板付 1
自身の手の甲がシーツにわずかな重みをかけていた。指の先五本分だけ沈んだ布地をわけもなく見つめる。
眠りから覚めた時特有の、とろりとした気怠さが身体を押さえつけている。頭はまだ動ききらない。夢と現実の境界線を認識していく感覚を辿る。
こんな目覚め方を、俺はついこの間も体感しはしなかったか。ぶつ切りの思考がその一点を掠めたと同時、心臓から押し出される血が出力を上げた。埋もれていたベッドから飛び起きる。健康などとは程遠い起床に、体内の中心部が不規則に暴れていた。
行き場のない脚をベッドの上に乗せた姿勢で周囲を見回す。見慣れた自室とは異なるインテリアが、衝撃となって半醒の意識を殴るようだった。
昨晩はどうしたのだったか。
あの場に連れてこられた時の目覚めとは違い、現状に至るまでの記憶はしっかりと頭の中にこびりついていた。
警告を綴った手紙。シャンデリアに照らされる刃物。一人の少女に向けられた複数の指先、椅子から崩れ、床にばらけた栗色の髪の束。
自身の首筋に手を当て、皮膚の下に流れる脈を確かめる。
あの出来事は夢ではない。寝ても覚めても、俺がいるのはまだ舞台の中だった。
そこまで回想し、抱いた違和感に視線を動かす。目前にかざした手のひらの血管が、ベッドサイドに置かれたライトによってかろうじて視認できた。
そこでようやく、この部屋には窓がないのだと気づく。人工的な明かりのみを光源とした室内は、カーテンを引いた夕暮れ時のように薄暗かった。
昨晩、19時を過ぎて。平静を失った集団の中で、初めの手紙に記載されていた、部屋の使用に関する案内を思い出したのは誰だったか。
処刑を終えた村人たちは夜中に出歩くことを禁じられる。22時以降、自室から離れることがあってはならない。馬鹿げたルールに従うため、各々が部屋に入らなければ、という流れになった。
ある者は泣き喚きながら。ある者は何かを呟きながら。広間を出ていく人々につられて廊下を進み、俺も自分の名前が刻まれたプレートを探し当てた。頭痛から逃れるようにして、やけに重たい扉を開いたのだった。
そうして電気をつけることも室内を確認することもせず、何も考えないようにしてベッドに埋もれたことを覚えている。
今は一体何時なのか。まずは光源を探さなければどうにもならない。反発力の弱いマットレスから降りるべく、重心を動かす。足裏が冷えた床を踏んだのを頼りに身体をずらす。ベットから離れ、入り口付近の壁を探れば、そこには四角形のスイッチらしきものがあった。
ジ、と通電の音が聞こえたかと思えば、天井から吊るされたランプが光を灯す。
赤の壁紙に囲われた広間といい、部屋全体を古めかしい見てくれに仕上げている割には、端々から窺える技術や仕掛けはやけに合理的だ。
何らかのラッピングじみた見かけの取り繕い方が、ちぐはぐな気持ちの悪さを生んでいた。
ランプが発する光を眺めていれば、上を向いた首に引っかかるものがあった。手を添える。喉仏あたりに触れた布地を確かめて、自分がネクタイを閉めたままの状態であることに気づいた。ジャケットすら脱いでいない。俺は昨日、あの場に集められた時と同じ服装のまま寝入っていたらしい。
最悪だ、皺になる。思い至って、この正装が顔も知れぬ相手によって整えられたものであることを思い出す。
何もかも最悪だ、本当に。腹の底あたりがじく、と重くなるのを感じた。行き場のない苛立たしさをどうすることもできず、纏わりつくジャケットを脱いでベッドに放る。
壁にかけられた時計は六時半を指していた。十二で一周するタイプである以上確証はないが、おそらくは午前だろう。
ひとまず状況を確認したい。昨晩の混乱もいくらかは落ち着いているだろうか。
誰かしらが起きているなら、話がしたかった。
朝の支度なんて何一つ終えてはいないが、鏡を見る気にはならなかった。
形の崩れた襟を手探りで直し、外へと続くドアノブを握る。
「あ」




