開演 4
アシュクの発言が終わるやいなや、机を押すようにして一人が立ち上がる。黒いスカートが揺れ、二つに結んだ赤い髪を波打たせる。
彼女が口を開くと同時、ぽす、と舞って落ちたものがあった。食いかかろうとした身体が、突如現れたそれに驚いて固まる。思わぬ反応に身を縮めたアシュクも、同様にそちらを見つめる。
現れたのは、煉瓦色をした一枚の封筒。おそらくは天井付近から差し込まれ、空を浮いてテーブルへと届いたのだ。
手紙はちょうど俺の前に落ちていた。誰からも手を伸ばされる様子はない。仕方がないので、何も言わずに端を持ち上げて封を切る。
「……違反事項。配られたカードの特徴によって役柄を特定する行為」
口に出しながらテキストを追う。どこか古典的な字体はタイプライターの筆跡を思わせた。顔の見えない相手からの明らかな警告に、ひ、とアシュクが怯えた息を吸う。
「そんな提案するなんて頭おかしいんじゃない!? 人が死ぬかもしれないのよ!」
萎縮した彼とは反対に、彼女は主張を続けた。問い詰められたアシュクが自身のネクタイを握りしめる。眉毛と揃って、ストライプの模様がぐしゃりと形を歪ませた。
「だって、それなら確実に犠牲を少数にできるじゃないか!」
取り乱すアシュクは、なかば叫び声となった反論をする。そんな訴えに続きを添えたのは、茶髪をセンターパートにした男だった。アシュクの隣に座っていた彼が、顎に指を添え、言葉を選ぶ。
「そうだ。彼の提案は村人寄りの思考だと言っていいと思う。つまり……村人側にとって有利な主張にも関わらず、真っ先に反対の声を上げた彼女は」
「ちがう!」
2対1となった議論に彼女の顔が強張った。振られた疑惑を払うべく、ひりつき混じりの否定をする。高い位置で結ばれた二つの髪がわずかに乱れた。
彼女の名前は、ダリアだ。
「私は霊媒師!!」
テーブルから身を乗り出し、胸元のブローチに左手を添えて、ダリアは叫んだ。
「明らかにそんな反応じゃなかったけど……」
「だって村人のカードなんて知らないもの!人狼と間違われるなんてたまったものじゃないわ!」
吊り目がちな目尻と振る舞いからは近寄りがたさのある気品が感じられたが、ダリアの声は泣き出しそうな子供のように上擦っていた。
「……対抗、いる?」
茶髪の男が辺りを見回す。手を挙げるものはいなかった。
カードによって決められた役職のうち、霊媒師は一人だけだったはずだ。自分こそが本物だと言い張る者がいないならば、ダリアは嘘をついていないことになる。
「彼女は霊媒師で確定だ」
皆の認識を統一させるためか、彼が続けた。
席を立ったままのダリアは肩で息をしている。きっと認めたくなどない役名を必死に掲げる姿は、主催者の掌で踊らせれているかに思えた。人形を弄ぶような悪趣味さだ。ふいに口の中に苦味を覚えた。
何かのボタンをかけ違うだけで、いとも容易く疑いの矛先が変わる。正しかろうが正しくなかろうが関係ない。自分だけが知っている身の潔白も、虚言として塗りつぶされるかもしれない。
気など休まるはずがなかった。
「……彼女が本物の霊媒師ということは」
自分の隣にいる人間には、爪と牙が与えられているかもしれない。素性の知れない相手を訝しむ空気が広がる。
話し合いというには重たすぎる場面に、一滴、色の違うインクを落とすかの如く。静かに通るその声を浸透させたのは、また、彼だった。
「まともな情報がない状態で他者を指摘するのは、通常かなりのリスクを伴う。そのうえ、咄嗟の反応で狼同士が疑いを向け合うとは考えにくい。であれば」
探りながら話しているわけではない。思考を働かせることによって冷静さを保とうとしているわけでもない。至極冷静に、伝わりやすい言葉を選ぶ余裕がある。
ここまでの情報によって整然と組み立てられた実情を伝え、納得させるために主張しているのだろう。何故だかそう感じられた。
場の主導権を握って、白の男が口を開く。
「村人側である彼女を人狼だと騒ぎ立てた人物。特に、浮上した意見に便乗する形で発言をした者が怪しいと見ていいんじゃないかな」
人差し指が持ち上がる。彼が並べた思索を整理するべく、皆がその一点に注目していた。11人分の瞳をなぞっていく。指先が動き、彼の中で定められていたであろう着地点に止まった。
「例えばそこの、彼女とか」
「……えっ」




