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開演 1

 部屋は赤く彩られていた。

 薄く広がった視界の端に、きらきらと弾かれた白が見える。瞼は開いているはずなのに上手く情報が処理できなかった。数秒そのままにしていれば、煌めきの正体が天井から垂れるシャンデリアの光であることを理解した。


 洋風に(しつら)えられた室内は、一見した限りではドレスコードが敷かれるようなレストランか、はたまた良家の応接室かにも思われる。

 しかし、そうした場を演出する耳心地の良い曲はかかっていない。鼓膜に入ってくる音はなく、自らの脈拍が響きそうなほどの静寂が包むばかりだ。


 淡くぼやける視界の中、なんとか頭を働かせて得られたのはその程度の感想である。

 身体は椅子か何かに腰掛けているようでひどく重たい。力を入れようにも足先から抜けていく感覚がして、荷物と化した胴体をうまく持ち上げることができなかった。


 起き抜けの脳が徐々に周囲を探り出す。そこでようやく、この場にいるのが自分一人だけではないことを悟った。

 不気味なほど広い室内。中心部には楕円形のテーブルが置かれており、重厚なそれを囲む形に椅子が並べられていた。

 一人につき一席分、レリーフの施された背もたれの高い腰掛けが用意されている。目で数えてみれば、自分を含め十二の男女が居ることが分かった。頭をもたげた人、瞼を閉じた人。ここにいる人物は皆、先ほどまでの自分と同じく眠りに落ちているようだった。


 なにかしらの話し合いをしていたかのように、一堂に集められた複数の人間。まったくもって思い当たる節のない現状だ。

 パニックを引き起こしそうになる頭を抑え、この混乱に答えを示してくれる鍵を探す。

 部屋の四方を覆う壁紙は、真紅が染み出したような色をしている。ともすれば高級さを漂わせるものだが、脈絡のないこの場では異様さへと容易に変わっていく。


 そんな濃色に囲まれた中、呼吸までしづらくなるような圧迫感から逃れたくて、視界を動かす。赤に(まみ)れた中で、まず目を惹いたのは灰の髪だった。

 その男は、こちらとは対角の位置に腰掛けている。楕円形になったテーブルのちょうど端と端だ。肩口ほどの髪をひとつにまとめているのか、細い束が重力に伴って落ちている。


 糊のきいたシャツやベストまで含めて、彼の姿はモノトーンに統一されていた。真白い、と形容したくなるような彩度のなさは、この不気味な場にはあまりにも不釣り合いに思える。

 姿勢良く背にもたれているその男も一様に瞼を閉じており、起きる気配はない。伏せたまつ毛の白さからも、どこか陶器じみた現実感のなさが感じられた。


 ただでさえ理解の追いつかない状況に、ただ一人意識を持って置かれている。遅効性で麻痺していた恐怖が、じわじわと心に混じり始める。押し寄せる無音が思考を侵食してくるようで、首筋に汗が伝う。

 自分自身の意思ではまともに動かないくせに、指先が震えるのがわかった。

 せめて、誰かの声を。


 縋るような心地で、視線を真向かいに移した時。

 深い赤を基調とした室内にそぐわない、寒色の瞳と視線がぶつかる。

 黒い髪の間から覗く、砕けた氷のような青。痛いほどに脈打っていた心臓が、沈むように緩んでいく。


 拍動の音すら飲み込む室内に、小さく息を呑む音がする。それが自分のものだったのか、正面の彼のものだったのかはわからなかった。

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