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第30~31話 Insert-06:語れ!武勇伝!-

 

 求刑!


 じゃなくて休憩!――する回です。本編や訓練編とは99%関係が無いハナシです。


 ちなみに、前話までは午前の部のトレーニング、この話は午後の部以降の話となっております。




 

 


「…………」



 -PM 18:40 色世家-


 去年と今年を比べてみれば、それまで現実であった光景が今では夢のように思えて仕方ない。



「遅かったなトキ。

 さぁ、飲もうぜ!」



 去年の今頃なら帰宅を迎えてくれる人間など居るはずもなく、待っているのは郵便物と自由時間、それから静寂の三点に限った。

 それがどうしてか、今は目の前に招いてもいない客人がおり、我が物顔で玄関にてアルコールを澪しながら闊歩している。彼らによって、賑やかではあるが度を超して騒ぐ面々もいるので、親しい付き合いでお隣さん同然の静寂さんは完全に追放されていた。現状で(くつろ)げないだろうと言う予感がどんな言葉よりも早く浮かびあがり、程なくしてそれは現実のものとなった。



「どうして俺の家に?

 さっき屋上で訓練――」


「お前を追い越して来たまでよ!

 さぁさぁ、家主のお帰りだ! 酒を出せ、酒を!」



 出迎えた人間は2人。

 金髪の殺人鬼:クロードと、赤髪の女性:ホムラである。


 2人の後ろでリビングから顔だけを覗かせる予言者:ナインに手招きされ、頬を引きつらせつつもアルコール臭漂う玄関を通過し、リビングに入ってゆく。

 そこで惨状を目の当たりにしたトキは手に持っていた学生鞄を酒溜まりに落としてしまった。



「何、この酒の山海……」



 リビングは前例のない物量で埋め尽くされ、床の半分以上を隠していた。

 文字通り――辞書に記載はないが――酒野原。正確には酒樽の山と酒瓶の海。

 よく見るとテーブルの上にはツマミが添えられているのだが、こちらも酒瓶に引けをとるまいと山程盛られていた。



「へっへ〜、どの酒が好みかわかんねぇからテキトーに数揃えてみたのよ!」



 と、ホムラは言い、



「日本酒からワイン、果てはノンアルコールまで揃えたつもりだ」



 続けてカリヴァンが言った。



「集めたのは主にナインとインスタイルだ。飲まなくても一応感謝しておけよ」



 肩に腕回しつつ空いた手に酒瓶を取って一気に呷るクロード。

 視界の中でピースサインを作るナイン。その笑顔に若干の殺意が湧きつつも、テーブル周辺には申し訳程度のスペースが設けられている事に気付いた。ちょうど一人分座れるだけのクリアなスペースが用意されている。


 この酒を全て消費するつもりなのか真意の程は分からない。

 ただ、確実に分かる事がひとつだけある。



「俺も飲めばいいんですか……?」


『ったりめぇよ!』



 この返答だけは確実に分かっていた。飲め、と。

 クロードとホムラのハーモニーに諦観と決心の狭間に苦しい“選択/強制”が進む。

 2階の自室に鞄を置いて私服に着替え、リビングに戻ってきたトキを迎えるクリアスペースの面々。すでにアルコールに思考回路を蝕まれつつある者を交えながらの酒宴がスタートした。






 Second Real/Virtual

 -Second Real Training 06:語れ!武勇伝!-






 -PM19:41-


 宴の開始から1時間が経過し、テーブル上の酒瓶が早くも半ばほど消えたところで色世家のリビングには藍、奈倉愛院(なぐら あいん)高城播夜(たかじょう はりや)の3名が加わっていた。訓練に励むトキを労おうと訪れた愛院と播夜の他に、藍はボルトに食事抜きの罰を与えるために色世家へと逃げ込んできたのだ。


 色世家のトキ、そのクラスメイト3人、クリアスペースの5人+ナインによる総勢10名での宴会は、時間と摂取されるアルコールの量に比例して混濁の度合いを深めていく。



「へぇ、それじゃあトキはこの人達に訓練見てもらっているのか?」


「そういう事だハリヤー」



 ハリヤの質問に胸を張って答えたのはトキではなく、殺人鬼のクロード。

 ざわめくリビングの中で飛び交った2人の言。

 それが原因となって高城は金髪の殺人鬼に対して殺意の視線を、クロードは黒髪の妖精に喧嘩大歓迎と気持ちを込めた視線を、それぞれ盛大に送って火花を散らせた。



「ハリヤーじゃない。ハリヤだ」


「どっちみち戦闘機みたいな名前だってことだろ!気にすんなって!」



 そう言ってコルト1911A1を懐から取り出す殺人鬼をカリヴァンが殴り止める。



「ナイン、クロードが酔った。アルコールを抜け」


「はいは〜い♪」



 高城の目の前で四肢の自由を奪われたクロードがキリストよろしく十字に持ち上げられ宙を舞う。テーブルの上で360度、あらゆる方向に回転して回転して、めちゃくちゃに回転し続ける。悲鳴は酒の肴に、握られた酒瓶はナインの手に落ち、奪われ、ナイン式アルコール抜き出し法を受けたクロード本人は、その名の目的通りアルコールを“完全”に抜かれてボロ雑巾の如く放り捨てられ、樽を抱えたまま廊下へと転がり出た。



「いや〜、喧嘩上戸っていうのかな、泣き上戸みたいにさ。

 クロードはちょっと絡みやすくてねぇ〜、ゴメンね〜」



 普段ならそれだけの理由で納得しない高城播夜なのだが、この日は酒の援けもあってナインの媚に負けてしまう。

 新たに渡されるワイングラス。上がってくる熱はクロードへの怒りとアルコールに因るもので、高揚に火照った目線はナインの胸部へと落ちてしまう。

 そんなハリヤの背後では愛院とホムラの2人が談笑と商談を繰り広げていた。



「これだよ、あたしらがクロス・ショートレンジで使う得物は」


「オーバーメタル、だっけ?」


「そうそう。

 自分のDNAを記憶させることによって自由自在に形状を変えることのできる変わった金属だ。銃も作れるけど、発砲は消耗と疲労が激しいからな。希少金属ってのもあって滅多に手に入らない代物だし、そういう理由で大抵の所持者は刃物として使うんだぜ」


