表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/91

第75話 白金の追跡者たち

 地下神殿の奥へ続く細い通路を抜けてから、二人は休憩を繰り返しながら、すでに半日ほど歩いていた。


 空気は徐々に湿り気を帯び、壁を伝う水滴の音が増えていく。


「……なぁマルナ、これ……やっぱり潮の匂いだよな?」

 ドーレイが鼻を鳴らす。


「間違いない。風が……海風に近いもの」

 マルナの返答にも、確信めいた響きがあった。


 さらに進むと、通路の闇がふっと明るむ。

 やがて視界の先に、青白い光が揺れた。


 二人は歩みを速める。


「……出口か?」


 最後の曲がり角を抜けた瞬間――

 眩しいほどの蒼い光景が広がった。


 巨大な海蝕洞窟。

 天井の割れ目から差し込む光が、海面を揺らし反射している。

 潮の満ち引きの音がはっきりと響いていた。


「まさかこっちでも海を拝めるとはな」

 ドーレイがぽつりと漏らす。


「あそこ……外に出れそう」

 マルナが外の光を指差す

「行くか」

 ドーレイが短く答えると、二人は光の射す方へと歩き出した。



 帝都バル=ゼルンの城門が見えてくるにつれ、ジャレドたち五人の足取りは自然と早くなっていた。

 砂漠の街とは違う、石の匂いを含んだ湿った風が頬を掠めていく。


「す、すご……これが帝都……」

 ティアは圧倒されて口を開けたまま。


「建物もでかいし、人もこんなに……!」

 レアンもきょろきょろと視線を彷徨わせる。


 だがジャレドは、街並みを見ても一切表情を崩さなかった。


「寄り道してる暇はねぇ。まずはヴェラだ」


 四人はうなずき、帝都中心部の冒険者ギルドへと向かった。


 ◇


 冒険者ギルド・帝都本館。


 夕刻の人波に満ちた受付で、ジャレドがヴェラの特徴を告げる。


「剣闘士で赤髪の女性? ……リグさんたちと一緒にいた方ですかね」

 職員は帳簿をめくりながら続けた。

「宿は《旅人の冠亭》を利用されていたようです。帝都へ入ってすぐの旅人がよく使う宿ですよ」


「助かった」

 エルガが短く礼を述べ、五人はすぐにギルドを出た。


「私たちは聞き込みしてくる!」

「市場、酒場、闇市っぽい所……全部回る!」

「が、頑張ります!」


 マリア、レアン、ティアは三方向へ散っていく。


「……俺たちは宿へ」

「ああ」


 二人は迷いなく《旅人の冠亭》へ向かった。


 ◇


《旅人の冠亭》


 石造りの宿の前を通るたび、焼いたパンと果実酒の香りが漂う。

 女将はジャレドとエルガの姿を見るなり、眉を上げた。


「金首輪の赤髪の女性なら確かに泊まってたよ。……あんたたちの仲間かい?」


「部屋を見せてくれ」

 ジャレドが言うと、女将はため息をついた。


「部屋代は一ヶ月分、前払いでもらってる。……だから荷物も、そのままにしてある」


 案内された二階の一室は静まり返り、既に人気がなかった。

 生活の痕跡はわずか。

 机の上に――烏の刻印の手紙が置かれていた。


 エルガがそれを拾い、淡々と読む。


 帝都の外れ。

 旧水路区画。

 烏の目印が三つ続く路地の先。


 そこで、待っている――


「目的はセリナじゃなかったってことか」

 ジャレドが低く呟いた。


「……行くぞ」

 エルガは迷いなく歩き出す。


 ◇


 旧水路区画は昼でも湿り、夜になればなおのこと空気が重い。

 石壁に苔がつき、水滴が落ち続けていた。


 烏の目印を三つ辿って到達した倉庫。

 扉を開けると、そこには誰もいなかった。


 机の位置が引きずられ、椅子が倒れている。

 靴跡は複数。

 争った痕跡はない――だが、確実に“連れ出された後”だった。


「……ヴェラ」

 エルガは静かに目を閉じる。

 その声音は揺れてはいない。むしろ、深く沈んでいた。


「烏の刻印……どこの組織だ?」

 ジャレドは低く呟く。


「……イーブルアイ。

昔、俺の所属していた組織だ。」


「過去の因縁ってのに巻き込まれたってわけか。どうする?他に当ては?」


「……ある。ついてこい」


 二人は石畳を踏みしめて夜の帝都へ戻った。


 ◇


 帝都の闇市は、昼でも薄暗い空気を纏っていた。

 主通りから一本外れた路地は、香辛料と油の匂いが入り混じっている。石畳は黒ずみ、どこか湿り気がある。


 エルガは迷わず奥へ進んだ。


 目的の黒塗りの木扉――

 黒い扉の前には僅かな出入りがあり、表の市場とは別の流れがある。


 扉を押し開けると――中は煙と酒の匂いに満ち、蝋燭の炎がゆらめき、油を吸った床が黒く光っていた。

 荒れた音楽が奥で奏でられ、笑い声と罵声が交差する。


 ざわ……

 二人が入った瞬間、客の動きが止まる。


 二つの白金の首輪が、蝋燭の光を反射したからだ。


「……一番奥だ」


 奥にはフードで顔を隠し、灰色の外套を纏った人物。


 エルガは迷いなく銀貨を置く。

「女が二人、ここで動いているはずだ。教えろ」


 情報屋は薄笑いを浮かべる。

「さぁな。客は多いんでね」


 さらに銀貨が二枚。

しかし男は肩をすくめるだけだった。


「……知らんねぇ」


 その瞬間。


 ガンッ!!


 ジャレドが椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、机を「上」へ蹴り抜いた。

 酒杯が宙を舞い、蝋燭が倒れて火花が散る。


「おい……!?」


 次の瞬間、男の胸ぐらを掴んで片手で持ち上げた。


 店内の空気が凍りつく。


 オーラを纏った白金の剣闘士が二人。

 その圧力は他の客を息すら奪う。


「俺たち剣闘士を舐めてんのか?知らねぇで通すつもりなら、じっくり痛めつけてから殺してやるよ」

 ジャレドの声は低く、だが確実に店の隅々へ響いた。


「ひっ……! ま、待て……言う、言うから……!」


 情報屋は喉を震わせながら言う。


「港町だ……帝都の南……港町ワーレンだ……イーブルアイの連中はそこを拠点にしてる……!

 女二人は……そこへ運ばれた……!」


 ジャレドは手を離す。

 情報屋は机の上に崩れ落ち、肩で大きく息をした。


「……行くぞ」

 エルガの瞳は鋭く光っていた。


 二人は黒い酒場を背に、夜の帝都へ走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