第6話 不死身奴隷、オアシス都市を知る
翌朝、兵士に呼び出され、報酬を受け取るために闘技場内の小部屋へ向かった。
鎖に繋がれてはいない。闘技場の中では、剣闘士はある程度自由に歩ける。
控室や治療所、食堂などを自分の足で移動するのが常だ。
さらに勝利した剣闘士には、条件付きで街へ出る許可も与えられる。
必ず首輪を付け、護衛の兵士か闘技場関係者が同行するのが決まり。
それは「娯楽の駒である剣闘士」を、市民に見せつける意味もあった。
小部屋で差し出されたのは小袋に入った数枚の金貨と、簡素な食券だった。
「勝者への報酬だ。だが忘れるな、逃げても無駄だ」
兵士は冷たく言い放ち、俺の首輪を顎で示す。
この輪がある限り、どこへ行っても奴隷であることは隠せない。
鈍い鉄色の輪――どうやら“アイアン”と呼ばれる最底辺の首輪らしい。表には《タフネス》の文字が淡く揺れ、見知らぬ連中にも俺の身分と“格”が一目で伝わる。
「……報酬、ね」
社畜時代に死ぬほど働いても雀の涙しか貰えなかったのを思い出す。
皮肉なもんだ。命を賭ければ、たった一戦で金貨が手に入る。
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「……あっ!」
声をかけてきたのは、昨日治療してくれた治癒士。
亜麻色の髪に小麦色の肌、白のローブ。妙に印象に残る天然な笑顔。
「昨日の“不死身さん”ですよね!」
ぱぁっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「……誰だっけ」
「ひどい!セリナです、セリナ!」
腰に手を当ててむくれるが、すぐに笑顔に戻る。
「それにしても、本当にびっくりしましたよ!あんな傷、普通なら死んでますからね。あ、でも私が治したから大丈夫だったんです!」
胸を張るセリナ。
いや、お前が来る前から血止まってたんだけど……とは言えず、苦笑いでごまかす。
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「そうだ!せっかく街に出られるんですし、私が案内してあげます!」
セリナが両手を打ち合わせる。
「その代わり、美味しいものを食べさせてください!」
……確かに、この世界のことを俺は何も知らない。
通貨の価値も、街の仕組みも、どこへ行けばいいのかも分からない。
だったら――この女の厚意に乗るしかないか。
「……治療代にしては軽いな」
「え? 軽いですか? じゃあデザートも追加で!」
天然すぎる笑顔に、ため息しか出ない。
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出口の衛兵が通行札を改め、セリナを見ると無言で頷いた。
闘技場付きの治癒士が同行している――それが許可の印らしい。
街に出た瞬間、焼けつくような熱気と喧騒に飲み込まれた。
見渡す限りの砂の大地――ヴァルハルト帝国は広大な砂漠を抱えているという。
そのただ中に築かれたオアシス都市が、ゼルハラだった。
香辛料の匂い、色鮮やかな布を広げる露店、豪奢な馬車――どれも日本では見たことのない光景。
さらに人混みの中には、人間以外の姿も混じっていた。
獣の耳や尾を持つ獣人、長い耳をしたエルフ、背丈の低いドワーフの商人。
彼らが当たり前のように会話し、物を売り買いしている。
(……本当に、俺は別の世界に来ちまったんだな)
「ここはヴァルハルト帝国のオアシス都市、ゼルハラですよ!」
隣でセリナが胸を張る。
「闘技場があるから、大陸中から人もお金も集まるんです!」
巨大な闘技場アレナ・マグナを中心に発展したこの都市は、帝国の心臓部とも言える経済都市らしい。
「ほら、この揚げ菓子!砂糖まぶしてあって美味しいんですよ!」
そう言うが早いか勝手に二つ頼み、予想通り支払いは俺の金袋からだった。
セリナは嬉しそうに頬張る。
日本で言えば揚げパンのような味わいだろうか。甘い香りが鼻をくすぐり、どこか懐かしさを覚えた。
市場の向こうに、白い尖塔が空に突き立っているのが見えた。
「あれは?」
「神殿です。スキルや身分を鑑定する場所ですよ」
セリナはさらっと答え、また菓子を頬張った。
その横で、俺は市民たちの視線を感じていた。
首輪があるだけで「奴隷剣闘士」だと誰もが一目で分かる。
しかも俺のは最底辺の“アイアン”。首輪にはどうやら段階があるらしいが、今の俺は最下層だ。
軽蔑、恐怖、好奇。様々な眼差しが突き刺さる。
「……自由、か」
チャンピオンになれば奴隷の身分から解放される。
その言葉が、ただの夢物語ではなく、現実的な目標として胸に刻まれていく。
2025/9/29 19:12 一部会話を追加しました。(首輪の種類、神殿について)
お読みいただきありがとうございます!
「不死身のドーレイ」第6話、いかがでしたでしょうか。
ドーレイの社畜精神(?)や天然ヒロイン・セリナとの掛け合いを楽しんでいただけたら嬉しいです。
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本日まだ投稿する予定なので、引き続きよろしくお願いします!!