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板付 4

 入り口から直接見ることができない角度にベッドはあった。アシュクが居るのはシーツの上だ。横になった体制で足を引いたのか、爪先から踵にかけて、布地に皺ができている。

 枕は床に放られていた。彼の手によって投げられたのか、何らかの動作に従って落とされたのかは分からない。白く清潔感のあるカバーに、点々と飛び散った液体が模様を描いていた。腹に突き立てられたナイフを覆う手のひらには、とうに乾いた赤褐色が張り付いている。

 アシュクは血溜まりの中で眠っていた。


 立ち尽くしていたレオがふらつき、横にあったデスクに体重をかけた。同時に、痺れを切らして室内へと踏み入った男が叫び声を上げる。後ずさった男が壁にぶつかり、殴打を連想させる音が響いた。

 真夜中。この部屋で、きっとそんな騒ぎがあった。壁を数枚隔てた先で起きていた惨劇を想像して、ぼやけた頭に耳鳴りがする。


 この劇において、村人は人狼だと思う者を毎晩一人処刑する。人間たちは22時以降に自らの部屋を出ることを禁じられ、息を潜めて朝を待つ。

 人狼は深夜に部屋を抜け出す。彼らの役に振り分けられた務めを果たすため。

 初日、狼に襲撃されたのは彼だった。


「何が起きたの、ねぇ!」


 広間に残っていた何人かも、アシュクの様子を確認しに来たらしい。状況を問いただすダリアの声がする。彼女は室内を確認しようとしているらしかった。胸に巣喰った恐怖心を行動で振り払うかのようだ。鋭い口調で発された台詞は、微かに震えていた。


「見ない方がいい、から」


 振り返らずに、強制力のない手で彼女を制止する。自分の身体から血の気が引いているらしく、黒く塗りつぶされた視界はまともに見えていなかった。

 喉が渇く。掠れた声がダリアに届いたかも分からない。けれど、伸ばした腕に彼女が触れることはなかったので、足を止めてくれたのだろう。


 代わりに、瞼の裏側が白く明滅した。皮膚を通った光が、俺の意識を眩暈から引き戻す。入り口付近にいた誰かがぶつかったのか、思わず触れてしまったのか。天井からの光源を得た室内の風景は、より強烈に網膜へと焼きついた。

 ベッドの上でアシュクは息絶えている。彼の表情は激昂でも憎悪でもない、絶望に染まっていた。見開かれた目と歪みきった眉が、ちょうど俺が立っている位置を捉えたまま硬直している。

 思い出すのは初めて会ったあのテーブルだ。議論の最中に見せた、内気そうな様子が露わになった顔の寄せ方。

 アシュクが生前にしていた表情の作り方と、何も変わらなかった。


 目前にある遺体に彼の面影が重なった途端、胃の奥から迫り上がるものがあった。呼吸のたびに室内の空気が鼻腔を侵す。自分の喉から感じるすえた匂いと、舌にまとわりつく酸っぱさが余計に吐き気を増幅させる。


 咄嗟に口元を押さえた。身体を反転させ、数歩後ろにいたダリアの横を通り抜ける。廊下に立っていた他数人を避けた時、入り口の扉に左肩がぶつかった。その衝撃ですら失神の引き金になりそうで、冷や汗が背を伝う。

 必死で意識を保ち、アシュクの部屋へ来るまでに見つけていたラバトリー(トイレ)へと走る。

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