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第55話 限界の共鳴

 砂の呼吸が、止まったまま動き出した。

 その矛盾の中で、世界が揺らぐ。

 赤黒の光が再び膨張し、闘技場全体の温度を押し上げた。

 炎ではない。熱でもない。――生の気配だった。


 ドーレイの胸の奥で、何かが蠢いた。

 骨の裏を爪で引っ掻くような声が響く。


 〈……喰わせろ〉

 「まだやれる」

 〈血をよこせ。痛みをよこせ。お前の叫びを、もっと寄越せ〉


 「……欲張りな奴だ。なら貸せ。力を」

 〈取引か?〉

 「そうだ。勝つまでの間だけな」


 喉の奥で笑うような気配が返った。

 〈いいだろう、“不死身”。その痛み、全部喰らってやる〉


 赤黒の光が一気に脈打つ。

 内側で黒が回り、外側で朱が燃える。

 傷口から吹き出した血が光に溶け、

 炎のように彼の体を包み込んだ。


 砂の膜が震え、司祭たちの詠唱が一段上がる。

 「結界――第八層展開! 臨界層へ移行!」

 砂の粒が光を帯び、膜の内側で螺旋を描く。

 ゼルハラ最古の術式。砂そのものを媒体にした防護。

 結界の外では風が止まり、観客の息も消える。


 白紫と赤黒。

 二つの奔流が再びぶつかり合う。

 閃光と熱と砂。

 衝突のたび、光が弾けて影がねじれる。


 ガルマは琥珀を傾け、目を細めた。

 「……喰われずに喰わせる。あの野郎、やりやがったな」


 カインの魔導書が光を帯び、頁が静かに捲れる。

 「血契の波形、急激な変化。共生ではない――共闘か。

  魂と呪物、利害の一致……理にかなっている」


 エルガは沈黙のまま、拳を握りしめた。

 「痛みを糧にして……どこまで持つ」

 冷たい汗が、手のひらを濡らした。


 観客席の熱が一気に上がる。

 マリアが息を呑んだ。喉が焼ける。

 「な……なに、あれ……」

 ティアが叫ぶ。「熱いっ、ここまで来てる……!」

 風が押し返してくる。砂の粒が頬を打ち、視界が揺らぐ。

 レアンが半ば笑うように声を上げた。

 「やべぇ……これ、戦いなんかじゃねぇ……災害だ……!」

 立ち上がることもできず、三人は結界の向こうに焼きついた光を見た。

 歓声も悲鳴も呑み込まれ、

 その中心で“赤黒”と“白紫”が、互いを喰らい合っていた。


 別の場所では、ヴェラが拳を握りしめていた。

 セリナが小さく祈る声が、熱の唸りに掻き消される。


 砂上。

 闘神が、剣を構えた。

 呼吸ひとつで、熱が収束する。

 静寂そのものが武器のように感じられた。


 ドーレイは砂を踏みしめ、赤黒の光を纏う。

 足音がひとつ響くたびに、砂が溶ける。

 風が生まれ、砂を巻き上げ、結界の内側で渦を描いた。


 ――激突。


 白紫と赤黒の光が交わり、世界が二つに裂ける。

 爆音と熱が同時に走り、砂が滝のように降り注いだ。

 結界の表層に亀裂が入り、司祭の声が悲鳴へと変わる。

 「維持限界! 臨界層が飽和します!」


 マリアが目を覆い、ティアが必死に肩を抱く。

 レアンは唇を噛みしめ、「終わらねぇのかよ……」と震えた。

 光がまぶしすぎて、もう視界が焼ける。


 ヴェラが叫んだ。「下がれ、砂が崩れる!」

 セリナは祈りの言葉を止めず、涙で頬を濡らした。


 ドーレイは吹き飛ばされながらも、再び立ち上がる。

 肩が裂け、血が蒸発して赤黒の光へ変わる。

 痛みが燃料に変換され、オーラがさらに膨張する。

 アルマの声が、骨の内側で囁く。

 〈もっとだ。喰らわせろ〉

 「……勝つまでだ」

 〈いい取引だ〉


 闘神の双刃が光を纏い、白紫の圧が押し寄せる。

 赤黒の奔流が応じ、空気が悲鳴を上げた。

 大地が波打ち、砂が浮き上がる。


 ガルマはグラスを置き、低く呟いた。

 「――限界の共鳴、か。どっちが先に壊れる」


 光が重なり、影が消える。

 熱が音を呑み込み、観客の声が止む。

 闘技場全体が、まるで呼吸を忘れたように静まり返った。


 そして――


 轟音。


 白紫と赤黒の光が、同時に弾けた。

 砂の海が爆ぜ、結界が悲鳴を上げる。

 臨界層が崩れ、砂が雨のように降り注いだ。


 すべての音が、遠のいていった。

 ただ、砂の上に二つの影だけが、まだ立っていた。


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