「どれくらいで売れる?」


「こっちの世界には存在しない金属らしいからな。値が付けられないんじゃね?」


「どれくらい出せば売ってくれる?」


「10億――って言いたいけどな、やっぱり長く使ってる物だ。

 言っちまえば相棒でもあるし、それにDNA情報と一緒に大量の血液をコイツに注いだんだ。所有者の分身みたいなもんよ。売ろうにも売れねぇさ」


「確かにそれじゃ売れねえわな」



 言葉遣いに批評のある2人、そのテーブルの向かいではインスタイル&カリヴァンによる藍へのカクテル講座が開かれていた。十分なスペースを確保するべく金髪をポニーテールに纏め上げたインスタイルが高速でビール瓶を消費していき、カリヴァンもそれを手伝いつつ多数のグラスと材料を手近に用意する。教わる藍もメモ帳片手に日本酒の瓶を1本――“鬼殺し”を一気飲みにて――等々を空にした。残念ながらこの程度で死ぬ鬼ではなかった。



「基本的にカクテルの作り方は――」



 リビングのそこかしこでアルコールが飛び交う中、トキとカーチスの2人は避難と称してキッチンに向かい、ツマミと夜食の仕度に務めていた。



「カーチスさん料理上手ですね」

「クリアスペースで任務がない時は、慈善活動ってことで厨房を手伝っていたんだ。俺たち空師団が店を手伝うことで同時に警備も成り立つからな」



 カルボラーナを皿に移してペーパーレシピのおかわり項目にチェックを入れる。

 “パスタ4種類をクリア”

 会話を続けながらトキもサラダの盛り付けを終える。げそ揚げとトマトのサラダボールをカルボラーナと共に、主卓の横に臨時展開した折りたたみ式テーブルへと運搬する。先に揚げたはずのフライドポテトの山が早くも消えていることに驚きながら皿を回収し、ついでに空の酒瓶も拾って纏める。



「しかし、本当に申し訳ないな、トキ。

 料理までさせた上にあまり飲ませてやれなくて」


「あ、いや、飲みたくないからこっちに逃げてきただけですよ」


「酒は嫌いか?」


「いえ。ぶっちゃけますけど、やたら絡んでくるクロードさんが嫌いなだけで……」


「聞こえてんぞゴルァ!」



 発砲。カーチスの方が。

 立ち上がったクロードが手にしていたボトルが、カーチスのクイックドローで放たれた弾丸により撃ち砕かれたのだ。しかもダブルタップで瓶底と口の根元を分断され、内容物は見事に散乱という様。

 リコイルを利用した背面ネックホルスターへの納銃速度も充分な衝撃だったが、何よりも殺人鬼の抜き撃ちよりも速い殺し屋の射撃、それが見事に殺人鬼の目的と威勢を砕いた事にトキは驚きを隠せなかった。



「か、カーチス!

 何てことしやがる!

 テメェ、俺の、俺のサンタ・アナを……!」



 反撃の銃弾。

 だが、カーチスの展開する能力を前に例え45.ACP弾だろうが308ウィンチェスター、異空間へ飛ばされてしまえば直撃はおろか掠りもせず、凶弾は無駄弾となって終わる。

 消音器も無しに室内で連射する銃声の大きさは耳を塞がせるに十分な音量である。いかに酔いが回り始めた面子とは言え、カーチスのように消音器を装着するわけでももなく拳銃を連射したクロードは、騒音公害の原因たらしめる酔っ払いでしかない。それ故に然るべき制裁が下された。



「絞れナイン!」


「そ〜れっ!」



 ナイン式アルコール抜(略)によってクロードの身体が(ねじ)れる。はちきれんばかりの角度まで捩り、五体の骨身に悲鳴を上げさせることによって武装解除と刑罰執行の両方を完遂する。



「オ゛オ゛ォォォォォォッ!!!」



 白目を向いたところでクロードを解放し、再び廊下に追放、そして何事もなかったかのように酒宴は再開する。

 追放されてフローリングの廊下に転がるクロードへ、気が進まなくとも酒瓶を添える親しい人間は、クリアスペースの皆が知る中ではホムラのみ。だが、そのホムラも今や若干のストレスによって添えるのではなく、転がるクロードの顔面に日本酒をぶっ掛けてリビングへと戻るだけだった。

 そんなホムラにハリヤは拍手を送った。



「トキ、掃除はアイツにさせる。それでいいか?」


「いいですよ」



 弁当用のから揚げを油の中に放り込みながら雑巾の場所を思い出す。

 浴場、洗濯機の脇。

 揚げ物を終えてからバケツごと取りに行こうと決めて素早く箸を奔らせる。



「クロードも酒が入ればあんなんだけど、いざって時に出来る奴だからさ。勘弁してやってくれ」



 洗剤を食器の山に垂らしつつ、カーチスは廊下のクロードを眺める。

 少しくらいは面子を保ってやろうと殺人鬼の長所を説き始め、それにカリヴァンとインスタイルが補足を始めた。



「そうだな、殿(しんがり)を任せれば確実に敵を止めてくれる」


「囮としても十分に使えたわね。目立つし、悪運は間違いなく神掛かっているし」



 更にカーチスが付け加える。


 特殊部隊ひとつを単独で半壊させてくれた事もあるし、戦車師団を半刻も混乱させた事だってある。何だかんだで使えるんだよクロードは。後詰・囮役として。



「へっ、クロードは殺人なら何でも出きるだろう」


「おいホムラ、それを才能と認めるつもりか?」


「その才であたしら何度も助けられてんだろうが。認めろよカリヴァン」



 火花が発しかけている2人の会話に愛院が質問とアルコールとツマミの皿を差し挟んで見事中和する。



「何でも出来るって、具体的にどんな感じだ?」


「狙撃、毒殺、闇討ちに加えて徒手空拳での拠点制圧、要人警護に餓鬼の御守までなんでもござれさ」



 ツマミを受け取るホムラが指折りしてクロードが仕事でこなしてきた役割を数える。 両の指が総動員されても足りないことを悟り、皿を置いて投げやりに“こんな感じ”と答える。数え切れないピーナッツが皿の上で山を崩し、テーブルの上に散開する。



