表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/90

第3話 初戦、血と痛みの中で

砂の上に足を踏み入れた瞬間、世界が反転した。

観客席の怒号、笑い声、鉄を叩く音。

熱気と砂埃が渦を巻き、肺に刺さる。


まるで砂漠そのものが生き物になって、俺を飲み込もうとしているみたいだった。


目の前にはラガン。

控室で見た時より、闘技場の光の下ではさらに巨大に感じる。

丸太のような腕、広い肩。

その戦斧を構える姿は、生きた処刑器具みたいだった。

気のせいか、斧の周りにぼんやりと煙のような、無色透明な光が見える。


「殺す!」


一言で、観客席が爆発したように沸き立つ。

砂が舞い上がり、耳の奥まで熱と怒号が詰まる。


俺が渡されたのは、錆びついた鉄の剣。

刃は欠け、柄は汗や血で汚れている。

握るたび、ざらつきが皮膚に食いこむ。


(これで、あの斧が受けれるのか……?)


ーーー


試合開始。


ドンッ——!!


合図と同時にラガンが突っ込んできた。

巨大な影が風を裂き、無色透明の光を纏った斧が振り下ろされ──


バキィッ!!


俺の剣は一瞬で折れた。

衝撃が胸を貫き、内臓が揺れる。


「ぐっ……はぁっ……!」


身体が宙を回転し、砂の上を転がった。

砂粒が皮膚に刺さり、肺が焼けるように熱い。

胸骨が軋む音まで聞こえた。


(し、死ぬ。)


観客席がわっと湧く。


「ほら見ろよ!」

「一撃だ!」


ラガンは勝利を確信し、背中を向けて観客席へ向けて吠える。

「ウォォォォォオ!」


死んだと思った。

でも──


俺は立っていた。


膝が震え、血を吐き、呼吸も乱れている。

それなのに、身体が勝手に立ち上がっていた。


(なんて力だ、人間じゃねぇ)


観客席からざわつきが広がる。


「……立った?」

「意外とタフだな!」

「もろに入ったよな?今……」


ただのスキルでは説明できない、とでも言いたげな声が飛ぶ。


ラガンがこちらに向き直る。

「テメェ……!」


ーーー


特等席から鋭い視線が刺さった。

興行主のガルマだ。

腕を組み、片目を細めて俺を観察している。


(あいつ……ただのタフネスじゃないかもしれん)


その静かな方目が、光を放った。


ーーー


ラガンが歯をむき出しにして突っ込んでくる。


横薙ぎ。


無色透明の光を纏った斧が、腹を打ち抜いた。


「がっ……!」


空気が肺から全部消え、身体が折れ曲がる。


(死ぬ。マジで死ぬ。)


常人なら確実に死んでいる。


でも、俺は呼吸を絞り出し、また立った。


「……何なん……だよ……」


観客席がざわめく。


「バケモンか……?」

「いや、まだ息があるだけだ……!」


ラガンは苛立ちを隠さず近づくと、

武器ではなく、膝で俺の鳩尾を打ち上げた。


ドガッ!!


視界が真っ暗になり、足がふらつく。


「……っ、ごほっ……!」


膝をつく俺を、観客は笑い飛ばした。


「ほら、もう終わりだ!」

「タフネスにも限界がある!」


それでも──やっぱり俺は立った。


ーーー


ラガンが顔を歪め、叫ぶ。

「いい加減死ねや!!!」


斧を振り下ろす。

肩口に激痛が走り、あっという間に血が噴き出した。


砂に赤が飛び散る。


「今度こそ死んだ!」

「動けるわけがない!」


……それでも。


俺は、立っていた。


肩から血を流し、呼吸も荒い。

痛みで涙がにじむ。


(また死ぬのか……?

 今度は異世界で、奴隷のまま──?)


胸の奥で、かすかな怒りが熱に変わる。


(……ふざけんなよ。

 社畜として死んだのに、今度は奴隷で死ぬのかよ。

 誰がそんな結末、受け入れるか……!)


その瞬間だった。


ーーー


ザザッ……。


滴り落ちた血が、折れた剣の残骸へ吸い込まれていく。


赤黒い光が滲み、脈動し──

俺の手の中で“形”を成していく。


赤黒の刀身。

赤い脈が心臓のように波打つ、異様な剣。


まるで俺の痛みそのものが武器になったような──


「……これ……は……」


観客席が悲鳴のようなどよめきに包まれた。


「血剣だ……!」

「血魔法か!?」


ラガンの目が見開かれる。


「……折ったはずの……剣が……!」


ガルマはその光景を見て、わずかに笑った。


(やはり……面白い。こいつは使える)


ーーー


ラガンが再び突進する。

今度は逃げなかった。

俺は初めて、自分から踏み込んだ。


赤黒い剣が、唸りを上げる。


ギィィンッ!!


火花が散り、斧と刃がぶつかり合う。

俺の手は裂けて血が溢れたが──

その血が刃に吸われ、さらに光を増す。


「……っ!!」


ラガンが押し返された。


観客が総立ちになる。


「押し返してるぞ!」

「ありえねぇ!奴隷が血剣を……!」

「不死身の……ドーレイだ!!」


不死身。

奴隷を意味する音に近いのに、

この場では熱狂と賞賛を伴って響いていた。


その声が波紋のように広がっていく。


「ドーレイ! ドーレイ!」

「不死身のドーレイ!!」


砂が震えるほどの大歓声。


俺は剣を握りしめ、血を滴らせながら叫んだ。


「……社畜の次は奴隷かよ……

 いいだろう。

 生き残って、この檻──ぶっ壊してやる!!」

2025/11/23 表現・言い回しの修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