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開演 2


「えっ、なにこの場所……!?」


 左手から困惑混じりの悲鳴が上がる。静寂に突如投げ込まれた音に反応してそちらを見れば、肩までの髪を揺らした女が、手元と室内とを交互に見やっていた。


「……あれ、なにして……」


 一人が発した声が、無音だった室内に伝播していく。騒ぎの気配を感じ取ったせいか、眠りから徐々に起き出した彼らは各々の顔に困惑の色を滲ませる。

 誰、どこ、なに。飛び交う疑問詞はどれも答えを求めたものではなく、反射的に吐き出された不安の捌け口のようだった。募っていく集団パニックの予感に、冷静な状況確認ができる状態の人物を探そうとした矢先。


「なぁ、なんだよこの封筒!?」


 一際鋭い叫びが上がった。

 卓上を示した男の指先へ、周囲の視線が固定されていく。


 おそらくは、これから状況整理が行われるのだろう。不可解な現状から抜け出すための糸口だ。ミステリで言うところの導入部、決して気を散らすべきではないシーン。

 そんな確信を抱きながらも、俺は何故だか目を逸らす気になれなかった。

 正面に向けたままの視線は、興奮状態で椅子から立ち上がった数人によって遮られている。それでも、腕や背の隙間からそれは見えた。先程と同じ椅子に座ったままの、黒髪に隠された横顔。

 封筒に吸われていた目線が揺れたかと思えば、ふいにこちら側へ振れる。照明を散らした粒が、青の虹彩に光を落とす。

 もう一度、 空に似た寒色が瞬いた。



 男が読み上げた封筒の中身は、寓話を書き記したかのごとき空想的な内容だった。

 人狼、村人。不可思議なワードが並ぶ。昼の時間、投票、多数決。


「なにかの間違い。そうよね? その封筒……」

「違う、ちゃんと書いてある! 何度読み返したって」


 初めに封筒の存在に気づいた彼が、手の中に収めた便箋を握りしめる。恐怖で力の伝達が狂ってしまったのか、皺ひとつなかった紙に深い折り目がついていく。


「処刑…… 人狼と思われるものの命を摘み取ってください、そう書いてある!!」


 手紙の内容はこうだった。

 貴方がたはこの屋敷に招待された客人だ。ベッドに菓子、贅沢な食事ともてなしの用意は完璧で、何不自由なく過ごすことができるだろう。けれども、屋敷に招かれざる客が入り込んでしまった。

 この場には人狼が混ざっている。

 人ならざるその化け物は、毎晩一人ずつ村人を喰らっていくのだという。


 読み上げていた彼も、現実を受け入れぬよう、ただ無心で文字を追っていたのだろう。

 内訳だなんて遊びじみた言葉に続けて読み上げられたのは、こんな文章だった。

 この館には、人狼が3人。狂人が1人。村人が5人。占い師が1人。霊媒師が1人。騎士が1人。


 聞き慣れない名称と役割が読み上げられる。現実離れした単語たちはぶつ切りの音となって耳を通っていくが、表出した本能が聞き逃すべきではないと訴えている。

 理解不明なまま整えられた舞台に、妙な現実感が上乗せされる。

 今まさに始まろうとしているのは、遊戯という皮を被った。


「ひとまず」


 どこからか再び悲鳴が上がろうとした時、膨れ上がった恐怖の輪にそんな声が浸透した。


「この状況を信じようが信じまいが、各々好きにしたらいいと思うけど。どちらにせよ、ルールの把握はしておくべきだと思うな」


 落ち着き払った口調が、散々上がっていた拒絶や混乱とは違う言葉を続ける。

 皆の視線の方向から、その声がちょうど対角の位置から発されているのだと分かった。

 いくらか言うことを聞くようになった自らの身体を伸ばし、その人物を覗く。


 声の主は、向けられた期待の視線に応えるよう、ぐるりと人々を見回す仕草をした。結われた髪がしとやかに揺れる。

 目が合う。

 心拍が煩さ(うるさ)を取り戻す。喉元を齧られた獲物のように、彼から視線を離せない。


 最前、何よりもまず目に留まった真白の男。男の纏う無彩色はここに不釣り合いだと感じていた。

 けれど違う。彼が持っているのは混じり気のない白などではなく。

 この舞台にとてもよく似合う、鮮やかな血色をした瞳だ。

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