「……認めよう。単独での拠点制圧には俺も目を(みは)った」



 生き証人たちによる殺人鬼クロードの、24時間で最も多くの人間を殺めた任務――武勇伝――が説明される。

 “拠点奪回”

 テロ組織によって占拠された中東の基地は、かつて過激派のテロ組織によって造られた天然の城砦。地下迷宮、岩石地帯、砂漠地帯の3箇所より構成された城砦は迂闊に攻め寄せることが出来ずに一週間以上の時間を費やした。

 頑強不落の要塞。

 強固な要塞に加えて外部からの絶え間ない増援と、容赦ない日差し、砂漠地帯独特の乾いた熱い空気、昼夜の温度差、乏しい食糧、水問題等々あらゆる問題が立ちはだかった。 そんな環境下で第3特殊空師団はテロリストと戦ったのだ。



「で、とりあえず拠点の防御力を見るために攻めてみたんだ」

「あの弾幕は酷かったな」

「加えて砂嵐だ」


「地下から攻略したとか?」



 ハリヤの質問にカリヴァンは首を横に振った。



「地下迷宮への入り口は機銃と軍用機甲ユニットによって固められていた。守備が堅固万全なうえに入り口を突破しても迷宮内は毒ガスと仕掛け爆弾を始め、ありとあらゆる罠で進攻ままならぬ状態だ」


「あんたらもSRみたいなもんだろ?

 強行突破できないのか?」



 愛院の質問にはインスタイルが答える。



「私達の戦力人数は50、対して占拠された拠点には5000を超える敵が駐屯していたのよ。対峙している間も敵の数は増える一方。

 おまけに基地内の攻撃設備は完全に掌握され、後方の兵站基地は敵増援による奇襲で混乱……」


「攻めていたはずの空師団(おれたち)がいつの間にか任務もままならない状況に陥ろうとしていたんだよ。士気も低い、敵は増え続ける一方、武器食料も殆どナシ、諦観全滅ムード満々さ」



 そんな状況下で、殺人鬼クロードは単独夜襲を仕掛けた。

 カラーコントロールで姿を消し、誰にも気取られることなく基地内の司令部に潜入。

 敵司令官を含めた6人を射殺した所で硝煙の宴を始めたのだ。



「あぁ、そう言えばそんなことしたな……」


『!?』



 視線を集めたのは廊下に倒れていたはずのクロード。

 それまで白目剥いていたはずの殺人鬼は早くも意識を取り戻し、新たに酒瓶を掴み取って話の輪に加わっていた。以降、それを証明するかのように自ら当時を語り始めた。



「司令部はたまたま迷い込んでな。 夜ってのもあって結構静まっていたからよ、盛り上げる為に警報を鳴らしてやったわけよ。

 そしたら大混乱よ!

 面白かったぜぇ、戦争に慣れていない民間人が殆どだったから手榴弾の仕掛け数個で完全な集団パニック状態になってな」



 葡萄酒の瓶をラッパの如く傾けて胃に通してから、殺人鬼は話を再開する。カーチスとトキも耳だけはしっかりとクロードの過去に傾けていた。カーチスら空師団の面々には懐かしき昔話で、初めてそれを耳にするトキ達からすれば壮絶な体験談であり、また酒の肴ともなっていた。



「765人まではキルカウントしてたけどよ、それ以上数えるの面倒になってな。結構倒したけど、あん時ばかりは退屈しなかった」


「クロードの単騎駆けから26時間後に拠点は制圧完了したんだ〜」


「へぇ、1人で500人以上殺したのか?」


「そうそう。それでクロードの罪は懲役25520年から更に伸びて、懲役34790年にまで延ばしちゃってさ」



 けらけらと笑う空師団の半数にハリヤとトキは頬を引きつらせた。笑うような内容とは到底思えず、同時に彼らが元の世界では既に死人であるということを思い出したからである。

 戻ることを諦めている人たちが目の前にいる。

 トキは複雑な気持ちで会話の行く末を見守った。



殺人数(キルカウント)ならカリヴァンも負けてないけどね〜」


「ナイン。余計なことを喋るな」


「イイじゃんよぉ、カリヴァン。トキ達にあたしらの武勇伝でも聞かせてやろうぜ!」



 煽動するナインに煙たがるカリヴァン。

 胸を張ったついで、勢いで酒瓶をクロードの後頭部に叩きつけてしまうホムラ、理不尽にも三度目の気絶に陥る殺人鬼。



「そもそも昔話なんて聞かせたところでどうなる?」


「なんかのヒントになるかも知んねぇじゃん!」



 この瞬間、リビング内の半数が悟った――ホムラは酔っている――酔った勢いで非常にハイな薬と遭遇してしまっている、と。

 止めようとしたカリヴァンもホムラの舌の前に抵抗を諦め、言われてみればそうかもしれないと思い至り、覚悟酒を一気。ジョッキでスコッチを飲み干した。



「それで?

 俺の前にホムラ、お前には人に自慢できるような武勇伝が何かあったか?」


「……」


「ん? どうだ?」


「…………」


「……」


「………………う〜ん」


「ダメじゃん」



 沈黙を続けるホムラは気絶したクロードに酒を浴びせて起こし、頭を揺すって何かないかと聞き出し始める。



「っ……お前がメルカハインド斬り墜とした時の夢を見てたぜ」


「それだ!

