いざ駐屯地へ
駐屯地に足を踏み入れるとそこはシャバとは違っていた。無数の男どもが蟻のようにひしめきあって、生死をかけて戦っているようにも見える。売店は正門から入って二百メートルほど東へ行った場所にあった。平屋建てでお世辞にも綺麗とは言えない外見は、いかにも自衛官が好むであろうことは葉子にも容易に想像ができた。ここしか楽しみがないもんな。そう思った途端、なんか自衛官って可愛いなと妙な愛着を覚えてしまう。隣でひなのが色々説明していたがほとんど聞いてはいなかった。
「ちゃんと話聞いてた?上の空っていう顔しているけど」ひなのが間髪入れずに葉子に言う。「そんなんじゃ仕事にならないわよ。ちゃんと気合い入れてちょうだい」
「そんなに言わなくても分かってるって。そんなに怒らなくても」
「こっちには責任があるの。葉子を入社させたからにはちゃんと仕事をしてもらわないと、主任に顔向けできないわよ」
「それは私には関係ない話よ。私がどう評価されるかなんて私の知ったことじゃないし。ひなのは自分の評価を気にし過ぎなんじゃない」この葉子の発言にはカチンときたが、そこはグッとこらえて笑顔でその場をやり過ごす。
「笑顔が大事だからね。ふてくされてはダメよ。とにかく何事も笑顔を忘れない。分かった」
「しつこいなあ。さっきから何回それ言ってんの。もういいかげん聞きあきたんだけど。今日はどうかしてるよ。今から会う主任ってひなののこれ?」そう言って親指を立てると、ひなのはそれを慌てて手で覆い隠し何事もなかったかのように「葉子ちゃん、そんな下品なことを売店でしてはダメよ。分かってるわよね」と、引きつった顔で笑って、この子マジでヤバいかもと薄々感じ始めていた。
主任の和田に挨拶が終わると和田が店内を案内してくれた。周囲の自衛官が好機の目で葉子を見ているのが葉子にもすぐに分かる。めんどくさそうと思いながら和田の話を丁寧に聞く葉子を、私にだけ態度が違うなとひなのは思った。
商品棚にはミリタリーグッズや日用品、スナックにジュース。この世にないものがないのではないかと言わんばかりに、商品が鎮座している。
「津志田さんはどれが一番売れ筋だと思う?」いきなりリサーチ力が試される質問がきた。
「ミリタリー商品だと思います。いつも訓練しているイメージだから、一番売れているんじゃないんですか」
「そう。その通り。意外と隊員さんは普段使用するミリタリー商品を好んで買うわね。こだわりが強い人がわりと多いということね」
「そうなんですね。勉強になります」この子完全に猫被っているじゃん。「ほんとにそんなこと思ってる?」
「もちろんですよ、ひなの先輩。私こう見えてリサーチ力高いんです」和田がこちらを見ていない隙にひなのに向かって舌を出して笑ってみせる葉子にコラッと怒る訳にもいかず「もうそろそろ私、お暇します」そう言って和田に微笑むと「はい。津志田さんはこちらで大切に引き取らせて頂きます」
「今日は有難うございました。ご足労おかけして申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」葉子はひなのの姿が見えなくなると、急にラフになって「まあよろしくお願いします。主任さんには迷惑かけないんで」と言って微笑むと「タバコ吸ってきます」と言って、裏口にに設置していた吐き皿を思い出し、手でタバコを挟むポーズをして裏口へ向かった。その度胸と失礼な態度に「やるわねー」と和田は感心しきりだった。




