雫との出会い
春のふんわりと暖かい風が、道端に散る桜の花を舞いあげた。
満開の桜並木の中、道はまっすぐ続いている。
私、桜井妃菜は。
以前のように、下を向かずに胸を張って歩き出した。
もう立ち止まらない。
支えてくれる存在が、心の中で生きているから。
雫。
藍野 雫。私の大親友の名前。
その子は、私にとって閉ざされた世界の中で
灰色の雲間から落ちてきたひと雫の光だった。
私の人生に落ちてきて行き先を照らす光になってくれた。
その光は、私の中で徐々に大きな光となってーーー。
もう一度、歩き出す勇気を与えてくれたのだった。
その少女、雫に出会ったのは、美しく咲く桜が散り、緑の葉だけがしげる6月の雨の日だった。
突然の雨で、降り注ぐ大粒の雨に、道行く人々は駆け足で方々に走り去っていったが、その雨を私は気に留めずにゆっくりと歩いていた。
濡れてもよかったのだ。
濡れようが濡れまいが、自分の心の重さは変わらない。
陰鬱な重りが全身にのしかかり歩くのもままならない。
やはり家で寝ていればよかった。
外に出たって何も変わらない。
地獄は終わらずきっとこれからも続いていくのだろう。
そう考えた時、思わず涙がこぼれたが、雨が顔に滴る中、涙なのか雨なのか、はたからみたらわからないだろう。
だからいいのだ。このまま泣いても。
私は流れ落ちる涙と雨を拭かずに、ただ下を向いてのろのろと歩いていた。
その時、
前方に気配を感じた。
下ばかり見ていたので人がいるのに気が付かなかったのだ。
私は自分の前方に立つ女性の足元だけを見て、すみません、と小さな声で謝って左に避けた。
すると、その女性は刺していた傘を私の頭上において
そのまま無言で動かなかった。
私は仕方なく顔を上げた。
「大丈夫?」
自分と同じぐらいの女の子が心配そうに覗き込んできた。
大きな瞳、まん丸い顔の、優しい雰囲氣のその女の子が、ちょっと困ったように微笑んだ。
「大丈夫じゃないね、びしょ濡れだよ。カエルもびっくりだ!」
そう言って私の手をとって言った。
「時間あるかな、ちょっとだけ。ね、おいでよ」
そう言って私を強引に引っ張って歩き出した。
見ず知らずの女の子に手を引かれ、でも不思議とその手を振り払うことができず、私は引かれるまま近くの建物に連れて行かれた。
そこはこのあたりでも名の知れた、大きな市立病院だった。
女の子に手を引かれたまま、ずぶ濡れの私は市立病院の中に入っていった。




