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幕開 5

 たったそれだけの切り出しを聞いた、ジゼルの肩が震えたのが目に映る。


「身体が、絶えず緊張し続けている。視線の揺らぎには気を配っているようだけれど。頬の緊張、指先の強張り、筋肉の震えは、なかなか抑制しづらいものだね」


 一同の視線が糸で手繰られるように集まった。

 彼が言ってのけたジゼルへの指摘が的確なものかは、正直なところ定かではない。

 事実、ジゼルは気を張り詰めているように見えた。瞳は険しさを保って真白の男へと向けられているが、テーブルの端に添えられた掌は天板を強く掴んでいる。ともすれば全身に現れかねない感情を、かろうじて制御しているようにも捉えられる。


 思えば。ふいに、記憶に残っていたシーンが隣の彼女と重なる。本日の始まり、アシュクの部屋を確認しに行く前にも似た感覚を覚えた気がしている。

 まばらに人の集まっていた朝の時間。最後にホールへやってきたジゼルが扉を開けた際、彼女は胸を張ってヒールの音を立てた。室内の各人に目もくれず、気落ちした様子などない彼女の姿をはっきりと覚えている。


 下ろした髪を靡かせながら、ジゼルは壁にもたれていた俺の隣を通り過ぎた。その堂々たる態度に感心すると同時に、虚勢、という言葉が脳裏を掠めたのだ。

 今朝方の彼女にはまるで、そう演じるのを求められていたかのような違和感があった。


 今、真白の男によってジゼルは場の中心に引き摺り出された。彼女の言動は、指摘の余地を与えないために、毅然とした態度を取ろうとしているかに映る。


「……狼を見つけ出せと言われてる。警戒しない方が可笑しいでしょ」


 ジゼルが応える。感情を昂らせず、理性的な反論をしようと努めているのが伝わってきた。

 周囲が口を挟む余地はなく応酬は進む。


「勿論。それが狼に対するの警戒なのか、狼であるからこその恐怖なのか。見分ける術があるといいんだけどね」

「くだらない。人の名前を挙げて疑いを固定させたがるあんたこそ、狼じみた立ち振る舞いじゃないの」

「そうとも考えられる」


 ジゼルの主張に対する彼の譲歩は、彼女にとってなんら意味をなさない。傾聴している周囲の心象にも大した変化を及ぼさなかったことだろう。

 男が目を細める。


「一つ伝えると。自身を疑ってきた相手にばかり固執して異論を唱えるのは、随分な悪手だと思うけど。君の好きにしたらいい」


 完璧な間を空けて発された長台詞は、観客の目を惹くのには十分すぎるほどの効果を持っていた。

 彼女は返事をしない。噛み締められた唇の一部に、血の色が透けていた。一人の人物から疑惑を抱かれただけのジゼルはとうに弁解の余地を奪われている。

 ひたすらに、彼の独壇場だった。


 ジゼルがしていた彼への評も確かに一理ある。人狼を見抜くための判断材料が曖昧である中、特定の人物へと疑いの矛先を向ければ、皆の思考をある程度コントロールすることができる。自らに人狼の疑惑がかかることを嫌い、真っ先に処刑対象を選ぶ側に回ろうとした、という理屈も不思議ではない。

 積極的に疑義を唱えようとする者は人狼である。ジゼルが主張しているのはそうした考え方だろう。


 しかし。この場所で開かれているのは単なる討論会ではない。反駁の失敗が示すのは、己の人生の終幕なのだ。

 命を天秤にかけている状態で口火を切るのは、俎上に載せられた人物と同等かそれ以上に注目を浴びる行為である。


「誰か他に、怪しんでいる人物は」


 押し黙ったジゼルの代わりに声を発したのはアイビーだった。場を静観している印象の強かった彼女が、二人の会話に口を挟むのは意外に思える。


「ジゼル」


 もう一度、アイビーが彼女の名前を呼ぶ。

 ジゼルが目を閉じる。眉根に寄せられた皺の数が、彼女の焦燥を表しているようだった。華奢な肩が浅く上下する。長く細い息を吐ききって、ぎごちなく唇を動かす。


「…………疑わしいのは」


 細い指が卓上を滑っていく。照明の光を反射する爪先には、淡いグレージュが塗られていた。

 これも規定された正装の一部なのだろうか。本当に舞台衣裳のようだな、と場違いなことを考える。


「こいつ」


 ジゼルが短く告げた。

 それぞれの視線が動く。ほんのわずかな静寂のうちに、ぞわりと肌が粟だった。

 昨晩ケイトに向けられた眼差しには、これほどの重みが含まれていたのだと一日越しに理解する。


 ジゼルが訝しむ相手を指し示している。その対象は、まごうことなく自分自身だった。

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