『悠』
おれは妻のお腹に宿った子どもの名前の候補を机の上にある紙に書き連ねていた。
あんまり親の希望を乗せるのも気が引けるし、適当に付けるのもよくない。格好の良い名前を付けてあげたいけど、名前負けするのは可哀そうだ。そんなことを考えて、いくつかの候補を挙げていた。
「なにしているの?」
妻が後ろから覗き見て、不思議そうに訊ねてきた。
「子どもの名前を考えているんだ。」
「子どもの名前?」
妻が気が早いと笑う。まだ、男か女かもわからないんだよ、と。
「ベストを尽くしたいんだ。後になって焦って変な名前を付けるのも可哀そうだし。」
「考え過ぎて変な名前を付けてしまうってこともありえるよ。」と妻は心配そうに言う。
「確かに、それも一理あるかも。」
「それで、どんな名前を考えたの?」
「えっと」とおれは紙に書いた一番自信のある「寒太郎」という名前を口にする。
「響きがいいだろ。」
「確かにいいけど・・・そんな歌あったよね?」
妻は上を向いて思い出すように言う。
「そうだっけ? だから響きがいいんだ。でも、歌があったら、いじめられたりするからな。響きはベストだと思うんだけどなぁ。」
僕が残念だ、と肩を落とすと、妻も本当に残念だね、と一緒に嘆いてくれた。
「実はわたしも考えたんだ。」
妻がおもむろにいった。
「なんだ、考えてるんじゃん。人に気が早いとかいっておきながら。」
僕がなじると妻は笑った。
「どんな名前?」と僕が訊ねると妻はボールペンを手に取り、紙に書いた。
「ゆう?」
僕は紙を見て首を傾げる。
「ううん、違う。これで『はるか』って読むの。」
「『はるか』か。いい名前だね。」と僕は感心する。「男にも女にも付けられる。」
「でも、これは娘に付けたいな。」
妻は照れくさそうに笑う。
「じゃあ、娘だったら『はるか』息子だったら『寒太郎』に決定だ。」
僕がそう言うと妻は『寒太郎』はどうだろう、と眉をひそめた。
「響きがいいんだから、良いんじゃないかな。」と僕は笑う。
そして、「でも」と不思議に紙を眺めた。
「なに?」妻は首を傾げる。
「親がさ、自分の名前の一部を付けるのは珍しくないけど、これはあまりないだろうね。」
「うん、確かに、珍しいでしょ。」
「うん、悠子は親なのに、『悠』の子どもになってる。」と僕は親なのに子どもの子どもだと呑気に笑っていた。