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第98話 魔槍の矜持、死への誘い

 砂の上に落ちた血は、すぐには乾かなかった。


 ドーレイの左腕、肩口から流れた赤が、細い筋となって足元へと垂れている。

 観客席からは、興奮と不安が入り混じったざわめきが絶えない。


「いいぞ……そのまま削れ!」


「七星の名は伊達じゃねぇ……!」


 だが、砂の舞台の中心だけは、異様なほど静かだった。


 ブリューナクは槍を構えたまま、動かない。

 穂先はわずかに下がり、呼吸と完全に同期している。


 ――構えが、変わった。


(……来る)


 ドーレイは直感でそう悟った。


 先ほどまでの刺突は、あくまで“測り”だった。

 間合い、反応速度、回避癖、踏み込みの角度。

 それらを全て把握した上で――今、次の段階に入った。


「不死身」


 ブリューナクが、低く名を呼ぶ。


「貴様には、ここで死んでもらう。

 我々の計画に、貴様は邪魔だ」


「計画?んなもしるかよ」


 ドーレイが答え切る前

 ――その瞬間。


 ブリューナクの足が、砂を踏み抜いた。


 爆ぜた砂煙の中、槍が“消える”。


 いや、消えたのではない。

 視界に“残らない速さ”で、突きが連なった。


 一、二、三――


 数える暇すらない。


「ッ――!」


 ドーレイは剣を振るう。

 弾く、逸らす、受け流す。


 だが、全てを防ぎきれない。


 脇腹、太腿、二の腕。

 浅いが確実な傷が、次々と刻まれていく。


 血が飛び、砂に染み込む。


(……技量だけで、ここまで押してくるか)


 力任せではない。

 速度任せでもない。


 “最適解だけを突き続ける槍”。


 それが、序列第三位――“魔槍”ブリューナクの本質だった。


「どうした不死身。その程度か?」


 ブリューナクの声には、焦りも嘲りもない。


「その程度なら期待はずれだ」


「……余裕だな」


 ドーレイは息を整えながら、剣を構え直す。


 赤黒いオーラが、再び刃に集まる。

 だが今度は、以前よりも“重い”。


 全身を包んでいたオーラが、内側へと沈み込んでいく。


(……出しすぎるな)


 アルマの力を、完全には使わない。


 それでも。


 血が流れ、痛みが蓄積するにつれて――

 胸の奥、さらに深い場所で、“何か”が目を覚まし始めていた。


 ――ざわり。


 一瞬、空気が歪む。


 観客の何人かが、理由もなく背筋を震わせた。


「……?」


 ブリューナクの眉が、わずかに動く。


 今のは――気のせいではない。


 血の匂いに混じって、別の“質”が立ち上った。


 闘気でも、殺気でもない。


 もっと根源的な――

 “踏み込んではならない領域”の気配。


(……魔導具?スキル? いや……)


 ブリューナクは槍を引き、距離を取る。


「……面白い」


 そう呟いた瞬間。


 彼の槍が、静かに“鳴った”。


 柄の内側に刻まれた古い呪刻が、淡く光を放つ。

 薄蒼だったオーラは、次第に色を失い――

 透明に近い、鋭利な光へと変質していく。


 それは色ではない。

 “貫くという概念”そのものが、形を取ったような気配。


「魔槍は、突くだけの武器ではない」


 ブリューナクは、穂先を地面に向けた。


「“距離”を殺す」


 踏み込み。


 しかし、今度は距離を詰めない。


 槍が振るわれた瞬間、

 ドーレイの“背後”で、空間が裂けた。


「……ッ!?」


 咄嗟に身を捻る。


 直後、背中の外套が切り裂かれ、皮膚に熱が走った。


 空間越しの刺突。


 槍は、間合いを無視して“届く”。


「ちっ……!」


 ドーレイは歯を食いしばり、踏み込んだ。


 赤黒いオーラが、今度は剣だけでなく、脚へも回る。

 地面を蹴った瞬間、砂が抉れた。


 斬撃。


 真正面から、力任せに叩き込む。


 ――ガァァンッ!!


 魔槍と剣が正面からぶつかり、衝撃波が走る。


 結界が、わずかに軋んだ。


「……ほう」


 ブリューナクが、初めて明確な感嘆を漏らす。


「今のは、耐えただけではない。

 “踏み込んだ”な」


「ようやく、楽しくなってきただろ」


 ドーレイの口角が上がる。


 血は流れている。

 呼吸も荒い。


 だが――足は、まだ前を向いている。


 その瞬間。


 ドーレイの意識の奥で、低い声が響いた。


〈……もっと痛みと、血を……〉


 はっきりとした言葉ではない。

 だが、確かに“意思”だった。


(……今は黙ってろ)


 ドーレイは、心の中で応える。


 完全に委ねるつもりはない。

 だが、否定もしない。


 赤黒いオーラが、再び質を変え始める。


 ブリューナクは、その変化を見逃さなかった。


(……なるほど)


 彼は悟る。


 目の前の男は、

 まだ“底”に触れていない。


 そして、その底にあるものは――

 七星でさえ、簡単に踏み込める領域ではない。


 魔槍を構え直し、ブリューナクは静かに告げた。


「次で――決めに行く」


「奇遇だな」


 ドーレイも剣を構える。


「俺もだ」


 赤黒と、透明な刃。


 二つの“在り方”が、正面からぶつかろうとしていた。


 闘技は、まだ始まったばかり。


 だが確実に――

 引き返せない領域へと、踏み込んでいた。


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