毒親
直子がいつものようにカフェでモーニングを楽しんでいると、知らない男性が声をかけてきた。見た目は清潔そうで衣服にも気を使っているのがうかがえる。
「すみません。ちょっといいですか。青森から来たんですけど盛岡駅の方角がよく分からなくて。ここからだとどう行けばいいですか」
「バスだったらこのバイパスを真っ直ぐ道なりに走っていくと盛岡駅に着くから、ここからだと15分くらいで着くかしら。ゴメンね。まだ盛岡に住んで間もないものだから」直子がそう言うと男は礼を言って車に戻った。でも妙な胸騒ぎがした。カフェの店員に聞いた方が早かったんじゃないのと、疑問を持ったからだ。ちょっと粗悪なナンパだったのかも。そう思うと嫌な気持ちになって、近頃の男どもは女と分かるとすぐナンパする。気をつけないと、もう私を守るのは私しかいないんだから。直哉・・・・。少しは役に立っていたのかも・・・・。ちょっと強く言ってしまったかな?でもあいつのクズっぷりは最悪だし、それから逃れられたんだから良しとせねば。でも・・・・。考えるのはよそう。今は休み明けの授業のことだけを考えなきゃ。 モデルの仕事も最近増えてきたし、親から仕送りがなくてもバイトとモデルの両立で食べていける。あの毒親に頼るよりはずっといい。母親から解放されただけでも私は幸せだった。だから冬休みも地元に帰らないでここにいるわけだし。直子は父親も軽蔑している。自分にガミガミ言う母を注意もしないでただ見ていて知らんぷり。そんな父を直子は許せなかった。兄には甘いのに。水沢には嫌な思い出しかない。
その夜、下宿先に実家から電話がかかってきた。
「直子にお願いがあるの。蔵の片付けを手伝ってくれない。あなたは今冬休みじゃない。私ひとりじゃどうにもこうにもできなくて。たまには親孝行してちょうだい」
「またそんな。お兄ちゃんがいるじゃないの。そんなことまで私に押し付けないで」
「お兄ちゃんは忙しいのよ。心も安定していないし、部屋に閉じこもって出てこないんだから」母親の言っていることが直子にはなおさら許しがたい。
「部屋から出す努力をするべきよ。それはお母さんの怠慢だわ」と言いのけると一方的に電話を切った。全くどいつもこいつも私に頼りすぎだよ。これでまた直哉から電話でもかかってきようものなら、怒りの沸点でお湯でも沸くだろう。もうここから抜け出すにはどうしたらいいのよ。直子はベッドに顔を伏せ呼吸を止めた。死んだ方がいっそいいかも。なんてね。蔵か・・・・。お父さんもなんとかしなさいよ。蔵はどうにもできないよ・・・・。自分の身に起きていることが味噌蔵を潰した大叔父の後始末をしている祖父の姿に重なる。おじいちゃんに似ちゃったかな。直子はベッドに臥せって朝まで熟睡した。




