思惑 2
「手紙の説明に」
張り詰めた空気の中、口火を切った人物がいた。レオの右隣の席へと注目が集まる。声を発したのはショートヘアの女の子だった。オリーブがかった暗い髪は癖のないストレートで、独特な雰囲気を醸し出している。彼女は、これまでの話し合いで目立つことはなかった。事の成り行きを見守っている様子だった彼女が発言をするのは、昨夜名を名乗った時以来だろうか。
顎あたりで切られた髪の束を耳にかける仕草をして、アイビーが沈黙を破る。その声はやや低く、ハスキーさを含んでいた。
「狂人と呼ばれていた役職があった。部屋に本が置かれてたの、見たよね」
「あ、私持ってきてる!」
アイビーの言葉に反応して、ミディアムヘアの女の子が小ぶりな書物を持ち上げた。先ほどは見当たらなかったのでどうやら膝の上に乗せていたらしい。そのまま腕を伸ばし、皆の目に映すべくテーブルの中央へと運ばれる。
部屋に置かれていた、という説明に心当たりはなかった。俺がまだ室内をまともに調べていないからだろう。思いがけずこの場で初めて見ることとなった本を観察する。
それは、古びた本棚に合うアンティーク、といった雰囲気の洋書だった。表紙には金の線で筆記体が綴られている。
Are you a werewolf? たまらなく悪趣味なフレーズ。
「そこにそれぞれの役職についての詳細が書かれていた。人間の中には一人だけ、人狼の仲間として扱われる者が存在する」
「二人のうちどちらかは、その……狂人ということ?」
ダリアが聞き返す。卓上に置かれた本を認識しながらも、受け入れることを拒むかのように目を逸らした。
「そんなの、じゃあどうやって判断しろって言うの!」
ダリアは燻った苛立ちを吐き出した。矛先はアイビーではなく、どうしようもない現状にだろう。細かく震える右の手で胸元のブローチを握る。
彼女のそんな所作に刺激されて、一つの考えが頭を掠めた。
「……占い師しか知り得ない事を尋ねてみるのも一つの手だと思う。例えば、深夜に行った占いの方法とか」
想起されたのは、アシュクがしていた提案と同じ考えだった。
村人である事の証明としてカードの絵柄を示し合わせる。人狼が持たない情報を、人間の証明として用いるやり方。思い返すと同時に、手紙を通して突きつけられた警告の文面が蘇る。
案として声に出しはしたが、このアイディアが解決の糸口になるとは思えなかった。
「答えられる! 深夜に占い師が対象を指定すると、部屋のチェストに封筒が差し込まれるの!」
「意味がない。それも本に書いてあった」
興奮気味に答えるニナにアイビーの指摘が重なる。レオの方を見やれば、彼は俺の視線に気づいて無言のまま頷いた。占い方に関しても、それが皆に知らされている事も間違いはないらしい。となれば、俺の提案は証明の手助けにならない。
「本物がどちらか分からないなら、まずは占いの結果を提示してよ」
再び訪れかけた静寂が霧散する。言葉に続いて、指先で机を叩く音が一度だけ響く。
占い師たちを睨んでいるのは、ピンクアッシュの髪をした彼女だった。その強い視線には覚えがある。色素の薄い両眼が、瞬きすることなく二人を射抜く。
「賛成。無駄な軋轢を生まないよう同時に開示してもらおうか。簡易的だけれど、相手が村人ならば右手、そうでないなら左手で示してもらうのはどうだろう?」
テーブルの端から白の男が同調する。彼の意見は尤もだった。片方の意見を受けて、相手が振る舞いを変えるのを防ぐ目的だろう。偽物の占い師が起こし得る行動を把握している、合理的な提案だ。
「異論はないよ」
「……分かった、そうする」
レオが口にする。いくらか落ち着いた様子のニナも、男の発案を飲み込んだ。
二人の了承が得られたことを確認し、白の男がダリアを見やった。自身に求められている言動を理解してダリアが合図をする。
彼女が数えた三つの数字の後、二人の指先が一斉に上げられる。使われたのはどちらも右の腕だった。




