表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/91

第85話 赤銅の防壁、黒霧の侵蝕

 教会の床石が、男ふたりの殺気を受けて軋んでいた。


 黒霧をまとったナザールが、教会奥へ繋がる扉をちらりと見たあとジャレドに向き直る。


「テメェ……また邪魔しやがるのか!」


 その顔はもう、人間のそれではなかった。

 黒い血管のような紋がこめかみに浮き上がり、濁った眼球がジャレドを射抜く。


 ジャレドは片手剣を肩に構え、左の丸盾をわずかに傾けた。


「……今度こそぶち殺す」


 低く噛みつくような声だった。


「上等だァァァッ!!」


 灰黒の霧と、赤銅のオーラが──正面から激突した。


 ──ガッッ!!


 衝撃波が教会の内部を吹き抜け、

 壁にかけられた古い聖画が一斉に外れ、床に落ちて砕ける。


 ステンドグラスが鳴り、天井の梁が悲鳴をあげた。


「ひっ……!」「な、何だ、この揺れ……!」


 奥の部屋で補助に入っていたギルド職員が、思わず腰を抜かして叫ぶ。


「シスター!! ここは危険です、避難を──!」


 治療にあたっていた若いシスターは、焦りを見せず、静かに頷いた。


 両の掌をエルガとヴェラへ向け、短く呪文を紡ぐ。


「“リジェネレーション(持続回復)”──」


 淡い光が二人の身体に宿り、赤黒い血が少しずつ薄まっていく。


「搬送します。裏口へ……急いで」


「了解!」


 職員二人が、まだ昏睡状態のエルガとヴェラを布ごと担ぎ上げ、

 教会裏の避難導線へ走り出した。


 その直後──


「逃がすかよォッ!!」


 ナザールが壁を蹴り、教会中央を斜めに走る。

 黒霧が蛇のように床を這い、裏口へ向かおうとする。


「させるかよ!!」


 ジャレドが左足で石床を踏み砕き、

 赤銅色の残光を引きながら前へ飛び込んだ。


 片手剣が弧を描き、灰黒の霧を裂く。


 ──ギィンッ!!!


 ナザールの黒刃と、ジャレドの片手剣が噛み合う。

 衝撃で祭壇の燭台が一斉に吹き飛び、炎が床を転げた。


「チッ……てめぇ、意外にやるじゃねぇか」


「どの口が言ってんだ、黒目。

 テメェみてぇな下衆を見ると、手加減する気が一切起きねぇんだよ」


「ハハァッ!! 調子に乗れよォ!!」


 ナザールの腕から黒い瘴気が立ち昇り、刃を形造る。

 それだけで教会の空気が一段冷え、床の石に黒いひびが走った。


「っ……オーラが……濁ってる……!?」


 ティアが顔をしかめ、後ずさる。


「離れてろ! こいつの霧は吸うだけで体力削られるぞ!!」


 ジャレドが怒鳴りながら盾を前に突き出し、

 ナザールの突進を受け止めた。


 ──ドガァァッ!!


