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第48話 砂影の旅路(前編)

本日もお待たせしました!

よろしくお願いします!

 砂の風が頬を刺す。

 陽はすでに傾き、地平の向こうで赤く滲んでいた。

 ジャレドは外套の裾を抑え、馬の脚を止める。

 視線の先に、小さなオアシスの町――セドランが見えた。

 十数棟の家屋が肩を寄せるように並び、中央に一軒だけ、灯の漏れる宿があった。


 ゼルハラから北へ二日。

 砂漠の真ん中に浮かぶこの町は、かろうじて命をつなぐ“点”だった。

 風の向こうに、かすかに水の匂い。

 ジャレドは息を吐き、背の荷を下ろす。


 「……ついたな」


 今回の依頼はガルマ経由。

 近郊でサンドリザードが現れ、家畜や人を襲う被害が出ているという。

 討伐対象は一体。だが油断はできない。

 報告では、ダストホロウで見た個体よりも一回り大きいらしい。

 本来ならダンジョンの深層に棲むはずの種――砂の地表に現れるのは異常だった。


 宿の木扉を押すと、乾いた空気が香辛料の匂いに変わった。

 奥の帳場で女将が布を畳んでいる。

 ジャレドは首輪の刻印を見せ、短く告げた。


 「今夜泊まる。明朝には動く」

 「了解だよ。……あんた、剣闘士だね? その首輪、見りゃわかる」

「仕事だ。長くは滞在しない」

 「なら安心だよ。あんたらがいる間は、獣も寄ってこないさ」


 淡々としたやり取り。

 宿は二階建ての石造りで、部屋には簡素な寝台と水瓶。

 窓の外では、砂がさらさらと夜の音を立てていた。


 剣を壁に立てかけ、外套を外す。

 左腕のアームガードが鈍く光る。

 闘技場の訓練で何度も修理を重ねた金属板――今では、オーラを通して盾の代わりとなる。

 腰の左右に吊るした片手斧。

 握り慣れた重み。

 この感触が、戦いの準備を意味していた。


 「……一人で討てねぇようじゃ、プラチナは遠いな」


 独り言のように呟き、寝台に体を預けた。



 夜、セドラン唯一の酒場。

 土壁の中は薄暗く、油灯がいくつも揺れている。

 客は十人ほど。半分が行商人、残りは地元の男たちだ。

 奥の卓で酒を啜ると、隣の席の会話が耳に入った。


 「また出たらしいぞ、西の砂丘のほうだ」

 「この前よりデカいって話だ。もう普通のリザードじゃねぇ」

 「誰か雇わねぇのか?」

 「雇いたくても腕利きの冒険者なんざ滅多に来ねぇ。……そういや、“グレイウルフ傭兵団”が戻ってきてるんだよな?」


 グレイウルフ――

 聞き慣れた名に、ジャレドの指が一瞬だけ止まった。

 すぐに盃を口へ運び、表情を変えない。

 別の男が続けた。


 「グレイウルフか。今は戦場帰りで荒れてるって聞いたぞ」

 「戦争で団長が死んだんだろ? 代わりの奴が好き勝手やってるってさ」

 「昔は筋の通った連中だったのにな」


 笑い声が混ざる。

 ジャレドは無言で立ち上がり、代金を置いた。

 扉を押すと、砂の匂いが冷たく流れ込んできた。


 夜風に当たりながら、彼は小さく吐き捨てる。

 「――死んだ、か。」



 翌朝、まだ陽が昇りきらぬうちに出発した。

 宿の前で馬を整え、装備を確認。

 斧の刃を確かめ、左腕の金属板にオーラを通す。

 赤銅色の光が短く走り、金属が唸るように鳴った。

 かつては無色だったオーラ――今は、熱を帯びたような輝きを持つ。


 目指すは西の砂丘。

 目撃情報のあった場所だ。


 半日ほど進むと、砂の向こうに煙が上がっていた。

 砂嵐ではない。何かが燃えている。

 馬を止め、双眼鏡で覗く。

 三人の影がいた。

 一人の男と、二人の女。

 そして、彼らと対峙しているのが巨大なサンドリザード。


 (でかいな……ダストホロウで見たやつより一回りでかい)


 咆哮が砂を震わせる。

 冒険者たちは必死に応戦していた。

 大剣を振るう男――肩で息をしている。

 盾を構える女は防御に徹している。

 後方で矢を放つ女は、魔符を併用して支援していた。


 サンドリザードの尾が横薙ぎに走り、男が吹き飛ぶ。

 砂が爆ぜる。

 ジャレドは迷わず馬を跳ねさせた。


 「下がれ!」


 声と同時に地を蹴る。

 右の斧を振り上げ、サンドリザードの首筋に一撃。

 オーラを纏った斧が厚い鱗を砕き、緑の体液が飛び散る。

 獣が吠える。

 左腕を構え、アームガードに赤銅の光を通した。尾の一撃を受け止め、弾き返す。


 「……鈍いな」


 もう一歩踏み込み、両斧を交差。


 「《インパクト・ライン》!」


 閃光のような音とともに、サンドリザードの頭部が砂に沈んだ。

 わずか数合で、戦いは終わった。


 息を整え、周囲を見渡す。

 三人は傷だらけだが、生きている。

 盾をもった女が、息を荒げながら礼を言った。

 「助けてくれて……ありがとう……」

 「礼はいらねぇ。あんたら、どこから来た?」

 「西のラドニアから……ゼルハラに行きたくて。」


 ジャレドは頷き、懐から魔符を取り出す。

 討伐証明用の符――依頼完了をゼルハラに報告するためのものだ。

 指先で刻印をなぞると、符が淡く光り、砂に吸い込まれる。


 風が止んだ。

 砂の海は、再び静けさを取り戻す。


 「……行くぞ。陽が昇りきる前に、町まで送る。」


 馬を引き、冒険者たちを促す。

 遠くで陽が昇り始め、砂が黄金に染まっていた。


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