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第94話 砂の香と血の匂い、浮かぶ背骨

みなさまお待たせいたしました。

 リヴェンオアシスの夜は、砂漠の冷気と香辛料の匂いが混ざり合い、独特の熱気を放っていた。


 宿屋兼酒場《旅人の椰子亭》の扉を押し開けると、酒精と肉の焼ける匂いが一気に押し寄せる。

 ざらついた喉に甘い蜜酒の香りが刺さり、腹の奥から食欲が湧き上がる。


「とりあえず……座ろう。倒れる前にな」


 ジャレドがそう言うと、ドーレイたちは壁際の席に腰を下ろした。


 ジャレドが適当に注文したあと、そこまで待つことなく店主が大皿を二つ、勢いよく置いた。


 皿の上では、

 羊肉の塊がじゅうと脂を滴らせ、炭火で焼かれた皮がぱりっと弾ける。

 香草と塩の香りが鼻を刺激し、湯気に混じってバターがとろりと溶けていた。


「……美味しそうですね……」


 シエナが思わず頬を緩ませる。


 続いて、色鮮やかなサラダが運ばれ、さらに香辛料の効いた煮込みスープが出される。

 オアシスの井戸で冷やされた蜜酒が小瓶で置かれると、シエナは手が震えていた。


「し、しばらく……こんな豪勢なの、食べてません……」


「食っとけ。今のうちだ」


 ドーレイは羊肉を一口かじった。

 噛んだ瞬間、肉汁がじゅわっと広がり、香辛料の辛味と脂の甘みが口に溶ける。


 思わず眉が上がった。


「……悪くねぇな」


「ここの肉は上等品だ。長旅の疲れも吹き飛ぶぜ」


 ジャレドが豪快に麦酒を流し込む。


 店内は活気に満ちていたが、ふと別卓から聞こえる声にドーレイの手が止まる。


「おい聞いたか? パントージャが……!」


「ああ、序列八位が死んじまったらしいな」


「死んだどころか、“存在が消えた” って話だ。結界が割れたんだとよ」


「バアル・ペオルも行方知れずのままだろ?

 二人も欠けたんじゃ、もう七星じゃないよな」


 ドーレイは蜜酒を喉に流し込みながら、黙って耳を傾けていた。


(……七星、か)


 かつては雲の上の存在だった七星。

 だが、今なら互角以上に戦える。そんな自信さえあった。


 食事が一段落すると、ドーレイは椅子を蹴るように立ち上がった。


「飯食ったら出るぞ。強行軍になるが……全員いけるな?」


 シエナはスープ椀を両手で抱えたまま小さく首を振った。


「……かなり、きついです。私も……ヴェラさんも……」


 ヴェラがゆっくりと首を横に振る。


「私は問題ないわ。シスターは旅に慣れてないし、馬車で少し休んで。

 私なら動ける」


「無理はすんなよ」


 ジャレドが苦笑する。


「お前ら二人とも限界ギリギリなんだからな」


 だが出発は決まっていた。立ち止まる余裕は、誰にもない。


 ◇


 ──ガルマの執務室。


 重たい砂嵐の音が窓を叩く。

 部屋には燻った葉巻の香りと、古い紙の匂いが混ざっていた。


「……不死身とだと?」


 ガルマはエルディアから渡された一枚の書簡に目を落とす。


「また公爵家からの直接指名ってことか。きな臭ぇ話だな」


 エルディアは腰のラインを強調するような姿勢で椅子に座り、脚を組む。


「あら、あなたよりはマシよ?

 とにかく今回は拒否権はないわ。

 “不死身とブリューナクの指名戦”――もう確定事項よ」


「……何を企んでやがる」


「何も? ただの興行よ。盛り上がるカードには、理由なんて必要?」


 そう言い残し、扉を閉めて去っていく。


 ガルマは深く葉巻を噛み、低く吐き捨てた。


「……女狐が」


 ◇


 ──ダストホロウ第十五層、深層調査隊キャンプ。


 赤い松明が洞窟の壁に影を揺らす。

 治癒陣が淡く光り、その中央でカリューネが深い眠りについていた。


「アルマス……って、まさかあの?」


 アイリスが目を細める。


「はい。過去に“血契”を起こした家門です。

 爵位は廃位されていますが……血は残っていたようです」


 答えたのは、セレナード。


 静かで柔らかな声だが、言葉は鋭かった。


「あの治癒士の女の子が……それを──ガルマが匿っていた、ってこと?」


「そこまでは推測の域を出ません。

 ただ私は……信じる者のために動くだけです。

 どうか、ご協力を」


 アイリスは治癒陣を見つめ、長く息を吐いた。


「……いいわ。

 でもカリューネの意識がまだ戻らないから、私はここを離れられない。

 その治癒士さんの居場所なら割り出してみせる。すぐに準備するわ」

 

 セレナードは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ◇


 アイリスはセリナの居場所を探るため、術式を展開する。

 すぐさま砂の上に立体の地形が浮かび上がった。


 「……おかしいわね。拉致されたのは帝都なのよね?私の術式だと、ここよりかなり北を指しているわ」


 「北ですか?まさか……」


 時間が経つに連れ、砂の上の地形は細部までより鮮明になる。大陸を分かつ山脈が、そこには浮き出ていた。


 「大陸の背骨……人類未到の地」


 松明の火が揺れ、洞窟に影が伸びる。

 深層の静寂は、まるで巨大な獣が息を潜めているかのようだった。


 セレナードは踵を返し、暗がりへ視線を向ける。


「……急がなければ、間に合わなくなる」


「私の代わりにミリアを同行させて。必ず役に立つわ」


「助かります。すぐに出発の準備を」


 術式が示した“北”の彼方。

 《大陸の背骨》と呼ばれる地では、今まさに大地の奥底で“何か”が蠢き始めていた。


 黒い脈動。

 石を砕くような微かな軋み。

 まだ誰も気づかないほどの、ほんの僅かな揺らぎ。


 だがそれはやがて──帝国全土を巻き込む巨大な闇となるのだった。


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