 あたしヘリ斬って落とした!」


「ハインドって、あのハインド?」



 愛院の返答が惜しくも外れたことを、指鳴らしと腕の動作によるリアクションで伝えるホムラ。その間、空いている手は酒瓶へ。不意を突くようにトキの隣でもいつの間にかジョッキを握ったカーチスが、リビングで前掛け姿のまま喉を鳴らしてビールを飲み干そうとしていた。

 ここまでかなりのアルコールが消費されただろうと思っていたトキだったが、現実に減った酒瓶および酒樽の数は半数にも満たない。特に酒樽は1荷も空いていないという事実が空恐ろしかった。



「いや、厳密には“メルカ”って兵器会社が独自に改良した発展型ハインドで、次世代高速戦闘ヘリ……だったっけ?」


「そう。対地狙撃兵装、海中航行兵装、視覚偽装兵装、高次機動兵装など、作戦と状況によって装備を変えられる試作機よ」


「それの編隊に追われたことがあってな、スティンガーもぶっ壊されて豆鉄砲しか残ってなかったから試しに斬りかかってみたんだ」


「お前……アレ“試し斬り”だったのか」



 呆れながらカーチスが立ち上がって冷蔵庫の中を探る。



「操縦席を本体から切断して2機撃墜、残る2機もメインとテイルローターを破壊して追跡不能状態にし、俺達は辛うじて生還したってわけだ」


「どうやって斬ったの?」


「こうやって斬った」



 藍と向かい合ってホムラは剣を振るって見せた。

 縦一直線に振り下ろされる斬撃の、その途中でリーチが一気に伸びた。

 どこから剣を取り出したのかも分からない状態で、更に刀身が伸びて藍の頭上に差し掛かり、そのまま頭皮に触れようとしたところで真剣白刃取りによって斬撃はストップする。



(なるほど、その剣は伸びるのか)


「ホムラの剣は、さっき話してたオーバーメタルで出来ている。

 “純度90%”の変態剣だ。

 この特性を使って2機の中間に潜り込み、一気に2機を斬り墜とした。ちなみにホムラのエアチェイアー運転してたのは俺な」



 親指で自分を示すクロードだが、誰も聞いていない。

 剣でヘリを、それも飛行中の戦闘ヘリを落とすという話を初めて聞く愛院は賞賛の酒をホムラのグラスに送った。注がれる液体に満面の笑みを浮かべてホムラも返盃を愛院のグラスに送る。



「ヘリ撃墜〜って、そう言えば藍も似たような経験あるってボルトちゃんから聞いたけど、本当?」



 酒樽の中身をラーメン用の丼に注いで飲み干すナインが、今度はカクテル作りを再開した藍に照準を合わせる。

 対する藍は冷静以外の何者でもなく、無抵抗にその事実を認めた。



「まぁ、ヘリコプターの1機や2機なら」


「まさか、あの金棒使ってか?」


「えぇ」



 正解という言葉を受けたホムラがツマミを一気に数種類口に運ぶ。笑顔で窒息しかけながらも更に口の中にアルコールを流し込む。僅かな逆送物をテーブル上に撒き散らしながらも、笑って親指だけを残して拳を作る。



「そりゃ随分クールな話じゃねぇか」


「乗り物の破壊台数ならインスタイルのが断トツ多いと思うが?」


「やめてよカリヴァン、それはただの――」


『運転が荒い』


「うるさいわね!」



 カリヴァンより暴露された金髪ポニーテールの経歴。

 クリアスペースの人間に混じって口を合わせた奈倉は笑う。まさか、閃きのように頭を過ぎった予測が見事に的中して、ハモって見たら見事本人から事実を認める言葉を頂けるとは思ってもいなかった。



「ベンツ2台、ACV(ホバークラフト)1隻、ジャンボジェット1機、エアチェイサー10台、水上バイク……だったか、あれを2隻」


「バス5台、タクシー3台、モノレール1本、地下鉄1本」

「パワーボートも壊していたな。それから地上用バイク12台」

「貨物列車も中破させたな」

「あれ?

 スペースシャトルも壊してなかったっけ?」


(いや、どんだけ乗り物壊してんだよ……)


「え〜、まぁ……!

 いま挙がったものは全部任務中に壊した分で――!

 プライベートも含めるならもっとあるからね!」



 自棄酒と共に自白する金髪ポニーテールの暴脚。

 高城の中で美しい外見の女性だったインスタイルの印象が一撃で砕け散るエピソードであった。全てを任務中に破壊してしまったのは仕様だと、誰も納得しないような言い訳が追撃となり、任務中のインスタイルは仕事を優先しすぎて、やる事なす事ほぼ全てが過激になるということを知った。

 藍と愛院はそれだけクラッシュしているにも関わらず死にかけたことがないという、インスタイルの生身に疑惑を持った。



「そういえばサイボーグも壊してたな」


「あ〜、浅上8か」

「人間の脳を得たロボットな。

 ター○ネーターみたいなもんだと思えばいいさ」


「何ですか、その“アサガミ エイト”って?」



 トキの質問に本人が二本目の自棄酒と共に口を語りだす。


 浅上という、ロボット工学博士が研究していた自律ロボットによる治安強化計画より生まれた人工知能を搭載した人型ロボット計画があった。

 クリアスペースの活躍していた世界の日本は荒廃と混沌を極めていたのだ。分刻みで凶悪犯罪が発生しており、法律破りこそ常識という有様であった。そんな環境下では科学者の横暴も法の外へと全力疾走している。

