるよと酒を振舞い――付き返され――笑顔を振りまきつつ用意していたタオルを個々に手で配ってゆく。
真っ白なタオルで余分に水気を含んだ金色のポニーテールを直していたインスタイルは、現地で再開し、トキと戦闘を経たシャティに視線を送った。
(生きていた……生きていたのね)
余談である。
色世時の訓練相手を頼まれ、この世界にやってきて、クリアスペースのアタッカーである彼らは再び人間としての生活を送る事ができた。
元の世界での死は、本来の人間の死ではない。永久と言う、非物質的な場所への幽閉であり、償い切れていない自分達の罪を数えることしかすることが残されていなかった場所での懺悔であった。長過ぎ、程度が過ぎる懺悔。
無限を覚悟していた彼らに突然、機会は訪れた。
誰もが特殊な力を持った人間でも、異世界に干渉できる人間なんて存在しないと思っていた。この世界に来るまでは。
インスタイルだけでなく、クロードやカーチスも視線をシャティ、またはトキへと向ける。
(俺たちの生命を認め――)
(私達の暴力を必要としている……)
(もう償うチャンスなんか無いと思っていたのに……)
(我らは再び、刃を振れ、銃を握れる。そして、持ちえる知識を授けられる――)
だが、これが彼らの本来ではない。
(私達にシャティまで……)
(何でだろう、この中で唯一死んでいないはずのシャティが来た所為か?)
(最後に死んだらしい ジム と ミーナ も来ちまいそうだ)
注目を集めながら、シャティは予感した。これだけの人間と戦闘を経験できるトキは、確実に強くなれる。環境に恵まれ、人に恵まれている。
ナインも同じ感想を抱いてはいるが、シャティとの違いは確定の領域にあるということだけであった。
徒手空拳から武装戦闘、追撃や逃亡に、異能力者との戦い方。
間違いない贅沢。
(これでクリアスペースのメンバーは6人か……前回よりも多いな)
全員集合したわけででないものの、シャティ・ホワイトライズという人間の出現に遭遇し、もしかすれば残り二人が来るかもしれないという悪寒のような予感が頭をよぎる。芹真とボルトは同時にそれを感じた。
本来、シャティ・ホワイトライズは、その危険度故にこちらの世界に召喚する予定はなかった。それには芹真、ボルトのみならず、フィルナ・ナインも同意を示していた。
(彼女のSR、いやコントローラーは“メタルコントローラー”。それもかなり強力な金属使い)
泥と火炎に沈んだナイトメアの拠点後を思い出しながら、芹真は彼女とトキの戦闘を脳内で再生する。
(前回、訪問予定という時点で彼女はすでにコントローラーとして確かな破壊力的地位を得ていたと聞く。
その大きな理由がさっきのアレか。大量の金属をまるで手足のように、それも多方向同時に操る能力の影響力。
戦闘の最中に使っていた金属は3種――泥中、足元深くに埋まっているコンクリートの鉄筋と、武装派が数を揃えていた銃火器や車両等、それから、シャティという女自身の体内に貯蔵された大量の“鉄分に似た匂いの何か”。
しかも、体外の金属を汚れも淀みも、一切を気にせず自分のものとして取り込んでいた。見たところ彼女の金属が他の金属を侵食する際に拒絶反応の類は皆無だった。つまり、金属なら地中のものだろうと人工物だろうと関係なしに取り込むことができるわけだ…………よく、あんな格上相手に一歩も引かず、果敢にも挑んだなトキ)
心の奥底で、偶然にもトキの実戦テスト――当初予定していたレベルとは格段に離れてしまったが――にもなったシャティ・ホワイトライズとの戦闘結果を考慮するに、芹真は合格の印を押してもやりたかった。
ただ、まだ板についていないことの方が多い。特に、トキだけの武器であるタイムリーダー、その発動タイミング、そして止まった世界に介入する者への対処方法が。その点を除けば、トキは確実に戦力として数えることができる力と経験を身につけ始めている。
-08:Test in the Rain/vs シャティ・ホワイトライズ-
結論だけは早かった。
人体実験の現場に赴いた芹真事務所は、一発の銃弾もナイトメア武装派に撃ち込むことなく、現地入りして直ぐに実験場の崩壊と武装派の全滅を目撃。
武装派を壊滅させた介入者とトキが交戦状態に入るも、戦闘中に人体実験の素体らしき人々を介入者と共同して救出。
双方敵対の理由を失い、共に……
「共に、芹真事務所の屋上で食卓を囲み、現在トキの新たな訓練相手としてこちらの世界を堪能中、だって?」
『……申し訳ございません』
ミッション終了から2日。
激務をあらかた片付けた協会長:オウル・バースヤードは漸く芹真事務所のミッション完了報告書に目を通し、終了後の欄に書かれていた“異世界人一人追加”の文字に目を大きくして電話へと手を伸ばしたのだった。
『既に六人も来ていたのでこれ以上は増えないだろうと油断していた私の管理不届きです……』
バースヤードから直接電話を受け取ったのは白州唯エリアの管理者である、平等のSR:清水峰将人と芹真事務所の一員であり、専属の監査である完璧のSR:ワルクス・ワッドハウスである。
「いや、寧ろ面白い事態になっている。だから、これからも接触は極力避けろ――ここが未来の分岐へ大きく影響する可能性が高い。
いいか?
