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出会いと自惚れと挫折

 悠子との出会いは、高校入学してすぐのことだった。おれの通う高校には入学前のアンケートが二つあった。一つは修学旅行についてだ。沖縄と北海道はどちらがいいかというものだった。おれは二学年上にいる同じ高校を通っている兄が、北海道は良かった、言っていたので北海道を選んだが今になれば沖縄にしておけば良かったと後悔している。おれの高校は何を血迷ったのか修学旅行の日程を十二月に持ってきたのだ。そのせいで十二月におれ達は十二月に北海道に行く予定が入っているのだ。

 だが、もう一つのアンケートについては全くの後悔していない。むしろ、運命を感じている。そのアンケートの内容は選択授業についてのアンケートだ。おれの高校には『芸術』という授業がある。『書道』か『音楽』のどちらかを選択するアンケートでおれは『書道』を選んだ結果、週二回の書道の授業で悠子の隣に座る権利を得たのだ。書道も音楽も苦手だったおれは苦渋の選択を迫られたわけだったが、思わず逃げ込んだ先が天国だったというわけだ。

 おれは勝手に悠子との出会いに運命を感じていた。おれは本来悠子の隣の席ではなかったのだ。最初はおれの席は悠子の斜め前の席だった。しかし、斉藤という男の席がなく、斉藤の席の分が一つスライドされて悠子と隣になったのだ。そのときのおれの斉藤への感謝の気持ちは言葉では言い表せない。もう斉藤の手を取って「君が地球上に存在してくれていて良かった。」と言いたいぐらいだった。それくらいの衝撃だったのだ。悠子との出会いは。

 悠子は変わり者である。書道の最初の授業は自己紹介という簡単なものだったのだが、おれが自己紹介を終えた直後に長方形のおれと悠子が共同で使う机を「ドン、ドン」と平手で叩き、「名前はなんていうの?」と堂々と聞いてきたくらいだ。

 それから悠子が机を「ドン、ドン」と叩いて質問してくるのは決まり事になっていた。事あるごとに「家はどこにあるの?」、「部活はなにやっているの?」、「この間、廊下であるいているところ見たよ。」と簡単なやりとりだったが、いつの間にかおれの生活スケジュールの中心は書道の時間になっていた。書道の授業が終わった直後から次の書道の授業へのカウントダウンが開始されていたのだ。

だが、結局は、おれはただの悠子の習字の時間の隣人となっただけだった。さらにいえば地味な顔をした隣人だ。

 

 おれは天井向けてテニスボールを投げながらいつの間にか自問自答していた。悠子が自分に話し掛けてくる理由についてだ。悠子に話し掛けられてから残りの授業はほぼ悠子のことで頭が一杯になり、授業の内容など頭に入ってこなかった。今だってそうだ。なんでテニスボールが家の中にあるのか、とくだらないことを考えていたのに、いまでは悠子の顔が頭に浮かんでいる。悠子の話し声が頭にリピートされている。

 悠子はおれに少ながらず良い好意を抱いているとおれは考えている。しかし、それは俗にいう『ラブ』や『愛』ではなく『ライク』や『友達と好き』というものだ。この考えは、ある『事件』から考えられる論理的思考を元にした仮説である。だから、悠子に話し掛けられる度におれは戸惑うのだ。何で悠子はおれに話し掛けてくのか、と考え込んでしまうのだ。その度に、おれは地味な顔した男だということを必死に思い出す。

 『事件』は去年の九月末に起きた。おれは部活を辞めて、少し肩の荷が下りてアルバイトでも始めようかと悩んでいる頃だった。そんな秋真っ盛りな時期で『書道』の時間を前に浮足立っていたおれに大きな事件が起きたのだ。

書道は書道室、音楽は音楽室、で二つのクラス合同で行われる。また、書道室と音楽室は向かい合わせに作られており、前の授業が終わると同時に教室から書道室、音楽室の移動が二クラスで同時に行われる。その、移動中の廊下で事件は起きたのだ。

 おれは、天然パーマが特徴で夏休みの間に煙草デビューした藤原とギャル男で月に二回は日焼けサロンに通っているという必要以上に肌が黒い名倉と廊下を歩いていた。藤原と名倉は煙草の話で盛り上がっており、おれは話について行けずに少し孤立した形で二人の少し前を歩いていた。教室から書道室、音楽室への移動には階段を上がり、校内で一番直線距離のある昇降口前を通過する必要があった。『V』字型の階段を上がり、『L』字型の角を曲がると校内で一番直線距離のある昇降口前の廊下に悠子が友達と二人で十メートルぐらい先を歩いていた。悠子達の歩くスピードは遅く、おれ達はすぐに追いついてしまい、同じ教室を目指す人間を抜くのもおかしな話なので自然とおれ達の歩くスピードも悠子達と同じペースですぐ後ろを歩き始めた。恐らく意識しているのはおれだけだっただろう。藤原と名倉はいつの間に話題を変えてバイクの話を始め、悠子も友達と盛り上がっており、おれだけが黙ったまま所々にガムがへばり付いた廊下を歩いていた。

