第3話 初戦、血と痛みの中で
砂の上に足を踏み入れた瞬間、世界が反転した。
観客席の怒号、笑い声、鉄を叩く音。
熱気と砂埃が渦を巻き、肺に刺さる。
まるで砂漠そのものが生き物になって、俺を飲み込もうとしているみたいだった。
目の前にはラガン。
控室で見た時より、闘技場の光の下ではさらに巨大に感じる。
丸太のような腕、広い肩。
その戦斧を構える姿は、生きた処刑器具みたいだった。
気のせいか、斧の周りにぼんやりと煙のような、無色透明な光が見える。
「殺す!」
一言で、観客席が爆発したように沸き立つ。
砂が舞い上がり、耳の奥まで熱と怒号が詰まる。
俺が渡されたのは、錆びついた鉄の剣。
刃は欠け、柄は汗や血で汚れている。
握るたび、ざらつきが皮膚に食いこむ。
(これで、あの斧が受けれるのか……?)
ーーー
試合開始。
ドンッ——!!
合図と同時にラガンが突っ込んできた。
巨大な影が風を裂き、無色透明の光を纏った斧が振り下ろされ──
バキィッ!!
俺の剣は一瞬で折れた。
衝撃が胸を貫き、内臓が揺れる。
「ぐっ……はぁっ……!」
身体が宙を回転し、砂の上を転がった。
砂粒が皮膚に刺さり、肺が焼けるように熱い。
胸骨が軋む音まで聞こえた。
(し、死ぬ。)
観客席がわっと湧く。
「ほら見ろよ!」
「一撃だ!」
ラガンは勝利を確信し、背中を向けて観客席へ向けて吠える。
「ウォォォォォオ!」
死んだと思った。
でも──
俺は立っていた。
膝が震え、血を吐き、呼吸も乱れている。
それなのに、身体が勝手に立ち上がっていた。
(なんて力だ、人間じゃねぇ)
観客席からざわつきが広がる。
「……立った?」
「意外とタフだな!」
「もろに入ったよな?今……」
ただのスキルでは説明できない、とでも言いたげな声が飛ぶ。
ラガンがこちらに向き直る。
「テメェ……!」
ーーー
特等席から鋭い視線が刺さった。
興行主のガルマだ。
腕を組み、片目を細めて俺を観察している。
(あいつ……ただのタフネスじゃないかもしれん)
その静かな方目が、光を放った。
ーーー
ラガンが歯をむき出しにして突っ込んでくる。
横薙ぎ。
無色透明の光を纏った斧が、腹を打ち抜いた。
「がっ……!」
空気が肺から全部消え、身体が折れ曲がる。
(死ぬ。マジで死ぬ。)
常人なら確実に死んでいる。
でも、俺は呼吸を絞り出し、また立った。
「……何なん……だよ……」
観客席がざわめく。
「バケモンか……?」
「いや、まだ息があるだけだ……!」
ラガンは苛立ちを隠さず近づくと、
武器ではなく、膝で俺の鳩尾を打ち上げた。
ドガッ!!
視界が真っ暗になり、足がふらつく。
「……っ、ごほっ……!」
膝をつく俺を、観客は笑い飛ばした。
「ほら、もう終わりだ!」
「タフネスにも限界がある!」
それでも──やっぱり俺は立った。
ーーー
ラガンが顔を歪め、叫ぶ。
「いい加減死ねや!!!」
斧を振り下ろす。
肩口に激痛が走り、あっという間に血が噴き出した。
砂に赤が飛び散る。
「今度こそ死んだ!」
「動けるわけがない!」
……それでも。
俺は、立っていた。
肩から血を流し、呼吸も荒い。
痛みで涙がにじむ。
(また死ぬのか……?
今度は異世界で、奴隷のまま──?)
胸の奥で、かすかな怒りが熱に変わる。
(……ふざけんなよ。
社畜として死んだのに、今度は奴隷で死ぬのかよ。
誰がそんな結末、受け入れるか……!)
その瞬間だった。
ーーー
ザザッ……。
滴り落ちた血が、折れた剣の残骸へ吸い込まれていく。
赤黒い光が滲み、脈動し──
俺の手の中で“形”を成していく。
赤黒の刀身。
赤い脈が心臓のように波打つ、異様な剣。
まるで俺の痛みそのものが武器になったような──
「……これ……は……」
観客席が悲鳴のようなどよめきに包まれた。
「血剣だ……!」
「血魔法か!?」
ラガンの目が見開かれる。
「……折ったはずの……剣が……!」
ガルマはその光景を見て、わずかに笑った。
(やはり……面白い。こいつは使える)
ーーー
ラガンが再び突進する。
今度は逃げなかった。
俺は初めて、自分から踏み込んだ。
赤黒い剣が、唸りを上げる。
ギィィンッ!!
火花が散り、斧と刃がぶつかり合う。
俺の手は裂けて血が溢れたが──
その血が刃に吸われ、さらに光を増す。
「……っ!!」
ラガンが押し返された。
観客が総立ちになる。
「押し返してるぞ!」
「ありえねぇ!奴隷が血剣を……!」
「不死身の……ドーレイだ!!」
不死身。
奴隷を意味する音に近いのに、
この場では熱狂と賞賛を伴って響いていた。
その声が波紋のように広がっていく。
「ドーレイ! ドーレイ!」
「不死身のドーレイ!!」
砂が震えるほどの大歓声。
俺は剣を握りしめ、血を滴らせながら叫んだ。
「……社畜の次は奴隷かよ……
いいだろう。
生き残って、この檻──ぶっ壊してやる!!」
2025/11/23 表現・言い回しの修正




