表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

第3話 初戦、血と痛みの中で

砂の上に立った瞬間、足がすくんだ。

観客席を埋め尽くす人々の熱狂。罵声、笑い声、金属を叩き合わせる音。

まるで地鳴りのように全身を圧迫する。


目の前に立つのはラガン。

先ほど控室で出会った大男だ。

丸太のような腕で戦斧を構え、唇を吊り上げて嗤っていた。


「殺す!」

その一言で、場内が沸いた。


俺の手にあるのは、錆びついた鉄の剣。

刃こぼれだらけで、握ると手にざらつきが食い込む。

どう見ても、最初から壊すために用意された“道具”だ。



試合開始の合図。


ドンッ――!


ラガンが猛牛のように突進してきた。

振り下ろされた斧は、空気を裂き、俺の剣に叩きつけられる。


バキィッ!


一撃で剣は折れ、衝撃が全身を駆け抜けた。

胸を打たれたような痛みに吹き飛ばされ、砂の上を転がる。


「ぐっ……はぁっ……!」


視界がぐらぐら揺れる。

胸骨が折れていてもおかしくない衝撃だった。

観客席からは「ほら見ろ!」「一撃だ!」と歓声が上がる。


だが。


俺は立ち上がっていた。

血を吐き、身体を震わせながら、それでも膝を伸ばす。


「……あれ?」

観客のざわめきが変わった。

「なんで立ってる?」

「タフネス持ちか……!?」

「いや、あれはおかしい……!」


歓声が渦巻く中、特等席から鋭い視線が突き刺さる。

興行主ガルマ・ヴェルトだ。

彼は腕を組み、片目を細めてこちらを観察していた。


(……ただのタフネスにしては、異常すぎるな)


観客が熱狂するほど、ガルマの表情は逆に冷静さを増していた。



ラガンが眉をひそめ、再び斧を構える。

次の一撃は横薙ぎ。

腹に直撃した瞬間、胃の中のものが逆流しそうになった。

常人なら、肉も骨も断ち割られて、その場で絶命していてもおかしくはなかっただろう。

それでも俺は、砂を噛みしめながら必死に呼吸を繰り返していた。


「がはっ……!」

身体が宙を舞い、砂に叩きつけられる。

視界が白く弾け、全身を痛みが支配する。


それでも立ち上がる俺を見て、観客席がざわめきを増した。


「バケモンか……?」

「いや、まだ息があるだけだ!」



ラガンが舌打ちし、武器を構え直す。

次は武器ではなく、膝蹴りだった。


ドガッ!


鳩尾に突き上げられた瞬間、息が全部持っていかれた。

肺が潰れ、視界が暗転する。


「……っ、ごほっ……!」


砂に崩れ落ちる俺を、観客は笑い飛ばす。

「ほら見ろ!もう終わりだ!」

「タフネスでも限界がある!」


だが、俺はまた膝に力を込めた。



ラガンの顔が歪んだ。

「しつけぇ……!」


戦斧が再び振り下ろされ、肩口を深々と裂いた。

鮮血が砂に飛び散り、観客席から歓声と悲鳴が同時に上がる。


「死んだな!」

「今度こそ動けまい!」


だが。


俺は立っていた。

肩から血を流し、呼吸も荒い。

けれど、その目だけはまだ死んでいなかった。


また死ぬのか……? 今度は異世界で、奴隷のまま?

いや……まだ死にたくない。ここで終わりたくない。

社畜でも、奴隷でもない。俺は俺だ……!



その瞬間だった。


傷口から滴る血が、何かを呼び覚ますように脈打った。

ザザッ……。


折れた剣の残骸を握る俺の手に、赤い光が集まる。

次の瞬間、血と痛みが形を取り、刀身を象った。


漆黒の刃に、赤い脈動が走る。

見慣れない武器――まるで俺の苦痛そのものが具現化したような剣。


「……これ、は……」


観客席からどよめきが起こる。

「血剣だ……!」

「まさか、血魔法……!」


ラガンの目が見開かれた。

「剣……? さっき折ったはず……!」

苛立ちを込めて歯ぎしりする音が聞こえた。


ガルマはその様子を見て、口角を僅かに吊り上げた。

(やはり面白い……これは使える)



ラガンが突進してくる。

だが俺は、初めて自分から一歩を踏み出した。


赤黒い剣が、唸りを上げて斧を受け止める。

ギィィン、と火花が散り、俺の手は裂けて血が溢れ出す。

――戦い方なんて知らない。だが、この剣を握った瞬間、身体が勝手に動いた。まるで剣そのものが俺を導いているかのように。

その血は刃に吸い込まれ、さらに輝きを増した。


「……っ!」

ラガンが押し込まれた。


観客が一斉に叫ぶ。

「血剣だ! 奴隷が血剣を振るってる!」

「押し返してるぞ!」

「ありえねぇ……!」


そして誰かが叫んだ。

「不死身の……ドーレイ!」


その声が波紋のように広がり、場内を埋め尽くす。


「ドーレイ! ドーレイ!」

「不死身のドーレイ!」


皮肉なことに、それは奴隷を意味する響き。

けれど、この世界ではただの闘技士の名として熱狂と共に叫ばれていた。


俺は剣を握りしめ、血を滴らせながら叫んだ。


「……社畜の次が奴隷かよ。

 いいだろう。生き残って、この檻をぶっ壊してやる!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