 おれは悠子の後ろ姿を目に焼き付けるぐらいに見つめていた。なんとなく、悠子の髪型が気になっていたからだ。出会ったとき肩に掛っていた髪は五月頃に切られ、一旦ショートカットになっていたが、再び出会った頃と同じくらいまで髪は伸びていた。女の子が髪を伸ばす、切るには意味がある、と早瀬から柔道部時代に聞いたことがあった。端正な顔立ちをしている早瀬が言うとそれなりに説得力があった。だが、早瀬は夏休み前に悠子に告白して見事に撃沈している。早瀬はこの敗因について運が悪かったと語っており、端正な顔立ちをしている早瀬が言うと納得できた。また、そう言う早瀬の携帯には少しふくよかな女の子と撮られた一枚のプリクラが貼られており、女の子に傷つけられた傷を癒すのには女の子に治療してもらうのが一番だ、と男前に語っていた。そんな端正な顔立ちをしている早瀬が言うと、はいそうですか、という感じだった。

 書道室、音楽室を目の前にして、おれの熱い視線に気付いたのか、それとも後ろに誰が歩いているのか気になったのか悠子の友達が後ろをちらりと見た。一瞬おれと目が合う。確かこの女子の名前は宮乃という名前だったはずだ。可愛い女の子だったので覚えていた。男子高校生なんてそんなもんだ。興味ある人の名前は名字だけでも覚えているものだ。宮乃は身長が悠子の顎程しかなく、恐らく百五十センチぐらいで、肌が白く、丸顔でショートカットが良く似合う女の子だ。

 宮乃はおれと目が合うとすぐに顔を前に向き直し、悠子に小声で喋り始めた。おれに聞こえない様にしたつもりだったのか、小声だったがすぐ後ろを歩くおれには丸聞こえだった。

「ねぇ、後ろに歩く男の子可愛くない?」

 宮乃が悠子に小声でいった。恐らくおれと悠子が書道の席で隣同士だということを知らないのだろう。宮乃の選択授業は音楽だった。

 悠子は後ろをちらりと見た。自然とおれと目が合う。おれは悠子がこの問いになんて返すのかと期待を胸に待った。

「えぇ、顔地味過ぎない。」

 悠子は眉を顰めていった。おれは後ろから悠子の横顔を見ながら、心臓を握りつぶされる思いだった。一瞬、頭が真っ白になってしまった。好きな女の子に「顔が地味だ。」と言われてショックを受けない男子高校生なんていないだろう。

「そうかなぁ。でもね、あの子お兄ちゃんがいるんだよ。」

 宮乃は何故か二つ上にいる兄の存在を知っていた。そして、何故か悠子に「あの子には兄がいるんだ」と主張を始めて、さらには事実証明を取る為に体を反転させて「この高校にお兄ちゃんいるよね?」とおれに質問してきた。

「えっ、ああ、いるけど・・・・」

おれは急に質問されて驚いたのとショックが酷く小さな声で答えた。今思えば、顔が地味なのと兄の存在がどう関係があるのかはわからないが、宮乃なりのフォローだったのかもしれない。

宮乃はおれの「イエス」の答えを聞いて悠子に「ねぇ、言った通りでしょ。」と微笑みながら言うと、そのまま音楽室に消え、悠子もそれに続く様に書道室に入って行った。おれは藤原と名倉に肩を掴まれ「おい、どうしたんだ? なにがあったんだよ。」と驚きながら訊ねられたが「おれには兄がいる」と答えるのが精一杯だった。

それでも、悠子は机を「ドン、ドン」と叩いて、「ねぇ、体育祭はなに出るの?」、「どうして柔道部辞めたの?」とどうでもいい質問をしてきた。

正直言えば、おれは悠子が自分に気があるのではないかと、うぬ惚れていた。だから、早瀬が悠子のことが好きだといっても焦らなかったし、早瀬が振られたときはやっぱりな、と確信すらしていた。さらにいえば、早瀬が悠子に傷つけられた傷を癒すべく、新しい女に走ったときは安心すら覚えた。そんな淡い希望を打ち砕かれたのに、おれは悠子に話し掛けられるたびに、また新たな希望が生まれてくる。だから、おれは悠子に話し掛けられるたびに、悠子の瞳に映る自分は地味な顔をした男だということを忘れないようにした。


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