幕開 2
控えめに開かれたドアの横で彼女が頭を下げる。室内の照明を受けて、白いスカートに添えられたビジューが細かにきらめいた。肩を滑る髪色は、甘い液体で満たされたカップと同じミルクティーだ。
ダリアが立ち上がる。爪先が椅子の脚に触れたのか、かつんと鋭い音が発された。入り口に立つ彼女とは対照的な黒いドレスに、二つに結われた赤い髪がぶつかる。
「……無事かどうかの確認も兼ねてるの。きちんと、時間通りに来てくれなきゃ迷惑よ」
扉へと身体を向けたダリアがどういった面持ちをしているのか、俺の席からは見えなかった。ダリアの忠告を聞いたポーラが顔を上げる。次いで、伏せられていた目を丸めた。議論のまとめ役として遅参者を諌めたダリアに対して、彼女が口を開く。
「うん。ありがとう」
ポーラがドアノブに手をかける。幕が引かれるように、廊下の先が隔たれて見えなくなった。ポーラが中央へと歩を進める。そうして彼女の座席であるダリアの左隣へと腰を下ろす。
一連の動作の最中、ダリアは反応を示さなかった。ポーラが彼女の背後を通って真横の椅子を引いた時、ようやく弾かれたようにポーラへ振り返る。
椅子に座ったポーラは、立ったままのダリアを見つめているらしい。彼女らの目線は交差しているように見えた。しかし、ダリアが返事をすることはない。ポーラが送る視線から逸れるように顔を背け、自身の席へと座り直す。
短期間の交流ではあるが、ダリアが責任感の強い性格をしているであろうことはなんとなく感じている。だからこそ、ポーラの呟いた、場違いとも思えるありがとうを指摘せずにいる彼女の態度は意外に思えた。
二人の間に流れた空気がどんなものだったのか俺は知り得ない。ただ、ポーラの表情は、謝罪を述べた最前よりもわずかに解けている気がした。
彼女の視線がこちらに振られる。目が合うと既視感のある会釈をされた。何を伝えるでもないが、俺も軽い笑顔で返す。
キッチンで別れて以来、日中にポーラと鉢合わせることはなかった。正午を過ぎて、人のまばらな広間に顔を出した際も彼女の姿は見当たらなかったのだ。
そうやって足を運んで、思い立って覗いた更に奥のキッチンには、あらかた予想のついていた光景が広がる。
朝方のそれと同じように、腹を満たすための食料たちは完全な状態で準備されていた。いつ調理されたのかは分からない。メインディッシュに添えられた、コンソメの香りがするスープはゆらゆらと湯気を作っていた。
色鮮やかに配置され、適温が保たれた、食欲をそそるはずの料理。そんな、真白いプレートに乗せられた食事の数々はどこかハリボテじみていて、驚くほど実態感がなかった。
朝餐を誘ってくれたポーラの様子を伺いに部屋の前まで赴く。けれど、ノックをするのは躊躇ってしまった。
結局のところ昼食はとらなかった。本日俺が口にしたのは、ポーラと食べたあのサンドイッチ一切れだ。彼女はどうだったのだろう。
キッチンにあったベージュのテーブルと違って、 広間に置かれた円卓は対面した相手との距離が遠い。今朝のような歓談はできなかったし、しようと思える雰囲気も漂ってはいなかった。定刻を過ぎた今、狼探しの舞台はとうに始まろうとしているのだから。
重たい質量が床を滑る音がする。開かれた扉を通って、彼女が赤い絨毯を踏みしめた。最後の一人が誰なのかなど顔を見ずとも知っていたが、皆の視線は揃ってその人物に注がれる。