今まで通りの日常的な接触は可とするが、積極的なアプローチは禁ずる」
『分かりました』
受話器を置いて深呼吸。ゆっくりと、笑みが浮き上がる。
完全予想外の事態にオウル・バースヤードはデスクから離れて一人爆発的笑いを零していた。
(ナイトメア武装派の拠点を壊滅させた女だって?
新しい異世界人?
ボルト・パルダンのワールドコネクションはどこまで広がっている?
俺と類似した魂を持つ異能者もやっぱりいるのかな? 居るのかな?
超~羨ましいぃ! 俺も“入って来た”異世界人に会ってみてぇ!)
果たして、異世界人がトキを強くしてくれる保証は何処にもない。
むしろ人として外してはいけない道を呆気なく外してくれる恐れだって十二分に考えられる。
吉と出るか凶と出るか、それは芹真事務所の管理力と、トキ自身のメンタル面の問題になってくる。
破壊と殺人ばかりを教え込めば暗闇に入るが、それを回避できる手段を芹真事務所は持ち合わせているのだろうか。また、その自信の程はいかだろうか。
異世界人に思いを馳せるバースヤードだが、現実にはトキが嫌々ながらも訓練を再開した事を知らず、また――同時刻――これまでに無い凄惨な死へ到っていたのだ。
※本格的どうでもいい“同時刻のトキの被弾(Easy版)”の様子
1.不意を突くこともなくアッサリと四肢を拘束
↓
2.ジャングルで用いた根を針ほどのサイズに絞る
↓
3.四肢に一本ずつブッ刺す。
↓
4.トキの体内で金属拡張と侵食を始める
↓
5.体内の50%が金属に圧迫された所で心臓や肺、頸動脈へ金属の針が侵食を開始
↓
6.辛うじて呼吸できるよう循環機能を完全遮断しないよう細心の注意を払って脳内へ侵食
↓
7.思考回路に異常を誘発させる
↓(Last)
8.意識が完全に途切れる直前に痛覚を最大レベルと誤認するよう脳内を弄り回した後、トキの全身を巡った金属を一斉に膨張爆発させる
↓
A-nswer:体内で金属を爆発的に拡大されたトキは、完全な肉片となって芹真事務所の屋上に散った。あまりの凄惨さにクリアスペースのインスタイルは閉眼。藍は唖然として芹真は鼻を塞ぎ、ボルトとナインは面倒極まりない死体からの生命蘇生に全力を尽くすハメになった。
「本気……ではないですけど、確実に殺す方法がこれだったんです。はい」
翼を畳んだシャティに、ギリギリ復活したトキは聞く。
どうしても納得できない。
「めちゃくちゃ痛かったんですけど……」
「そうした方がいいかなと思って」
「え?」
「あれ?」
「どうしてそう思ったのか、よかったら聞かせて欲しいんですが……」
「……だって、最大の痛みを知れば、並大抵の痛みへの恐怖が少しでも和らぐと思ったんだけど」
ボルトが笑い、芹真が呆れ、藍が我に返る。
シャティの必殺技を喰らったトキには有難味など皆無で、不満しかなかった。
(うわぁ……納得いかねぇ)
この直後、精神的に暗い道の入りを見つけたトキは、自らリベンジを決意するのであった。
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難易度:Very Hard
形式 :1on2
トキ
vs
シャティ・ホワイトライズ
&
“ジム・D・ハミルトン”
本当に更新遅れてすいませんでした。
異世界人の登場人数、残り2人。
二人も居るんだよ……出したくない感じ(もうホント色んな意味で)のが二人も。




