マザコンなサッカー選手の犯す反則
「それでさぁ、私が電話したらノブのお母さんが出るんだよ。信じられる?」
南は彼氏と彼氏の母親への不信感を口にしている。ハンバーガーショップに入ってからずっとだ。
「へぇ~、なんで母親が息子の電話にでるの?」
わたしは渋々意見する。
「さぁ、知らないわよ。自分で起こしてって言うから電話してあげたのにノブのお母さんが電話に出てあたしに何って言ったと思う?」
南は彼氏とその母親に相当な恨みがあるのか、眉間に皺を寄せてテーブルを平手で叩いた。その衝撃でわたしの前にあるオレンジジュースの入った入れ物が少し揺れた。
「何って言われたの?」
わたしはオレンジジュースを慌てて押さえて訊ねる。
「『ごめんなさい、ノブをあんまり甘やかさないでほしいの。』って言ったのよ。」
「はっは、なにそれ。」
「それだけじゃないのよ。そのあとあたしに聞こえるように『ノブ、明日からはわたしが起こしてあげるからね。』とか、あたしに聞こえるように言うんだよ。」
「なにそれ? それで、その大学生の彼はなんて言ったの?」
「『うん、ありがとう。お母さん』だって。」
南は彼氏のモノマネのつもりなのか馬鹿みたいな顔と声でいった。
「あはっは、ありがとう、お母さんって、それマザコンなんじゃない。」
「そうなのよ。彼はマザコンだったのよ。」
南は顔を歪めていった。
「それは残念。」
「ふん、だからあたしは言ってやったのよ。あんたはマザコンだって」南はそう言うとフライドポテトを口に入れた。
「いったの?」わたしはずいぶんストレートにいったなと感心する。そして、彼氏の反応が気になり「それで? 彼は何ていったの?」と訊ねた。
「『南の親は片親だからわかんないんだ』だって。」
南はまた例のモノマネ口調でいった。
「何それ、感じ悪い。マザコンに片親とか関係あるの?」
「そうよね。あたしのお母さんは離婚したけどすごく幸せなんだよ。それであたし頭来ちゃってあんたの母親は異常者だって言ってやったのよ。」
「言っちゃったんだ。」
「うん、そしたらね・・・・」南はそこで言葉を一度止めて、ブレザーを脱いでワイシャツの腕を捲くった。
「これよ。」
「うわぁぁ、大丈夫? どうしたの、殴られたの?」
南の腕には痛々しい青紫色の痣があった。
「ううん、デジカメよ。」
南が首を横に振った。
「デジカメ?」
「うん、あいつ、あたしに向かってデジカメを投げてきたのよ。」
南はブレザーを着直しながらいった。
「デジカメを? ・・・それは痛そうだね。」
わたしは想像力を精一杯に使って、デジカメを投げるシチュエーションを考えていた。もし、わたしが南の彼ならデジカメを投げる前に、デジカメの安否を考えそうだが南の彼はそんなことを気にする余裕もなかったのだろうか。それとも、他に南を程々に痛めつける道具がなかったのだろうか。私の頭の中で色々疑問が残った。そもそも、デジカメを投げつけられて痛いのだろうか。
「痛いわよ。しかも、あいつわざと痛くするためにご丁寧にケースから取り出して投げつけてきたのよ。」
「意外と冷静なんだね。」
わたしは不謹慎だが興奮した男が懸命にデジカメをケースから取りだして愛する彼女に投げつける光景を想像して、こっそりほくそ笑んだ。
「そうよ、それであいつデジカメ投げつけてから、痛がるあたしを見て、『ごめんよ。でも、君にも悪いところはあっただろ。』とか言ってくるのよ、あのマザコン暴力男。」
「なにそれ? そんなに簡単に謝るなら最初からデジカメなんて投げなければいいのに。」
「そうよね。なにが『ごめんよ。』よ。馬鹿じゃないのって感じ。あたしは『あなたの親は異常者だ』って訴えただけなのよ。それなのにデジカメ投げつけられて『君も悪い』ってあたしはデジカメ投げつけられるのと同等なことを言ったわけ?」
南は興奮した調子でわたしに訴える。
「そうゆう問題なのかな?」
わたしは首を傾げた。南は彼の怒りを買ったからデジカメを投げつけられたのだろう。怒った相手に等価交換を望むのは少し違うのではないかとわたしは思う。
「そうゆう問題よ。だけどね、唯一助かったことがあるのよ。」
「助かったこと? デジカメ投げつけられて?」
「うん、あいつね、大学でサッカーやっているのよ。」
「サッカー? それがどうして南にデジカメを投げつけて、南が助かるの?」
「だって、もしあいつが野球をやっていたら怖くない?」
南は眉を顰めていった。
「野球だったら怖い? どうゆう意味?」
わたしは意味がわからず聞き返す。
「だって、野球は投げるでしょ。でもサッカーは蹴るじゃない。」
「うん、そうだね。でも、それがどうしたの?」
わたしはスポーツに関しては詳しくないが、野球とサッカーがどうゆうスポーツかは大雑把ではあるが知っていた。だが、それがどう南を救ったのかはわたしにはわからなかった。
「だから」と南はそこを強調するようにして、言葉を一度止めた。「もし、あいつが野球をしていたらわたしの腕はこんなものじゃ済まなかったのよ。」
南は青痣のある腕をポンポンと叩きながらいった。
「そうなのかなぁ?」
わたしはまた首を傾げた。野球選手ではなくサッカー選手だったから助かったという理屈はわたしには理解できなかった。本当に助かったなら、あんな痛々しい青痣はつかないだろう。
「そうよ、きっと不幸中の幸いよ。」
南は冗談で言っているようではなかった。真面目な面持ちだった。
「不幸中の幸いねぇ。」わたしはため息を吐くように漏らした。
南が多少なりにも彼氏がマザコンだったのにショックを受けていて、無理して前を向こうとしているのかもしれないとわたしは思った。だから、何か気の効いたことを言った方がいいのではないかと思い「でも、サッカーって手をつかったら反則だよね。」とわたしなりの精一杯のユーモア溢れる一言をいった。
すると、南を大きく両手を叩いた。「あっ、確かに。あいつ反則してんじゃん。ったく。サッカー選手ならデジカメをシュートしろって感じ。」
南はわたしを指差して嬉しそうにいった。
「ふっふふ、そうだね。」わたしは南がわたしの言葉に反応してくれたので心の中で胸を撫で下ろす。すると南は「ケーキ屋さんにはいったのに店内の商品が全部和菓子なぐらいの反則よね。」と意味のわからない譬えをした。
「はっは、それはなんか拍子抜けするね。『えっ、店の前の看板はなに? 』って感じ? 『わたしのケーキを食べるモードになった舌をどうしてくれるの? 』みたいな。」
わたしは無理して南のいうことに合わせる。
「そうよ。見た目は爽やかなサッカーをしている大学生。でも、中身はマザコンでデジカメを蹴らないで投げる反則暴力男よ。」