 研究名目こそ道にかなったものだが、肝心の中身は人道を簡単に踏み外してい。浅上博士は7人の、それぞれまったく異なる分野で活躍する知者や武者の、まず身体データを元に人工筋肉と機械から成る身体を作成。身体機能はオリンピック選手を圧倒するほどの高性能で、強度は鋼の肉体特有の剛性と軟性を併せ持ち、頭脳には俗に言う秀才らの物事を柔軟に処理する脳と記憶力をインプラント。最終的に博士のお気に入りである7人目の、元助手だった青年の性格を肉体から引き剥がして機械の頭脳に追記したのだ。

 7人の人間を取り込んだサイボーグの完成――それは同時に、7人の人間の破壊をも意味し、完成と同時に空師団へ通報が寄せられた。



「その段階ではまだ浅上は7だったけど、問題は現場に到着してから……」



 現場に先駆けた空師団が全滅の危機。

 その報告を受け、偶然非番だった特殊空師団のインスタイルが現場へと急行した。



「私が着いた時、派遣された第9空師団は全滅。

 しかし、最悪なのはその先。

 浅上が最後の1人をダウンロードし終えていたということにあるの」


「ロボットを創造した博士本人でも取り込んだってのか?」


「そういうことよ」



 身長2メートル超のサイボーグ。

 身体能力は人間のそれを遙かに凌駕し、頭脳の処理速度は8人が分担するため人外そのもの。

 剛性、柔軟性、瞬発力、それらすべてをタイムラグなしに実行するボディ、人工神経回路、自律した状況判断能力、そして、浅上博士の動物的勘をも凌駕する閃き。浅上8とは人の域を離れた、元人間の集合体であった。

 それを前にしたインスタイルは応援要請を出しながらも、間断なく襲い来る浅上8という個体に交戦に迫られた。



「応援要請しておきながら結局1人でサイボーグを“蹴り壊し”やがってな、こいつ」


「晴れて破壊スコアの中に人型機械が追加されたというわけだ」


「もぉ〜! カリヴァンだって飛行機墜としたでしょ!」


「あれは(わざ)とだ。それに旅客機での体当たりを作戦として認可・提案してきたのはナインだぞ」



 インスタイルからカリヴァンへと話手が移る。



「カリヴァンさんは何をやったの?」


「テロリストによって占拠された巨大ホテルに“旅客機”を突っ込ませたんだ」



 キッチンでトキは殺し屋に耳打ちした。

 カリヴァン本人からはなるべく聞きたくはなかった。どうしてか、直感が関係を遠慮するように告げたのだ。



「それって……」


「その反応だと、こっちの世界でも起こっているようだな。

 俺達の世界では2011年の1月19日に起こった同時多発テロを倣ったものだ。

 カウンターテロがカリヴァンの本領だからな。

 100万の被害者が出る前に300人のテロを圧死に追い込んだ時の話さ」


「この世界じゃ91――」


「なぁ〜にコソコソ喋ってんだぁ?」



 ガス台の前で耳と口を寄せる2人を見つけ、ホムラとクロードが菜箸とフライ返しを手に取る。二人に加え、藍が調理手交代を申し出てやってきた。

 遠慮せずにカーチスは酒の海へ泳ぎだし、トキもホムラと藍に押されて休憩がてら少しくらいつまんで飲んで、どうにか腹を満たそうと試みる。



「そういやカーチスに武勇伝あるっけ?」


『ん〜……』


「なりそうなのって、大統領暗殺くらいじゃね?」

「そうかな?」

「微妙だろ」


(いやいや……あんたらの武勇伝=殺人人数か?

 それとも損害賠償総額なのか?)



 はてまた、懲役年数の合計値なのか。

 正確にそれを知る術を、酔いきれない少年らは持ち合わせていない。

 から揚げを摘まもうとしたトキの箸が空を切る。改めて彼らが違う次元を生きてきた人間であるという事を再三再四、呆れるほどに思い知らされた。



「あるだろ!

 単独、1分で全部のターゲット片付けたことが!」



 声のボリュームを上げつつフライパンを振り回すクロード。 

 危ないという声と同時に拳を飛ばすホムラ。その真横では藍が淡々とキャベツを千切りにしていた。



「俺そんなことしたっけ?」



 殺人鬼が褒めたたえる一方、当の本人に記憶はなし。



「やったじゃねぇか!

 めっちゃセキュリティの厳しいビルでさ、“リメンバー”の幹部4人を漏れなく射殺!」


「あぁ、確かにあったな」


「……あった、か?」



 納得するカリヴァンが顎鬚を擦る。

 カーチス自身に記憶がないものを何故クロードが覚えているのか、ナインは興味津々に尋ねた。それに対する回答は、当たり前だから、の一言で片付けるクロード。



(意味不明だ……やっぱりキッチンで何か作っていた方が気楽だったかもしれない)



 口の中一杯に鶏のから揚げの味を行渡らせながら、気付けば重そうな瞼と格闘している播夜に気付いてスペースを作ってあげる。

 よく見れば十数個の缶が足元に転がっていた。

 どれだけ飲んだかは詮索しないし、したくもない。

 コップに半々のアルコールとフルーツジュースを注ぎ、箸をマドラー代わりに用いて攪拌する。



「お〜?

