雫のマジック
雨に濡れてた妃菜は、雨の中出会った不思議な女の子に連れられていく
「ささ、こっちこっち」
濡れた妃菜の手を取って、女の子は病院のエレベーターに乗り、病室まで連れて行った。
「え、勝手に入って大丈夫?」
「うん。ここ私が入院してる部屋だから。はい、まずはこれで拭いてね」
そう言って女の子は、バスタオルで妃菜の顔をそっと包んでから、にっこり笑って妃菜にそのタオルを手渡ししてから、ベッドの横の引き出しを探した。
「えっと、たしか新しい服をここに入れておいたんだよね。あ、あったあった、これまだ一度も着てないから」そう言って一枚のワンピースを取り出した。
妃菜はちょっと息を飲んでから、目を伏せていった。
「ごめん。私、スカート履かない人なの」
「えっ、そうなんだ!!じゃ仕方ない、私のお古を着てもらおうかな」
そう言って、違う引き出しからズボンとTシャツを取り出してベッドに置いた。
「じゃ、外に出てるから着替えてね。サイズはきっと同じぐらいだと思うから」
そうって女の子はカーテンを閉めた。
妃菜は濡れた服を脱いで袋にいれてから、タオルで身体を丁寧に拭いてから、用意された服を着た。
用意された乾いた服を着るとほっとした。
カーテンを開けると、女の子が缶コーヒーを差し出してくれた。
「はい。冷えたでしょ。これ飲んでから帰ったらいいよ」
そういうと、ベッドに腰を掛けて、コーヒーを飲んだ。
妃菜も真似てベッドに腰をかけて、渡されたコーヒーを開けて飲んでみる。
温かかった。思わずため息が出た。コーヒーの甘い香りが鼻をくすぐる。
なんだか久しぶりに、生きている実感が湧いてきた。
妃菜は隣にいる、出会ったばかりの女の子をじっと見つめた。
「ありがとう、見ず知らずの私にこんなに親切にしてくれて」
「うん、礼には及ばないよ。私がしたかっただけだから」そう言って女の子はにっこりと笑った。
「あの、名前聞いてないね。私の名前は妃菜。桜井妃菜っていうの。あなたの名前、聞いてもいい?」
「妃菜ちゃん、だね、よい名前!」
女の子は笑って
「私は雫。藍野雫だよ!」
「あいの しずく…」
目の前の女の子をじっと見つめて、かみしめるようにつぶやいた。
「すごく、ぴったりな名前。あいのしずく。ありがとう!」
「あはは!照れるなぁ、その服は次に会うときに返してくれればいいよ!私、明日は退院だから」
「そうなんだ、おめでとう。次って、えっとどこに行けば雫さんに会えるのかな?」
「LINE、交換しようか?」
「うん!」
二人は携帯を取り出して、お互いを登録した。
「よし!これでまた会えるね!」
「うん。…ね、なんでこんなに親切にしてくれるの?だって、全然会ったことのない他人だよ?」
妃菜がちょっと悲しそうに目を伏せた。
もう数か月、高校時代の友人たちとも会ってない。
高校卒業後、家にひきこもっていたからだ。
久しぶりに外に出て、見ず知らずの少女に親切にされて、戸惑う反面、とても嬉しく感じた妃菜はそれでも不安そうに雫をみた。
「ん?濡れてたから!全身びしょぬれで、自分と同じ年ぐらいの女の子で、見た目も可愛かったから!」
雫は、ちょっといたずらっぽく言った。
「だから身体も顔も、拭いてあげたら、友達になれるかもって思って!」
「ありがとう」
「じゃ友達になれそうだね!そうだ!最近マジックを練習したんだ。ちょっと見てくれる?」
雫は引き出しから手作りっぽい花の茎を取り出して、布をかぶせた。
「アブラカダブラ~、花よひらけっ!!」
そう言って布を取ると、茎の先から花びらが飛び出した。
妃菜は手をたたいて笑った。
「すごいすごい、ちゃんと花が咲いた!!」
「うふ。この花はマスクで出来てるんだよ!ベッドの上で暇だから作ってたの。はい。これ記念にあげるね」
妃菜に手渡された手作りの花は、ストローとマスクで出来た簡素なものだったが、妃菜は大事そうに胸に抱えた。
これが二人の出会いだった。




