第81話 白刃崩れ、黒影の嘲笑
倉庫の中に、白と灰がぶつかり合う音が響き渡る。
青白い魔道灯の下で、エルガの白いオーラが盾と片手剣を包み込み、
その対面では、ナザールの灰色に黒い瘴気が混じる“濁ったオーラ”が揺らめいていた。
「……前より強くなってやがるなァ、裏切り者!」
「お前が弱くなっただけだ」
エルガが踏み込む。
白い閃光が床を走り、ナザールの肩口を狙って振り下ろされた。
ガギィン!!
金属音が弾け、灰色のオーラが火花のように散る。
ナザールは受け止めたが──足が後ろへ一歩、滑った。
「チッ……!」
「……潔く死を受け入れろ」
エルガは感情のない声で剣を引き戻す。
その瞳には、憎悪ではなく──純粋な“処刑の決意”だけが宿っていた。
「いい顔してきたじゃねぇか……!!」
ナザールが笑い、瘴気がさらに濃く膨れ上がる。
「だがよォ!
オレの本気はこんな程度じゃ──ねェんだよッ!!」
ナザールの灰色のオーラが黒く染まり、倉庫全体が軋む。
「……!」
エルガの足元の空気が重く沈む。
だが、彼は怯まない。
「吠えるな」
白いオーラが盾を包み、
エルガは静かに、しかし一切の迷いなく踏み込んだ。
斬撃、盾打ち、踏み込み、反転。
白い軌跡が次々にナザールへ迫る。
「ぐっ……! この、っ!」
ナザールは連撃に押され、後退を強いられる。
灰色の剣が何度も火花を散らすが──
そのたびに、エルガの剣圧に押し込まれ、足場が削られていく。
だが──
「まあ、そう焦んなよ」
ナザールが嘲るように笑った。
黒いオーラを剣先へ集中させながら、
その視線だけが倉庫の裏側へ向く。
「……あれを見な」
エルガの眉がわずかに動いた。
その瞬間──倉庫の奥から、複数の烏の手下が現れた。
そして、その中心で倒れていたのは──
「……ヴェラ……?」
両腕を鎖で吊るされ、
頭を垂れたまま意識もなく、膝から崩れ落ちそうな身体。
「こっちに連れて来い!女の顔を拝ませてやるよ」
ヴェラは鎖で引き摺られ、ナザールの足元に投げ捨てられた。
髪は乱れ、頬は青白く、
呼びかけても反応しないほど弱っていた。
「相変わらずの……人手なし共が」
エルガの声が、低く震える。
怒りではない。
“氷点の怒気”だった。
「フハハハハハ!
いい顔だなァ! この女、今にも死にそうだぜ?」
ナザールが剣先をヴェラに向ける。
「……やめろ」
「だったらよォ。武器を捨てろ」
黒い瘴気が刃を覆い、ヴェラの髪先へと伸びる。
「大人しく剣と盾を置け。
そうすりゃこの女は解放してやるよ。
……まあ、生きてりゃの話だがな!」
エルガは黙って剣を見つめた。
「……」
鋼の音が床に落ちた。
片手剣が、音を立てて転がる。
次に、盾。
ーーそして、エルガは何も持たずに立った。
「フッ……フハハハハハ!!」
ナザールの顔が歪む。
「馬鹿がよォ!!!」
黒い閃光が走った。
ナザールの剣が、
エルガの腹を深々と貫いた。
「……っ」
エルガの身体が大きくのけぞり──
そのまま膝から崩れ落ちた。
「へへ……良い景色だ……。
女を囮にすると、男ってのは簡単に死ぬよなぁ……」
ナザールが剣を引き抜き、とどめを刺そうとしたその瞬間。
「──そこまでだ、クソ野郎」
倉庫の扉が破砕した。
爆ぜるような音と共に、木片が四方に飛び散る。
ジャレドがトマホークを逆手に構えた姿で踏み込んだ。
「誰だテメェ……!」
「ジャレドさん!!」
「エルガさんが……っ!」
マリア、レアン、ティアも駆け込む。
マリアとティアはすぐにエルガへ駆け寄り、治療道具を広げた。
「傷深い……! すぐ止血しないと……!」
レアンはヴェラを拘束から外し、彼女を抱え込む。
ジャレドは、ナザールと対峙した。
「てめぇ……俺の仲間に何してくれてんだ? あぁ?」
「なんだてめぇは……ッ」
「名乗るほどのもんじゃねぇ。ただの“奴隷剣闘士”よ」
ジャレドの左腕に装着された厚い板金アームガードが光を反射する。
トマホーク二本が、獣のように構えられる。
「……殺す」
ナザールの瘴気が膨れ上がる。
「殺れるならやってみろ。
エルガほど優しくねぇぞ、俺は」
二人の間の床が、緊張で軋んだ。
◇
広大な砂丘地帯。
タウロス・ネクラが咆哮を上げるたび、砂が舞い、冒険者の悲鳴と武器の折れる音が交錯した。
「リシア、下がれ!」
「無理です!」
リシアの十字架の剣が、タウロスの黒角に弾かれ火花を散らす。
「アルネス! 帝都審問局へ至急応援要請を!!」
マルクトの怒号が夜空を割った。
「わかりました!」
タウロス・ネクラの拳が砂丘を砕き、冒険者数人が吹き飛ぶ。
その合間を縫って、聖女の光が降り注ぐが──
「くっ……浄化が……通りきらない……!」
タウロス・ネクラの黒い瘴気は、
光魔法を浸食するほど濃かった。
その黒角が天へ向けられた瞬間、
戦場の空気が震えた。
「全員、構えろォ!!」
砂丘全体が、破滅の影に飲まれようとしていた。




