第23話 木剣の音、成長の証
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昼下がりの訓練場は、鉄の匂いと汗の蒸気で満ちていた。
赤土の床に靴音が打ち、木剣が乾いた音を立てる。ブロンズ以上の剣闘士だけが使える第二訓練場──壁面の符刻が淡く光り、衝撃を吸収する魔法が流れている。
木剣を受け流すたび、腕の軋みが響く。だが以前のような“重さ”はなかった。
ジャレドの剣筋が速い。踏み込みの音が、砂より鋭い。
「受けが板についてきたじゃねぇか、不死身」
笑う声と同時に、肩へ打ち下ろされる一撃。俺は木剣を斜めに立て、力を受け流す。
「お前の教え方が良かったんだろ」
俺が息を整えると、ジャレドは歯を見せて笑った。
鎖帷子の下には新しい布鎧。腰には磨かれた短剣が一本。金回りが良くなったのか、装備の輝きが一段上がっている。
俺も、ようやく“戦うための装備”を整えられた。革の腕当てと簡素な胴当て。それだけでも、かつての裸同然の頃とは別世界だ。
「金が入ると、装備も変わるな」
「まぁな。酒と防具はいい奴から選ぶ、それが長生きのコツだ」
軽口を交わしたそのとき、訓練場の入口から涼しい声がした。
「久しぶりね、不死身」
振り向くと、ヴェラが立っていた。
短く結んだ赤髪の先が揺れ、鋭い眼差しがこちらを射る。
「エルガを倒したって聞いた。どれだけ化けたのか、確かめに来たの」
周囲の空気が一瞬、張りつめた。誰もが“再戦”を期待している。
ジャレドが肩をすくめ、「おいおい、怪我すんなよ」と言いながら退く。
互いに木剣を構えた。
礼を交わす。
打ち込みの初手で、空気が裂けた。
ヴェラの踏み込みは風だ。砂より速く、影より薄い。
木剣が閃光のように走り、残光が三重に重なる。
足元が霞み、赤土が波のようにうねった。
以前の試合では、俺はその全てを“光の塊”としか捉えられなかった。
だが今は違う。呼吸の間合い、筋の方向、視線の流れ──すべてが見える。
呼吸の間合い。半歩、ずらす。
木剣の軌道を肩で受け、肘で流す。
反撃の一閃。風が二人の間を裂き、ヴェラの首筋で止まった。
空気が一拍遅れて鳴り、訓練場が静まる。
ざわめきが走る。
「……今の、止めやがった」「嘘だろ、ヴェラ相手に……」
ささやきが熱を帯びる。
ヴェラは息を吐き、木剣を下げた。
「今の、わかった?」
「速さは……前とは違う。でも、見えた」
「そう。あれが《クイックネス》と《ルミナス・ステップ》。どっちも速さを極めるためのスキルよ」
その声には、かつての傲慢さではなく、戦士としての敬意が滲んでいた。
「この前の試合じゃ、あんたは目で追うことすらできなかった。
でも今は、ちゃんと見えてる。……それが一番の変化よ」
胸の奥で、何かがかすかに鳴った。
「……訓練の賜物だな」
ジャレドが笑う。「半歩で崩して、一息で通せって言ったろ」
「やっと意味が分かった」
汗が額を伝い、木剣の先がわずかに震えた。だが、心は不思議と静かだった。
ヴェラが木剣を地に突き立てる。
「私は《クイックネス》と《ルミナス・ステップ》。どっちも、速さそのものが武器。
でもあんたは、その速度の中で立っていられるようになった」
その横で、ジャレドが肩を回す。
「俺は《ブレイバー》と《インパクト・ライン》。力で押して、線で通すタイプだ」
「《ブレイバー》……?」
「筋力強化のスキルさ。お前の《タフネス》と同格だ」
セリナがノートを閉じて、口を挟んだ。
「首輪の符って、本当に細かく監視してるんですよ。
許可されてる区域を出ようとしただけで締まるし、使ったスキルの情報も全部記録されるんです。」
その言葉に、一瞬だけ空気が沈む。
ヴェラが視線を落とした。
「そうね。でも、スキル表示は細工できる。見せたくないスキルは“消せる”の」
「消せる?」
「ええ。見せ札みたいなものよ。誰に何を見せるか、それが生き残る術。
私もジャレドも、今は何も表示されていない」
ジャレドが頷く。「対戦で読まれたら不利だからな。ドーレイは……もう気にする段階じゃねぇだろ」
俺は首輪に触れた。冷たく、沈黙している。
「俺の首輪は、タフネスのままだ」
「でも、あれは目に見えるものが全てじゃない」
ヴェラの声が柔らかくなった。
「あんたの中の“力”は、もう誰にも隠せないよ」
訓練場の窓から夕陽が差し込み、赤土の上に二つの影が伸びた。
木剣の先が金に染まり、遠くで鐘が鳴る。
風が止み、時間が一瞬だけ、静かに止まった。
──木剣の音が、心臓の鼓動と重なる。
成長は、誓いの延長線にあった。