生まれ変わりと宇宙人
確か生まれてくる子どもの名前が『悠』に決まった頃のことだ。つまり、生まれてくるのが女の子だと判明して、僕はなんとなく『寒太郎』を息子に付けることができなくて、安心と残念がない混じりになった複雑な心境のときのことである。
僕はお気に入りのCDを部屋に響かせていて、寝転んで歌詞カードを眺めながら煎餅を食べていた。
「生まれ変わりって信じる?」
悠子がベッドに座りながら、大きくなったお腹を擦っていった。
「生まれ変わり?」
「そう、あの生まれ変わり。馬鹿げた話だと思う?」
「いや、あったらいいなとは思うけど。」
「じゃあ、あったら次は何になりたい?」
「仕事をしなくても、生きていける世界だったら、なんでもいいや。」
僕はすかさず答える。この頃の僕は仕事に追われていて、仕事に対しほとほと嫌気が差していた。
「ふーん、嘘でもいいから、わたしともう一度出会って結婚したいとか言えないわけ。」
「じゃあ、悠子が隣にいて、仕事のない世界。」
僕は訂正する。
「そんなやっつけに言われても全然嬉しくない。」
悠子がそっぽを向いて言う。
「じゃあ、悠子は生まれ変わったら何になりたいの?」
「わたしは宇宙人」
「う、宇宙人?」
僕は驚いて体を起こして悠子を見る。「悠子は宇宙人になりたいの?」
「でも、わたしはただの宇宙人じゃないよ。」
「なに? 目から光線の出せる宇宙人?」
「ふっふふ、なにそれ。地味に面白い。」と悠子は笑う。
「違うの?」
「違うよ、全然。」悠子は首を振った。「わたしは実君が隣にいる宇宙人になりたいの。」
「はっはは、そんなの宇宙人にならなくたって叶ってるじゃん。それに、今度は娘まで生まれんだよ。」
「そうだけど・・・人の人生って短いんだよ。」
「蝉に比べれば長いよ。」僕は煎餅を噛み砕いて言い返す。
しかし、その言葉に悠子の顔が強張った。「ふうん、じゃあ、実君なんか、蝉に生まれ変わればいいのよ」
「なんでだよ。そうしたら、悠子だって隣にいるんだから蝉になるんだぜ。」
「残念。わたしは宇宙人で蝉を飼っている宇宙人だから。」
「なんだよ、それ。ずるいじゃないか。」
「でも、よかったじゃない。蝉には仕事なんかないわよ。」悠子は笑いを堪えて言う。
「でも、せっかく地上に出たのに、七日で死ぬのはな・・・」僕は公園の木の下に転がる、魂が抜けたように軽くなった蝉を想像した。「あれはちょっと嫌だな。」
「いまだったら、宇宙人にしてあげなくもないわよ。」
悠子はこれが最終忠告だと言った。この手を取らなければあなたは蝉になるのよ、蝉になりたくなかったら、わたしの言う通りにしなさい、と言わんばかりの表情だった。
「すいません、宇宙人でお願いします。」
僕は正座をして、蝉は勘弁して下さい、と悠子の手を取った。
「うむ、素直でよろしい。」
「でも、一つだけ条件がある?」
「条件?」
「仕事というシステムのない宇宙人でお願いします。」
悠子は眉を下げて、仕方ないな、と一言だけ漏らした。
「でもさ」と悠子が言う。
「なに?」
「生まれ変わりでも、変わった生まれ変わりもあるんだよ。」
「変わった生まれ変わり? 宇宙人に生まれ変わるだけでも変わってると思うけど。」
「そんなもんじゃないよ。生まれ変わりにはタイムスリップもあるんだよ。」
悠子はいかにも経験者の口ぶりさった。
「タイムスリップ? 生まれ変わりで?」
「そう、死んだ人間が過去で蘇るの?」
「そんなのあるわけないじゃん。」
僕はすぐには信じようとしなかった。それじゃあ、生まれ変わりじゃなくて、前世だよ、と。
「あるんだなぁ、それが。生まれ変わったら江戸時代だった、ということもあるかもしれないよ。」
「はっはは、そんな馬鹿な。」僕は笑い飛ばす。
「よくいる、予言者というのは、きっと、蘇りなんだよ。」
「じゃあ、悠子も蘇りだ。」
僕はすかさず言う。もちろん、冗談半分で、だ。
「正解。よくわかったね。」
悠子は微笑んだ。その笑顔はいつか見た、悲しげな笑顔だった。僕はそれ以上茶化すことができなくなっていた。正直言うと、思い当たる節はいくつかあったからだ。
そして、悠子は悠を産んで死んだ。