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幕開 3

 ニナが一歩を進めるたび、スカートの裾が広がってはゆらめいた。存在感のあるレースが刺繍されたそのドレスは、彼女の背丈に合うように用意してあったのだろうか。膝あたりで裁断された布が動作に合わせてたわんでいた。


 無意識に腕を持ち上げる。指の腹が触れたのは、己の喉元を締め付ける硬い布地だ。今朝自らの意思で解いたはずのネクタイは、まるで首枷のように再び俺を縛っている。

 あの規則書には、役職と並んでソワレに関する注意事項が記されていた。一度目を通しただけの、テーブルマナーにも似たその案内を、どうしてか(そら)んじることができる。

 各人、自室に用意されている正装でお越しください。

 ふざけた舞台に敷かれたドレスコードは果たして何のためなのか。劇の外側にいる観客を悦ばせるためか、否か。


 ニナが部屋の中央にやってくる。真っ直ぐに前を見据え、周囲に一瞥もくれないまま、キャメルブラウンの布地を持ち上げて彼女は席に着いた。


「約束の時刻は十七時よ、ニナ」

「そうね。悪かったわ」


 静かに着席し無言を貫いていたニナにダリアが言い放つ。ごく平坦な肯定を挟んで、ニナは短い謝罪を口にする。その涼やかな言い振りから反省の色は見えなかったが、ダリアも同様に受け取ったのだろう。

 苛立ちを唇の端に抑え込んで深呼吸をした後、彼女が息を吸う。


「三十分近く過ぎているのだけれど。一体何をしていたの?」


 ダリアは努めて冷静でいようとしているらしかった。テーブルの淵に手を置いてニナを注視しながら問いかける。対するニナはため息を吐き、そっけない様子で応えた。


「謝りはした。貴女には関係ない」


 思わず左を見やる。ひどく無感情な声色に自分の耳を疑った。ニナはダリアのことを意に介さず、卓上の一点を見つめていた。

 がたん、 今度こそ明確な苛立たしさの滲んだ物音が響く。シャープな目尻をさらに強く吊らせて、ダリアが声を張り上げる。


「ニナ! ふざけないで、今は——」

「ねぇ」


 一段と鋭利な声が、昂りかけた場の熱を静止する。


「くだらないことで時間を浪費してる場合? 決めなきゃいけないんでしょ」


 ニナへと前のめりになっていたダリアが、会話に割り込んだ声の主を振り返る。ダリアの焦燥混じりの視線が向く先は、彼女の対角線上、俺の隣席。

 その少女が場の空気を整え直すのを、今までも何度か目にしていた。照明に透ける髪の色はピンクをさしたアッシュグレイだ。ふわりと巻かれた毛先がどこか優美な印象を与えていた。

 一見して感じられるそんな雰囲気とは裏腹に、彼女の淡い瞳孔は切先のような威圧感を持っている。


「ここにいる誰を処刑するか」


 ピンクアッシュの髪をした彼女、ジゼルは淀むことなく言い切った。

 騒々しかった広間が静まり返る。ダリアは一度口を開き、卓上に置いた掌を握り締めてから言葉を詰まらせた。ダリアの隣では、眉を下げたポーラが彼女の横顔を窺っている。ニナは相変わらずダリアと視線を合わせようとしなかった。


 長い間を空けて、ダリアが姿勢を元の位置に戻す。着席の反動で袖口が揺れる。彼女のために用意されたドレスは、ニナのそれと似た揺れ方をしていた。


 ポーラとニナが席に着いたことで、テーブルを囲う十二の椅子のうち、空席は二つだけとなった。ケイトとアシュクを除く十人全員がホールに集っている。

 今宵のための役者は揃ったのだろう。


「一つ提案」


 ジゼルが仕切り直した場を取り持つようにして、また違う言葉が発される。ワントーン低いその声はアイビーのもので、皆の注目は自然とそちらへ向いた。卓上を軽く見回した彼女が片手を挙げる。


「投票について。今夜は少なくとも、役職を持っている人間以外から処刑先を選ぶべきだと考えてる。それと、彼も」


 彼、と告げると同時に掌を前へ差し出す。アイビーに呼ばれた当人は瞬きだけをして、特段反応を示すことはしなかった。


 要するに、アイビーの主張はこうだ。

 人狼である疑いがある者は、霊媒師であることが確定しているダリア以外の全員だ。占い師を名乗るニナとレオは内訳が狂人である可能性が高い。現時点で二人の真偽を確定させる材料はなく、二分の一の賭け事をする妥当性は微塵もない。


 この村の中に人狼は三匹存在する。ニナとレオ、ダリアを除いた七人の中に狼は必ず潜伏している。であれば本日の投票は残る七人から選ぶのが妥当だろう、という確率の話だ。


「占われた人が除外される、というのはどうして……?」

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