殺意
部屋の明かりは暗い。そして何より狭い。これがカプセルホテルだと言われたらそうなのだが、宿泊しているのはだいたいが顔見知りの顔ばかりで新鮮さもない。地元を早く切り上げて盛岡に来たが、佐々木ははっきり言って不満だった。恋人の祐実に会えなかったからだ。
祐実は佐々木に内緒で東京に遊びに行っていた。あれだけ正月は二人で会おうといっていたのに、勝手に・・・・。佐々木の不満は狂おしいほどに祐実の姿を追っていた。東京に何があるんだという気持ちもないではなかったが、祐実の気持ちを知ってか知らぬかその辺は佐々木も寛容でいようと思った。明日は久しぶりに『オスカー』にでも行ってみるか・・・・。そう思ったが、直哉がいるかもしれないと思うと、明日はやめておこうと、カプセルの中で深い眠りに落ちた。
直哉は正月も『オスカー』に来ていた。出来は上々だった。ここ三日間大勝ではないが、それなりの戦利品は手に入れた。これも佐々木が二万円貸してくれたからだ。倍にして返そうという気持ちもない訳でもない。こんな姿を直子に見られてでもしたら大目玉を食らうだろう。まあ今は付き合っている訳でもないし気兼ねなくスロットに集中できる。
「また来てんのか。お前も懲りないな。もうパチスロなんかやめて少しは勉強して陸曹ひなることを考えたらどうだ」菊池が直哉の肩をもみながら肩越しに言ってきた。
「あんただって行くだろ。御殿場にさあ。俺を構っている暇あったら筋トレでもして体を鍛えておくんだな」
「なめくさった口聞きやがって。まあ今日の所は勘弁してやるよ。お前も死ぬ気で訓練しろよ」菊池はそう言って姿を消すと、招かざる客が直哉の前に現れた。
「佐々木・・・・。帰郷してたんじゃないのか?」
「別にそんなことはどうでもいいさ。勝ってるのか?」
「まずまずだ。出玉は悪くないな。お前も打つのか?」そう言って笑うと、佐々木は真顔だった。
直哉は気を取り直して、辺りを見渡しながら店員を呼んだ。
「ちょっとお昼取るから札かけておいて」と、なれた手つきで席を空けると「飯食いに行こうぜ。奢るよ」
「それ俺の金だからな。たやすく奢るなんて言うなよ」
佐々木はにこやかに笑ってみせたが、心の奥底には言いも言われぬ腐ったもう一つの自分の顔があった。そのことに気づかずに直哉はご機嫌だった。有頂天な奴め。こいつを殺すことがどれだけ簡単なことかを佐々木は知っていた。懐のアーミーナイフを直哉に気づかれないように後ろを歩いていく。どこでやるか、どのようにやるかはまだ決めかねている。ただ実行は今日だ。それは腹いせといってもいいかもしれない。そうではない場合も、もちろん含まれている。そんな不純を直哉を殺すということに注いできた。これまでこいつにいくら金を貸したと思っているんだ。貸した金が返って来たためしがないではないか。もう我慢の限界だ。達彦にもう一度会いたかったが、こればかりはどうにもならない。祐実・・・・。もう僕の前に姿を現さないでくれ・・・・。
太陽の低い明かりが大通りを気持ち良さそうに照らしている。まるで前を歩く直哉に後光が差しているようだ。もう後戻りは出来ない。そう思うと、体が熱くなり、街並みがセピア色に見えた。