 その面、現実味がねぇって疑う顔だなぁ?」



 アルコールをフライパンに振るホムラだが、しっかりとテーブル周辺に対して目を光らせていた。炎が金属の上で踊ろうと、目線は手元でなく酒宴の中に向いていた。



「無理もないわよ。この世界での現実と私達の世界の現実は違うんだから。

 もっと細かく言うなら、生きた年代も年季も違う」



 インスタイルの指摘にホムラが続く。



「そうだな。

 私らの現実を押し付けてもこっちの現実じゃ非常識で、夢か画面の中か本の中のどれか、つまりは空想みたいなもんだろうし。どんな宴会でも通用するとは限らねぇ。

 が、その辺がやっぱり現実だ。何べん死のうと私らは私らでしかない。現にここにいて酒を喰らってる。

 お前らも力があるんだから現実が“どこ”に在るのか考えた事あんだろ?」


『少しは』

「……」

「あるあ――!」



 台詞を重ねる播夜と愛院。

 沈黙したトキの代わりに勢い良く挙手してアピールするクロード。もちろん叩き伏せるホムラ。



「どこまで行っても現実しかないのが現実だろ。地獄も天国もありゃしねぇ。

 逆に言うなら、バーチャル? あれは目に見えないところに抱く非現実とか幻想だって気付けるし、一回でもそんなのに遭遇しちまえば全部現実だ」



 ホムラ(酔)の言葉に耳を傾ける高校生3人。

 樽の中身をジョッキに注ぐナインの目はトキの背中に向き、透視によって血流の変化を逐次読み取っていた。

 感動があれば僅かにでも変化する体内は、心を透かすよりも見るに易い。



「あぁ、それは分かるな。自分に都合の悪いものを仮想だと思い込むことによって現実から逃避する」

「そうだハリヤー、よく出来ました。褒美に高級ワインくれてやんよ」



 拳とワインボトルが交差する。

 その最中に愛院は、



「私にとってバーチャルは希望だったな。

 いつか学校に行ってみてぇ、って生きてきたら本当に学校は入れたんだからよ。

 ある意味現実よりも有り難味は深ぇ。夢ってのは持ち続けるもんだ。そういう意味じゃバーチャルってのもそれなりに必要なモンだと思うんだ」


「そういうのを奇跡っていうんだよアイン。

 ところで、お前に武勇伝みたいなのあるか?」


「いやぁ、恥ずかしいことにホムラみたいに格好良く生きちゃいないんで――」



 顔を赤く染めているのか、染まっていたのか。アルコールの海を泳ぐ者達の酔いがどれ程なのか知る術のない環境下では判別が難しい。高難易度の判別を更に高難易度たらしめる要因は、酔いによって拍車のかかるハイテンションもあり、その典型的な例として高城が愛院の過去を全員に聞こえるように語り始めた。



「こいつ魔倉の管理人なんだぜ」


『マソー?』


「若干12歳にして世界中のレプリカコレクターの頂点!

 そして同時にSR界最若の武器商人、魔犬印のハイクオリティレプリカはこいつが出所よ!

 管理者が二十歳未満にも関わらず、これまでに稼いだ総額は5億を超え、その年収は900万っていう噂もあるんだぜ!」


『おぉ!』

「儲けてんなぁ」


「へへっ、私自身そんなに稼いだ記憶はないんだがな。

 きっと夢でも見てるんだろうな。

 ははっ、なんか気持ちいいしよ。

 これ夢じゃね?」


「いや、酔いだよ」



 起き上がって脳天にワインボトルを受けた高城がツッコむのと同時、今度は殻付き茹卵(ながれだま)が後頭部に直撃する。

 台所から直接飛来したソレはホムラ目掛けて殺人鬼(酔)が投げ放った物に間違いないのだが、遺憾甚だしくもコントロールは粗雑、ホムラという標的から大きく外れて妖精の頭を捉えることとなったのだ。



「仮想なんてどうとでも創り出せるけど、人間が頭に描ける仮想なんて自分が無理と諦めているものが殆どなんだからよ」


「計算による仮想ということも有り得るぞ、ホムラ」


「計算ずくでの未来予測(シミュレーション)かご都合的な妄想(ドリーム)かの違いで大分変わる。その二点いずれかに到るまでの過程も。肝心なのはそれらを見極めてやれないということ……」



 ジョッキからワイングラスへ持ち変えるホムラと愛院。

 横から登場した枝豆の山の天辺が即座に消えて無くなるのを見つめながら、トキは握ったコップを口元に運んだ。



(現実、逃避、夢、理想……)



 仮想故の無限。

 夢幻による現の証明。

 無慈悲な映像の意味。

 追走のモノと過戻するモノ。


 酔いが回っているのか、自分ではわからない単語が頭に浮かぶ。

 酒が入ればロクな思考もままならない。

 しかも未成……



「ふ〜ん」



 すぐ隣でにこやかな表情のまま頭を左右に振るナインに気付いて固まる。

 いつテーブルの反対側からやって来たのだろうか――気のせいか一瞬だったような――ついでに何故小声で話しかけてくるのか、是非ともその理由を教えて欲しかった。



「トキも真剣に考えられるんだね」


「何を?」


「世界論」


「?」


「あなたにとっての現実とは?

 現実を定義した場合、仮想とは一体なに?

 それは形あるモノ?」


「あの……ナイン、さん?」


「何?」


「酔ってます、よね?」



 血眼を覗き込むと、ナイン(酔)も覗き返してきた。

 そんな視界の片隅でハリヤー(酔)とホムラ(酔)が拳を交え、カーチス(ほろ酔)と愛院(酔)が乾杯の後に飲み比べを始める。



「ねぇトキ」



 高速で荒れゆくリビングに気を取られるトキの、その眼前で、元預言者は自らのこめかみに銃を突きつけていた。



「銃――え?」



 いきなりの発砲。

 ナインの飛び血を浴びるトキ。

 当然、前倒しに崩れる彼女以外が目につかなかったし、そもそも理解が追いつかなかった。



「え、ちょ――!」


「でも生きているよ〜ん♪」



 更に度肝を抜くナインの起き上がりざまの飲みっぷりが、トキに大粒の汗を浮かべさせた。



「!??」


 ナインの頭部にはしっかりと弾痕。

 流血も止め処なく、更に目じりには大粒の涙が浮いていた。

 確実に痛んでいることが伝わってくる。自らの頭を撃ち抜いて生きていることにも驚きだが、それ以上に、まだ飲めるのかとツッコみたかった。

 が、諦めて解説を求む。



「宴会では消音器が必須だよ〜! 特に日本の宴会ではね!」


「いや、待ってください……何がどうなっているんですか!?」


「落ち着きなってトキ。

 これはね〜、ちょっと酔いが回ってきた頃だからできる芸なの♪」


「“ちょっと酔いが回った”程度で自分の頭撃ち抜くんですか?」


「問題ないよ。クリアスペースの全員に同じ事試したけど、だぁれも死ななかったし〜」


『いや、ミーナ死にかけたし』



 声に出して笑うナインへ、一同反論。

 兎に角早急に床とテーブルとソファの血痕を拭って冷静を取り戻した。



(ミーナって、誰だ?)



