プロローグ
カードの裏面はざらついていた。
滲んだ汗が紙を滑らせ、手から取り落としそうになるのをなんとか掴む。
過敏になった指先の感覚が、最大限の情報を探ろうと神経を尖らせている。それに伴って、心臓は経験したことがないほどに早鐘を打っていた。
呼吸を繰り返すごとに血の気が引いていくのが分かる。立ちくらみに似た気分の悪さを覚え、視界がぐちゃりと狭まっていく感覚がしたが、倒れるわけにはいかなかった。
ひとつ呼吸をしてカードを捲る。
絵柄を確認する、という簡単な行為だが、己の理解が及ぶのに時間がかかった。
羊皮紙を思わせる黄ばんだ紙面に、一人の人物が描かれている。暗がりにトーチを掲げている男の姿。耳も尻尾も牙もない。紛れもなく人間だった。
人狼では、ない。
「……あなたがたの健闘を祈ります」
封筒の中身を読み上げていた男が口を閉ざす。
彼は、この場にいた誰よりも先に行動を起こした人物だ。ペーパーナイフを見つけ出し、テーブルに置かれていた差出人不明の手紙の封を切った。多少なりとも頼もしさを見せ、高らかに内容を読み上げていた彼だが、その声色はとうに恐怖に支配されていた。
丁寧な言葉を最後に、沈黙が訪れる。
「ねぇ。これ、なにかの劇の真似事よね?」
スカートの裾を揺らし、女が一歩後ずさる。
「十分恐ろしかったわ、そろそろ種明かしの時間じゃない?」
舞台の感想を述べるには、あまりにも震えすぎている声だった。
その問いかけに反応を返す人物はいない。
興行主はこの場におらず、きっとどこかで俺たちを見ているのだ。唯一痕跡の残る封筒を眺めても、仕掛けを明かす合図は一向に訪れない。
不自然に早くなる呼吸を必死で整える。とうに分かっているのだ。
この悪趣味な催しが現実であることなど、ここにいる誰もが理解していた。




