言い訳
直子は盛岡の大学に通いながら、東京でモデルの仕事をしていた。直哉とは高校生の時の同級生で、その頃から二人は付き合っている。
もちろん体の関係を結んだことは一度もない。直子がそれを強く拒否していたからだ。
自分の美貌に自信があった直子は、周囲からも美人ともてはやされ、自分でもそういう振る舞いをすることで満足していた。
直哉を学年一の不良というだけで直子は気に入っていた。そして直子は直哉を供え物のように扱い、主従の関係をはっきりさせて直哉を支配下に置いた。直哉は半ばペットのように足元にしつらえて、それは見るものに直子の権力を見せつけ、徐々に同級生は二人に興味を失っていく。それはただ支配的な人間で彼を下僕として扱うのが、いつの間にか直子の快感になっていることに彼女は気づかなかった。普通に接しているつもりでも直哉を圧迫している自分に気づくのにある程度の時間を要した。それに反して直哉は直子の美貌にしか興味がなく、直子の言うことは何でも聞いた。
高いブランドポーチが欲しいと言うと、どこからか金を工面して直子の思い通りのプレゼントを贈った。それはひとえに直子を抱きたいからだった。その欲望を抑え切れずに、直子の言うがままにするしか方法がなかった。直哉はひねくれた直子をいつしか見下し、抱けないと分かると、表面上だけの付き合いに終始した。
直哉から金の無心をされてから、五日ほど経ち、また直哉から電話がかかって来た。駐屯地の内の電話ボックスからだと直子に告げると直哉は続けた。「悪いんだけど別れたいんだ。いつまでも直子の我が儘についていくのがいい加減嫌になった」直哉は食堂の近くの電話ボックスから直子にそう伝えた。
「いいわよ。それはこっちも願ったりだわ。あなたのお金の無心にもう付き合うことがないとすればせいせいするわ」
「もう三年も付き合っているのに、すごいあっさりしているんだな。もっとこう悲しむとか、泣くとかできないのかよ」
「あなたがそういう魅力的な人だったらね。そんな魅力的な所なんか直哉にはないじゃない。うぬぼれるのもいい加減にしなさいよ」直子は下宿の廊下に響き渡るほどの大声を出してしまった。しかし、周囲はシンとして静かな冬の空気に包まれている。もう切るねと言って電話を切ると、直子は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、煽るように飲む。自然と涙が溢れてくるのが悔しくて玄関の隅にあった傘を開いて自分の姿を隠してしまいたいほどだった。




