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第74話 烏の影、潮への誘い

 ゼルハラの夜は、いつものように喧しい。

 しかし、その喧噪の奥で、ジャレドが向けている視線はいつもより鋭かった。


 市場の入口。

 乾いた風が香辛料の匂いを流し、露店の布がぱたぱたとはためく。


 ジャレドは背負い袋に干し肉や水袋を詰め、旅装の準備を整えていた。


「……よし。こんなもんで足りるだろ」


 帝都までの距離、道中の魔獣、そして――

 ドーレイとセリナが行方不明のままという現実が、彼の眉間に深い影を落とす。


 そのときだった。


「ジャレドさん!」


 振り向けば、三つの影が駆け寄ってくる。

 マリア、レアン、ティアの三人だった。


「お前ら……生きてたか」


 ジャレドはわずかに目を細めた。

 その一言だけで、三人には十分だった。


「もちろんよ! さっきの試合、見たんだから!」

 マリアは胸を張り、興奮気味に早口になる。


「まさかプラチナ相手に勝っちまうなんて……さすがジャレドさん!」

 レアンが呆れ半分、尊敬半分で言う。


 ティアは、ジャレドの首元を指さした。

「あの……首輪、色が……」


 白金の輝き――。

 以前と違い、はっきりと周囲の光を反射している。


「昇格したの?」

 マリアが息を呑んだ。


「ああ。すぐに次の仕事だ」


 淡々と告げるその声音には、誇示も自惚れもない。

 ただ“次に進む”という決意だけがある。


「戦ったばかりなのに、もう次の仕事?」

 マリアが準備している荷物を覗き込みながら尋ねる。


「仲間が帝都で消えた。……放っとけねぇ。」


 三人は顔を見合わせ、それぞれがうなずいた。


 マリアが一歩前へ出る。


「私たちも同行していい?」


「……なんでまた?」


「ジャレドさんの仲間が困ってるなら、私達も何か手伝えないかなと思って……」


 ティアが小さく手を挙げる。

「わたしたち……最低ランクの冒険者だし、戦いでは役に立たないかもしれません。でも、帝都って広いし、迷宮みたいだって聞きます」


「人探しとか、情報集めとか……なんでもやる。やらせてほしい」


 レアンも拳を握る。

「命を救われたんだ。恩返しがしたい」


 ジャレドは少し目を伏せ、息をひとつ吐いた。


「……軽い気持ちでついて来て後悔しても知らねぇぞ」


「覚悟はできてる!」

「できてる!」

「……が、頑張ります!」


 三者三様の声。


 ジャレドは鼻で笑うと、背負い袋を担ぎ直した。


「――いいだろ。ついて来い」


 その瞬間、三人の顔がいっせいに明るくなった。


 こうして、四人はその日のうちにゼルハラを出発した。


 ◇


 地下神殿。


 ミノタウロスの肉を食べ終えたドーレイとマルナは、満腹と疲労のせいでしばし、その場に腰を下ろしていた。


「……動けるか?」

「ええ、多分」


 ドーレイは立ち上がり、ミノタウロスの角を折り取り、装飾品や魔道具らしきものを背嚢へ詰める。

 どれも“持っておいて損はなさそうな”品ばかりだ。


 神殿の奥へと続く細い通路がある。

 血の匂いが薄れていくにつれ、違う匂いが混じってきた。


「……潮の匂い?」


 マルナが足を止める。


「潮? 海か?」

「こんな地下で……?」


 しかし確かに、湿った潮風のような香りが微かに漂っている。


 進むほど、冷たい風が頬を撫でた。

 水の流れるような、微かな音――。


 どこかへ通じている――。

 その予感が、二人を前へと急がせた。


 ◇


 帝都・旧水路区画。


 ヴェラは薄暗い路地を歩いていた。

 壁に描かれた烏の目印を三つ、順に辿っていく。


 最後の路地の先に、小さな倉庫のような建物があった。


 扉を押し開けると、古い木の匂いと湿った空気。

 部屋の奥に、フードを深くかぶった男が一人。


「来たか。お前なら必ず来ると思ってた」


 ヴェラは目を細める。


「……“イーブルアイ”。あんたたちがこの国まで来てるなんてね」


 男は薄く笑う。


「狙いは私でしょ。セリナを解放して」


「久しぶりの再会なんだ。そう焦るな」


 男はゆっくりフードを下ろした。


 ヴェラの瞳が大きく揺れる。


「……ナザール。アンタ……生きてたの?」


 ナザールは愉しげに眉を上げた。


「失礼。期待通りの反応で思わず笑ってしまったよ」


 軽い口調。

 しかしその目は氷のように冷たい。


「ここで長話するのも何だ。――場所を変えようか?」


「……!?」


 次の瞬間、背後に気配。

 背後に走った殺気へ振り返る――そのわずかな動作すら、男の手刀のほうが早かった。

 振り返るより早く、首筋に衝撃。


 ヴェラの視界が傾く。


(この気配……トゥリオ……)


 意識が闇に飲まれる間際、そんな思いだけが残った。


 ◇


 翌夜。

 リヴェンオアシス。


 月明かりに照らされた水面。

 風が砂を運ぶ静かな休息地。


 ゼルハラを出発したジャレドと三人は、その前で砂馬を降りていた。


「ここで一晩休むぞ」


 そう言ったときだった。


 オアシスの向こう側から、白いオーラがひとすじ、風を割るように歩いてくる。


 ジャレドは目を細めた。


「……エルガ」


 エルガも足を止め、静かにうなずいた。


「同じ目的だ。帝都まで同行しよう」


 その声音には、揺るぎない決意があった。


「勝手にしろ」


 ジャレドもまた、短く応える。


 こうして、運命に引き寄せられた面々が集い始める。

 帝都バル=ゼルンへ向かう影の列は、静かに、しかし確かに動き出していた。


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