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第46話 砂上の誓い

遅くなり申し訳ございません。

第五章開幕です!

 静寂の底――ダストホロウ二十層。

 崩れた神殿跡の前に、カリューネの小隊が到着していた。

 砂に半ば埋もれた柱、崩落した天蓋。

 壁面に刻まれた紋章は風に削られながらも、かすかに光を帯びて“呼吸”していた。


 「……あれから二ヶ月。ついに見つけた。」

 カリューネが息を呑んだ。鎌の刃先がわずかに震える。

 「すぐに姉御に報告だ!」


 副官が魔導符を開きかけた、そのとき――

 神殿の奥で、闇がわずかに“動いた”。

 黒い影が砂を押し返すように脈打ち、空気が鈍く震える。


 風が止まり、音が吸い込まれた。

 誰も声を発することができなかった。

 砂の底で、何かが呼吸している。


 ――その静寂を裂くように、砂上では歓声が響いた。



 眩しい光と熱気。

 ゼルハラの街、闘技場アレナ・マグナ

 広大な観客席は満員で、砂上には波のような声が寄せては返す。

 焼けた砂の匂い、酒と油の混じった空気、賭け屋の叫び。

 砂上は熱と欲望の渦に包まれていた。


 「今日の主役は――不死身のドーレイ!」

 「相手は元バルド派のゴールドだってよ!」

 「どっちに賭ける!?」


 砂の扉が開き、光の中から一人の男が現れた。

 金の首輪が喉元で鈍く光を弾く。

 整えられた装備、無駄のない足取り。

 視線の先にあるのは観客でも敵でもない。

 ――ただ、闘うという行為そのもの。


 二ヶ月前、あの戦いの後、決めた覚悟。



 仮面の二人組と十五層で対峙してから数日後。

 ガルマの執務室。


 砂色のカーテンが揺れ、香の煙が静かに棚を作っている。

 ドーレイ、セリナ、ジャレド、ヴェラの四人が整列して立ち、

 机の向こうにはガルマ、その背後にはセレナードとカインの姿があった。


 「……リオルは仮面の支配下に落ちていた。

  バルドの連中も動いてた。七星――バアル・ペオルが直々にだ。」


 ジャレドの報告に、ガルマは深く指を組む。

 「バルド派は解体させられることになる。

  もっとも、バルド本人を含め、今回の件の関係者はすでにゼルハラから姿を消している。」


 セレナードが目を細める。

 「……消えたのはバルド派だけではありません。

  ランキング一位――チャンピオンも、あれから姿を消しました。」


 ガルマは葉巻に火をつけ、天井を見上げる。

 「二十層。奴らの目的は“そこ”しかない。」


 ヴェラが眉をひそめる。

 「あの仮面、ただの装備じゃない。

  オーラを変質させる。人間を“別のもの”にしてたわ。」


 セリナが小瓶を握りしめた。

 「リオルさんの中には、何か……呼ぶものがありました。

  砂の下の、もっと深いところから。」


 「呼応した、というわけか。」

 ガルマが葉巻を傾け、紫煙を吐く。視線をカインに向けた。


 「仮面には、魔神の因子が宿っている。

  長く被れば被るほど、力は増し、意識を侵していく。」

 カインの声音は冷ややかだった。


 「ある意味、内に魔神を飼い慣らすより厄介だ。」

 そう言って、ドーレイに視線を移す。


 ドーレイは静かに答えた。

 「飼い慣らしてるつもりはねぇ。ただ、今は共存してる。」


 「アルマ・ドローリス……だったな。」

 ガルマが低く呟く。

 「魔神か……。

  ――不死身、お前に御せるのか?」


 沈黙が落ちた。

 ガルマは椅子に深く腰を下ろし、全員を見渡す。


 「不死身、ひとまず剣闘士としてランクを上げろ。

  魔神のものでも、オーラを制御できるならゴールド以上に挑戦する資格がある。

  闘技を重ね、実力で証明しろ。」


 「つまり、見せ物に戻れってことか。」

 「そうだ。

  ……不死身だけじゃない。全員、実力をつけろ。

  今のお前らのままじゃ、砂に喰われる。」


 ガルマの声が低く響く。

 四人の表情に、わずかな覚悟の影が差した。


 外では風が砂壁を叩いている。

 決意だけが、その部屋の空気を動かしていた。



 再び、砂の上。

 ドーレイの首元――金の首輪が陽光を受けて鈍く光る。


 対面には、かつてバルド派に属していたゴールドランク剣闘士。

 黒鉄の双剣を構え、青灰色のオーラを纏っていた。


 ドーレイは一歩進む。

 砂が軽く鳴り、赤黒の気配が地を這う。


 「……二ヶ月前よりは、マシになったな。」


 瞬間、両者の距離が消える。

 衝撃。砂煙。観客席から歓声。


 相手のオーラは確かに整っていた。だが、浅い。

 熱だけがある。芯がない。


 ドーレイは一撃で双剣を受け流し、軽く蹴り返した。

 「……こんなもんか?」


 言うより早く、地を蹴り、肩口を裂くような一太刀。

 相手は受けようとするも、耐えきれず、砂に膝をつく。

 それでも、唇を噛みしめて立ち上がる。

 ドーレイは無言で剣を構え直した。


 「最後の警告だ。――降りろ。」


 応じる声はなかった。

 代わりに、双剣が青く閃く。


 赤黒の光が心臓の鼓動に合わせて脈を打つ。

 空気が反転し、砂が宙に舞う。

 最前列の観客が息を呑む。


 「……そうか。なら、ここで終わりだ。」


 刃が鳴る。圧が走り、風が裂ける。

 剣先が相手の喉元に届く――その瞬間、止まった。


 赤黒が静かに収縮する。

 相手は顔を歪め、武器を落とした。


 「降参だっ……!」


 歓声が爆ぜた。

 砂の上に立つ赤黒の影は、ひとつの呼吸で光を閉じた。


 (……この二ヶ月で、俺も“闘い方”を覚えた。)


 ドーレイは静かに剣を納め、観客席を見上げた。

 金の首輪が淡く光る。

 その奥で、深層の呼び声だけが途切れずに鳴っていた。



 セリナは客席で小さく微笑んだ。

 「この二ヶ月で、また強くなりましたね。」


 ヴェラが肩をすくめる。

 「強くなった、じゃないわ。制御できるようになった、って言うべき。」


 ジャレドは腕を組み、無言で頷く。

 「……あいつ、本当に化けたな。」

 その声に、悔しさと誇りが同居していた。


 ドーレイは空を見上げ、金の首輪を指先でなぞった。

 赤黒が微かに揺らめく。


 ――退屈か?

 「……少しな。」

 ――なら、もっと深く潜れ。砂の底まで。


 口の端がわずかに動いた。

 観客の歓声が、ゆっくりと砂の中へ溶けていく。


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