逃亡
だいぶ遅くなりました。すみません。
「はっ、
はっ、
はっ、」
黒い眼帯に質のよいドレスといういでたちの少女が駆ける。
ここはグラッディ王国の森の奥だ。
少女の後ろからは、たくさんの弓矢や武具を持ったいかめしい兵が追いかけてくる。
ひゅっ
少女の耳元で風がうなり、何かが地面に突き刺さった。抜く。矢だった。
矢の先は毒々しい赤で塗られており刺さった先の地面に生えた草は萎れてきていた。毒が塗られていたのだろう。
「猛毒塗った矢を放たせるなんて父上もどうかしてる」
ぼやきながら少女はもっともっと森の深奥にかけた。このままいけば海に出るか他国に入るだろう。そこまで行けばきっと国の軍も諦める。
と、そこに隠れられそうな木の洞があるのを見つけて、入り込んだ。横を勢いよく臙脂の兵服が駆け抜けていった。やり過ごせたようだ。
少女の名はアリオン。
グラッディ王国の姫君である。
アリオンは、とある事情のもと国王(父)ヴェダンの軍に命を狙われていた。王の兵はしつこくアリオンを追い回し、ついに王国の森の奥深くまでやってきてしまったという次第だ。
「父上ももっとやることないのかしら?二十歳にもなってない娘を殺気立って追い回して・・・まったく」
こんなだから国だって腐敗するのよとアリオンはため息をついた。
遠くで男たちの怒鳴り声が聞こえる。いつまでもここにいたら見つかるだろう。呼吸を整えると立ち上がった。
また地を蹴って駆け出す。もっと、もっと遠くまで行かなくてはならない。
と、
「・・・・家」
アリオンの目に家がうつった。何の変哲もない、お菓子でできてもいないし小人もいるようには見えぬ、ただの家。しかし、それはアリオンにとって渡りに船だった。
「お邪魔しちゃお。誰かいても姫ですとか言って黙らせればいいや」
アリオンは黒い姫だった。
ともあれアリオンは家の前まで走り、一応ノックする。
「いませんか・・・いないよね」
そして、躊躇なく扉を開ける。と、すぐ近くを男たちがうるさく駆け回っているのが見えた。臙脂の兵服がちらほらと木の陰からのぞく。
アリオンは急いで扉を閉め、耳を澄ませた。
・・・行ったようだ。アリオンはほっと息をつき、部屋のほうを向いた。
「て、わっ!暗!」
室内は灯りひとつなく真っ暗で、何も見えなかった。
――あんまり動かないほうがいいよね。
アリオンは、床を手探りで何もないことを確認し、ずるずると座り込んだ。
限界だった。
一日森を駆け回り続け、兵と毒矢に怯え逃げ惑った。
兵だって相当疲れているはずだが、むこうは日々訓練し鍛えている男で、こちらは華奢な姫君。アリオンは意志の強い娘ではあったがそれを差し引いてもさすがに身にこたえた。
それに、追えと命じているのはほかでもない自分の父親なのだ。
捕らえろではない、確実に殺せと命じられ追ってくる兵たち。娘を殺すためには矢に猛毒を塗ることをも厭わぬ父。
周りのものに蔑まれ、避けられる生活ならもう慣れた。いないものとして扱われることも。
けれど今回のは違う。
実の父に命を狙われるほど憎まれるというのは、アリオンにとってもそれなりに辛いことだったのだ。
泥のような睡魔に身を任せ、アリオンは目を閉じた。