 丸盾がきしみ、教会の柱が震える。


 ナザールがにやりと笑った。


「どけよォ……そいつらが死ぬとこを、間近で眺めたいんだよォ……!」


「悪趣味な願望だな」


 ジャレドは唇を歪めた。


「──だったら、ここで俺が止めてやるよ」


 赤銅色のオーラが、盾と剣を包むように立ち昇る。


 教会の中に、風が巻き起こった。


「来いよ、黒目。

 今度は逃がさねぇ。

 ここで──終わらせる!!」


 ジャレドとナザール、

 二つの異形のオーラが、教会の中心でぶつかり合った。


 ◇


 街はすでに戦場になっていた。


 瓦礫に崩れた家々。

 泣き叫ぶ住民。

 路地の影から這い出す骸骨兵の群れ。


 避難誘導の冒険者が声を枯らしながら叫ぶ。


「教会の周りを囲まれるぞ!!」

「離れろ! 霧を吸うな!!」


 運び出されたエルガとヴェラを担ぐギルド職員たちは、

 骸骨兵をかわしつつ裏路地へ走り込んだ。


「くそっ……増えすぎだろ……!」


「はぁっ……はぁ……! シスター、もう無理です!!」


 外へ出た瞬間、骸骨兵の影が一斉に彼らへ迫る。


 ──その時。


 教会の壁が爆音とともに砕け飛んだ。


 白い粉塵の中から現れたのは、

 絡み合う赤銅と黒霧の奔流。


「どけ!!」


 ジャレドの怒号が響き、

 ナザールの黒刃が目の前を横薙ぎに走る。


 二人は戦闘の勢いのまま、

 教会の外──シスターたちのいる広場へと飛び出してきた。


「しっ……しまった!!」


 ギルド職員の叫びをかき消すように、

 骸骨兵が四方から躍りかかる。


 シスターの頬に汗が伝う。


「……逃げません。

 ここで倒れるわけには……!」


 治癒術で大量の魔力を消耗しているにも関わらず、

 シスターは震える指で聖印を描いた。


「光よ……闇を払え──

 “ホーリーライト”!!」


 眩い白光が爆ぜ、

 周囲の骸骨兵が十数体、黒砂になって吹き飛んだ。


「ぐぁっ……!!」


 ナザールの腕にも、

 白い焼け跡のような亀裂が走った。


「このアマァァァア!!」


 ナザールがシスターに向けて突進する。


「させるか、てめぇ!!」


 ジャレドが身体を捻り、

 片手剣を盾のように前へ叩きつけた。


 黒と赤銅がぶつかり──

 再び周囲に衝撃が走る。


「逃げ続けられると思うなよォ!!」


「逃げてんのはお前の方だろ!!」


 互角の押し合いが数秒。


 だがその最中、

 戦場の空気が──急激に“冷えた”。


 骸骨兵たちの動きがぴたりと止まる。


 黒霧の密度が、ひと呼吸で二段階深まる。


 ジャレドが、

 ナザールでさえ、気づいた瞬間には背筋が凍っていた。


「……“いました”か」


 静かな男の声が、

 瓦礫と死臭の漂う広場に落ちる。


 黒い法衣の裾を揺らしながら、

 大司祭ロズがゆっくりと姿を現した。


 その背後にはデスナイト。

 そして数十体の骸骨兵の軍勢。


 ロズの瞳は、泥沼のように濁った深い黒。


「そろそろ“コア”を返してもらいますよ」


「……は?」


 ナザールが振り返った瞬間──


 ロズの姿がかき消えた。


 次に現れたのは、ナザールの背後。


「な──」


「これで、足りるでしょう」


 ロズの指がナザールの胸を貫いていた。


 黒い血とともに、

 心臓の位置から黒い球体がずるりと引き抜かれる。


「がっ……はっ……!?」


 ナザールの身体が崩れ落ちる。


「安心しなさい。すぐ“使って差し上げます”」


 ロズは黒球を指先で弄んだあと、

 デスナイトと周囲の骸骨兵へ視線を向けた。


「──贄としては上等だ」


 黒球が空中で砕け散る。


 黒霧が渦を巻き、

 周りにいた複数の骸骨兵、さらにはデスナイト、そしてナザールの瘴気までもが

 一点へ吸い込まれていく。


 重い足音が大地を震わせた。


 ロズの背後の霧から──

 巨大な影が姿を現す。


 全身が黒い装甲に覆われ、

 顔のない兜の奥で赤い光が燃えている。


 手には棺桶ほどの大きさの魔剣。


「名を与えましょう。

 “ディスカリオン”。」


 デスナイトを遥かに上回る高位アンデッド。


 地面がひび割れ、

 周囲の瓦礫が空気の圧で吹き飛ぶ。


「……嘘、でしょ……こんなの……!」


 シスターの足が震える。


 ジャレドでさえ、汗が首筋を流れ落ちた。


「やべぇな……あれは正面から勝てる相手じゃねぇぞ……!」


「さて、帝都に向かっているあれと合わせれば、当初の予定通り呼び出せそうですね。」


 ロズの声は穏やかで、

 まるで儀式の進行をする聖職者のようだった。


「まずは──舞台を整えましょうか」


 ディスカリオンが大剣を振り上げた瞬間、

 空気が圧縮され、広場全体が軋む。


「ぐっ……がはっ!!」


 ジャレドは盾を構えたが、

 ただの“風圧”だけで地面を滑らされる。


(くそっ……! 桁が違う……!)


 シスターたちを守らねばならない。

 しかし殴り合えば勝ち目がない。


 ロズは楽しげに目を細める。


「抗いなさい。

 その命が尽きるまで」


 ディスカリオンの大剣が振り下ろされる。


 ジャレドの視界が白く弾け──


 次の瞬間、

 彼の身体は地面へ叩きつけられていた。


 肺の空気が全て抜ける。


 血が喉へ逆流し、世界が揺れる。


(……負ける……このままじゃ……)


 遠くで、シスターの悲鳴と、

 瓦礫が落ちる音がかすかに響いた。


 赤銅のオーラが、かすかに揺らぐ。


 ──ジャレドの膝が、とうとう地に落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