chapter.1
朝は音もなく訪れた。
眩しいこともなく訪れた。
部屋の壁が、わずかに明度を上げる。
それが起床の合図であった。
天井はいつもと同じ色。同じ高さにあり、同じ温度を保っている。
空気は清潔で、匂いはない。
呼吸は楽で、肺は苦しくない。
起き上がる理由を、彼は考えなかった。
考える必要がないからである。
足を床につけると、床はわずかに温かい。
温度は一定だ。
季節という概念はあるが、体感することはない。
洗面台の前に立つ。
鏡の中の自分は、健康そうで、清潔で、整っている。
不安な要素はどこにもない。
彼は自分の髭を見つめる。
思うことは特にない。不満もない。
ただ、普通の状態があった。
服はいつも選ばない。
そこに用意されているものを着る。
サイズは合っている。
感触も不快じゃない。
機能に不足はない。
食事もいつも選ばない。
味は不快ではない。
栄養は完璧に計算されている。
必要量が正確に含まれている。
誰も、文句を言わない。
時間通りに食べ終わり、移動の時間になると、扉が開いた。
彼は外に出る。
同じ服装の人々が、同じ速度で歩いている。
誰も走らない。
誰も止まらない。
誰も話さない。
壁には文字が流れている。
短い文。
簡潔な言葉。
意味は分かるが、気に留める者はいない。
正しい。
適切。
安定。
効率的。
同じ日々が、繰り返される。
職場に着くと、席に座る。
端末が起動する。
画面には数字と記号が並んでいる。