 雑巾片手に勤しむトキへ、騒ぎが再開する。

 同時に改まってナインは問いてきた。



「それで、トキの夢は何?」


「何って――なに?」


「人は現実、逃げるも生、夢は線、理想は人。

 どうとでも解釈ができるよう、万の言葉を使って答えろと言いたいワケじゃないの」


「……いや、既に何を言っているのか分からないわけですが」



 ずい、と押し倒さんばかりの勢いで身体を寄せるナイン(ほろ酔)。こめかみの穴を指先で触れて修復をはじめ、どんな技を使ったのかを簡単に説明しつつ、質問の核に近い場所を教えて考えさせる。



「クロードは本能で殺人に目覚めた。

 ホムラちゃんとカーチスは、カーチスのお父さんに憧れていた。

 カリヴァンはインちゃん、インちゃんはどこぞかの秘書さんに憧れて頑張る事ができた。

 みんな少しずつ違うけど、それぞれ何らかの強さを求めて筋力や知力を養ってきたの。私にだって、憧れる人はいたのよ。

 トキにはいないかな?

 そういう、憧れる人が。目標となる人物を追ってこそ成長するっていう面もあるんだよ」


「……いきなり言われても、目標って」


「じゃあ、羨ましいなぁ〜って思ったことがある人はいない?」



 首に腕を回して絡みつくナイン。酔った勢いでトキに銃口を突きつける予言者の首根っこを、カリヴァンは掴んで引き剥がしてテーブルの上に正座させた。すぐに降りたが。

 そのついでに暴走気味の預言者を黙らせるため作りたてのブランデーを渡して飲めと命じると、ナインは無言でグラスの中身を胃に収めた。



「気にするなトキ」

「気にしなきゃダメよ〜」


「話したくないことだってあるだろうに」

「そうかな〜? どうなのトキは?」


「どうって……」



 ロックグラスのオレンジ色を見つめながら答えようか悩む。

 しかし、悩んだところで相手は読心術を持つ元予言者:ナインである。どうも、ボルトと同レベルの能力者らしく、プライバシーという言葉と疎遠で四の五の言わずに覗き込んでくる。



「あまり話したくないです」


「あっそ〜。

 でも、誰か凄いなって思う人はいるよね?」


「まぁ」



 口を歪めて目を細めて“遺憾らしさ、不満らしさ”というもの表情に出す。


 ナインにとって、トキが答えない事は既に予測済みだった。そこで、



(食べ物に手を伸ばすフリをしつつ――)



 若干でもナインを警戒したトキの視線が右手を追う。

 その方角には、ナインとカリヴァンを除く全員が、ちょうどトキの視界に移るように座るなりキッチンに向かうなりしていた。



(ツマミを手に取り、スナップ利かせて手首を翻す!)



 皿から取り上げたカシューナッツを、手首の動きで天井に向ける。

 視線は卓上からテーブルの反対側に座るカーチスや愛院、高城にインスタイル、それからキッチンの3人に向いたのを確認し、すぐに手のツマミを口の中に運ぶ。

 このタイミングで安心しきったトキの心を読み取ることは容易い。

 僅かな油断でトキの視線、心はキッチンへと向いていた。


“トキが羨む力を持っている人は誰なのか”


 ボルトと予測し合った問題の答えがいま出た。



(やっぱり、ボルトちゃんも考えていた通り――彼女の存在がトキの中ではすっごく大きいんだ)


(瞬間的に目線がキッチンへ向いたな。やはり――)



 陸橙谷藍(りくとうや あい)


 一見して細身故に非力をイメージさせる雰囲気の持ち主だが、外見的印象をいとも簡単に覆してしまうのが彼女のSR、鬼。

 大型車両さえ生身で受け止めてしまうパワーを持ちながら、剛弓を見切る目と、それを躱してみせる反応速度を兼備しているうえ、あらゆる体術も相当こなす柔軟性の持ち主。



(強くて硬く、速くて柔らかい。

 なるほど、最初に出会った夜の事が忘れられないんだ〜)



 預言者を一瞥してグラスを空にするトキ。

 カリヴァンはそれを静かに見守り、ナインは笑顔で全員に酒を振舞った。


 時刻は深夜をとうに過ぎているにも関わらず、この晩色世家は夜が明けるまで飲み続け、騒ぎ続ける宴が行われていた。



 -翌朝-



 トキが屋上で日課となった早朝訓練に精を出している最中、ナインは事務所の中で熱いコーヒーを啜りながら芹真、ボルトと向き合っていた。

 新聞から視線を外した芹真はナインの話に不思議を抱き、ボルトはにこやかに両足をばたつかせながらソファーの上でココアを楽しみながら“やっぱり”と相槌を打っていた。

 そんな2人にナインは酒宴で得た結果を言葉で伝える。



「いまトキの中に確認できる四凶は圧倒的な“トウコツ”」


「間違いないのか?」


「芹真さん、ナインちゃんが判断したからには間違いないと思うよ」



 状況は芳しいはずがない、それなのにボルトが笑顔でいるのは何故だろうか。

 芹真には色々と疑問だった。ボルトの事も気がかりだが、目下気に留ることは、トキがコントンに敗れて以来力を求めすぎているという事だ。求めること事態に若者として間違いはないが、トキの貪欲さは僅かながらも異常と言える域にある。現段階で誰かと闘争になったとしても、例え相手がSRだろうが負ける可能性は低い。

 それにも関わらず、トキはまだまだ強くなろうと願っている。

 目標は打倒コントンで間違いないだろうが、それだけではないという予感があった。誰かを目指し、肩を並べようとしている気配をこれまで何度か窺えた。



「トキの目標はズバリ、鬼の藍ちゃん!

