表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/22

16. 生き延びるために

家並みが、暗がりの向こうに浮かび上がった。


道の分かれ目に、

消え残った灯りが、小さく揺れている。


その光を視界に入れたとき、

胸の奥が、ふっと緩んだ。 


(……何だよ、この気持ちは)


気づいた瞬間、

その感覚を、振り払う。


(……くそ)


無意識に緩みかけた足に、力が入った。


家の前まで戻ると、

道の土が、わずかに踏み固められていた。


(……え?)


村の外へ向かう自分の足跡と、

同じ向きに、もう一組。


(……重なっただけ、か)


それ以上は考えず、

朔は戸に手をかけた。


家の中は、しんと静まり返っていた。


灯りは落ちていて、

居間も、奥の部屋も、物音ひとつしない。


起きている気配は、ない。


朔は、一つ息を吐いて、

そのまま奥へ向かった。


床板が鳴らない場所を選ぶのは、

もう、無意識だった。


自分の部屋に入り、

戸を閉める。


「……戻ってきた、けどさ」


小さく呟いて、

寝台の端に腰を下ろす。


「正解だったかは、分かんないな」


『帰還は合理的です』


即答だった。


「だろうな」


苦笑しながら、鞄を脇に置き、

上着を外す。


体を横たえると、

張りつめていたものが、

ゆっくりとほどけていった。


「……訓練、受けるしかないか」


返事を待たずに、目を閉じる。


そのまま、

考えが形になる前に、

意識は静かに落ちていった。



朝の空気は、まだ少し冷たかった。


庭に出ると、オルセンはもう立っていた。

いつもの外套は着けていない。

袖をまくった腕と、

土で汚れた服の裾。


ふと、視線が下に落ちた。


足元には、籠が置かれている。

中には、乾いた土の塊がいくつも入っていた。


……何だ、あれ。


その脇には、使い終えたらしい小さなスコップが転がっている。


地面の様子が微妙にいつもと違う。

踏み固められ、ならされ、

ところどころが浅く掘られている。


子どもたちが走り回るような

普段は何もない、ただの庭。

けれど今は、あちらこちらに“何か”が

仕込まれているのが、見て取れた。


朔は一歩、庭へ出てから言った。


「お願いします」


そう言いかけてから、朔は少し言葉を飲み込む。


「……あ、いや」


オルセンはちらりとこちらを見て、鼻で小さく息を吐いた。


「前も言ったが、畏まる必要はない。」


朔が言い直すより先に、続ける。


「気にするな。

俺は坊主からもらったものを、返してるだけだ」


その声には、「貸し」や「見返り」を求める色はなかった。


オルセンは庭の中央に立ち、朔と距離を取る。


「……坊主。まずは時間を稼げるようになれ。

外に出ると、危険は向こうからやってくる」


暗がりの奥で感じた、得体の知れない気配。


背中が、わずかに強張る。


オルセンは、籠に手を伸ばす。

乾いた土の塊をひとつ掴み上げ、

軽く放って、受け止めた。


重さを確かめるような動き。


……その球、どうする気だ?


嫌な予感が、

ようやく思考に追いつく。


もしかして――


「だからな」


オルセンは、何でもないことのように言った。


「今日は、避け続けろ。いいな」


(……よくない。

順序ってもんが……)


考えを切り裂くように

空気が、震えた。


朔は半ば反射で、横へ飛び退いた。


次の瞬間――

顔のすぐ横を、何かが唸りを上げて通り過ぎる。


「……っ!」


『乾いた粘土を丸めたものです』


耳元で、ルクの淡々とした声。


「それどころじゃ……!」


『安心してください。当たっても怪我はしません』


その瞬間、


ぱこっ


肩に直撃したそれが、粉々に砕けた。


「……痛ぇ!」


『ただし、痛みは発生します』


「今まさに実感してる!」


オルセンは、もう次の弾を構えていた。


「もう一回だ。止まるな」


再び、気配。


乾いた音が、空を裂いた。

朔は反射的に身をひねり、粘土の塊をかわす。

すぐに足を踏み替え、別の方向へ走る。


『左後方、接近しています』


朔は歯を食いしばって方向を変える。

走る。

避ける。

走る。


砂利が跳ね、草が靴底を掠める。

さっきまでいた場所に、

乾いた破裂音とともに粘土が砕けた。


『正面、来ます』


「っ……!」


朔は今度は横へ飛ぶ。

また別の塊が、背中を掠めていく。


気づけば、

さっきより少しずつ、

庭の端へと追い込まれていた。


(……まずい)


走るたびに、逃げ場が狭くなっている。

けれど止まれない。

立ち止まった瞬間、次が飛んでくる。


『右斜め後方、接近しています』


朔は反射で、そちらへ踏み出す。


『その進路は――』


ルクの声が続くより先に、

逃げ道のように見えた土が、

足の下で、がくりと崩れた。


「うわっ――!」


体勢を崩したまま、前へ転がる。

砂と土が視界を覆う。


その瞬間、

視界の端から、

別の粘土の塊が一直線に迫ってきた。


「……っ!」


受け身を取るより早く――


ぱんっ


胸元に直撃。

乾いた音とともに、

粘土が粉々に弾け、土の上に散った。


「……っ……」


息が詰まる。

視界の端で、破片が転がっていく。


「目に見えるもんだけを信じるな」


低い声が、庭に落ちる。


「飛んでくる“物”を追うな。

投げる“人間”を見ろ」


朔は、胸を押さえながら、

何も言えずにオルセンを見た。


肩。

腰。

踏み込む足。


さっきまで見ていなかった場所が、

いやになるほど目に入る。


「……もう一回だ」


その声には、

見捨てない重さがあった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

次話は明日21時更新予定です。

引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