 心からあの強さに憧れみたいなのを抱いているわ。それ以外の関心はあまりないみたい」


「それ以外って?」


「生物としてと〜っても大切な、性・的・関・心!

 これがほぼゼロに等しいのよ。

 いや、吃驚するくらいマジでよ?」


「つまり、トキは藍が女性として……好意を抱く対象として想っているわけじゃなく、純粋な強者として憧れているわけか」


「強さを羨んでいるんだね〜」



 首を縦に振るナインがコップを流し場に置き、戻ってくるなり屈伸を始める。



「それで、流石にいろんなパターン試せば何かの要素がトキの性的関心にヒットするんじゃないかなと思って――」


(どうしてそうなった……)


「引ん剥いたの〜?」



 読心術で覗き見るナインが脳裏に浮かべる昨夜の光景。それは酔った勢いと称しての衣服略奪祭であった。


 ナインがインスタイルの上着を奪い、それを見たクロードがホムラのシャツを奪いに掛かり、カウンターフライ返し。泥酔間際の愛院が播夜のシャツを捲り、弁当代返せとサンドバック播夜に連撃を見舞う。テーブルの下に隠れて事なきを得ようとしたカーチスもあえなくナインに引ん剥かれ、悲惨なことに衣服の全てをアルコールとライターによって火刑と処された。



(なんつぅアルハラ……)



 ここまでで芹真が聞かされたアルコールハラスメントは絡み、語り(という名の自白)、セクシャルハラスメント、器物破損、未成年飲酒禁止法違反、騒音公害(主に大声と銃声)、プライバシーの侵害……etc、であり、改めてクリアスペースという集団が容赦という言葉に疎い人間の集まりであることを思い知らされた。



「で、藍ちゃんも脱がせたの?」


「私はやってないけどね。

 スパー、っと脱げたよ。というか、藍ちゃんとカーチスだけが全裸になっちゃたよ。

 そうだ、そう言えば藍ちゃんの関心度もトキに近いね」


「うん。

 同性愛者ってワケでもないけど、元々興味がなかったみたいだし〜」


「良く言えば貞淑な性格だからな。悪く言えば無関心だが、トキも藍も――ん?

 待てよ、もしかして2人は同類の気を感じているのか?

 類は友を呼ぶとも言うし……」


「いや、全っ然。

 それはしっかりと確認できたから間違いないよ。

 トキは純粋に藍ちゃんの強さに、藍ちゃんはトキをトキだと思いつつも、今は行方不明のお兄さんの面影重ねているのよ。お互い想っていることは違うけど、相互のバランスが取れているって意味では2人の関係は抜群に良いよ」



 しかし、2人が目指すものは打倒四凶と、それを匿っていた協会の粛清であった。

 四凶が関わったことで2人の属性はより四凶に近づいていることもまた事実。



「でも、まだまだ若い」


「そうだね〜。私やナインちゃんみたいに属性が確立するまで、まだまだいっぱい時間があるから、この先変えようと思えばいくらでも変えられるんだよね〜」


「……それは本当だろうな、ボルト。

 もし、このまま2人の四凶が確立したら、トキに関する依頼を失敗することになる」



 それを認識しているボルトは頷き、大丈夫だとだけ言った。ナインもそれに続いて2人の事を説明する。



「“きっかけ”さえあれば藍ちゃんの四凶は簡単に損なわれるわよ。彼女はギリギリ四凶でいるって感じだったし」


「どうして分かる?」


「だって、私に触れて読めないモノなんてないんだよ。大体は」


「“げんど”って言葉以外はね」



 呟いたボルトが屋上目指してソファーを離れる。

 屋上の連中は(こぞ)って二日酔に苛まれているだろう。頭を押さえながら訓練を続ける面々の顔が容易に想像できた。彼らの酒気を完全に抜ききることが出来なかったと、ナインは遺憾そうに漏らしていたし、芹真はあまりの酒臭さにいつもより濃い目のコーヒーで鼻を守っているくらいだ。



「それじゃあ、上の人たち見てくる〜」



 ボルトが屋上に上がると案の定、半数以上が頭を押さえるなり瞼を擦るなりして酒気と睡魔を相手にしながらトキの訓練相手を務めていた。


 どうしてか、トキだけが普段通りの表情と動きで早朝の訓練に臨んでいた。



(お酒に強いのかな〜?)



 疑問を抱きつつ、ふらふら歩み寄ってきた藍の身体を支えたボルトは、オーダーレシピを受け取る。

 注文はエッグノック5つ。

 酔い覚ましに用いられる飲み物としてある程度有名なメニューだが、言ってしまえばこれはカクテルの“酒類”である。



「台所まで、お願い……」


「……」



 苦笑いを飾りながら内心では溜息が混じるほど呆れるボルトであった。


 ――まだ飲む気なんだ。


 呆れを通り越して感心さえ覚える酒好きたちに一瞥くれてやりつつ、注文を承った藍の健気さには感動を覚えて肩を貸し、再び事務所へ戻るのであった。



「ダメだこりゃ」



 余談になるが――この日、トキは藍に肩を貸して登校し、その姿を担任の蓮雅に目撃されてアルコール検出器に掛けられた。反論の余地もなく飲酒を咎められ、クラスに戻るなり2大委員長にも叱責され、挙句居残りを喰らってペナルティの特別清掃を命じられたのであった。


 ※お酒は20歳になってから。


 因みに現在、

 トキ:17歳。藍:18歳。


 未成年飲酒禁止法に余裕を持って引っかかる歳である。




 


 次はめっちゃ短いです。

 いや、ホントですって。




 

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