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第2話 外れ奴隷、闘技場へ引き出される

数日後。

牢の中で水と硬いパンを与えられ、ただ生かされる日々。

外からは絶え間なく歓声と怒号が響いていた。

ここが単なる牢獄ではなく、何かの“舞台裏”であることは、さすがに鈍い俺でも察していた。


その日、鎖を引かれ、俺は別の場所へ連れ出された。

狭い通路を抜けると、開けた石造りの広間に出る。


今、俺の目の前に腕を組んで立っているのは──

興行主ガルマ・ヴェルト。

大柄で筋骨隆々、片目に古傷のある男。鋭い眼光がこちらを値踏みしてくる。

彼の後ろには屈強な兵士たちが控え、空気そのものが重く感じられた。


「スキルはタフネスか。……外れだな。すぐ死ぬ」

低い声で吐き捨てるように言い、ガルマは鼻を鳴らす。

「だが、生き残れば名は残る。──闘技場はそういう場所だ」


俺は何も言い返せなかった。

ただ、社畜時代に聞き飽きた「使えないやつ」みたいな言葉が、異世界でも突き刺さってくることに苦笑するしかなかった。


ガルマが首輪を覗き込み、こちらを一度だけ細く見たあと、ぽつりと訊ねた。

「名は?」


咄嗟に口を開く。

「……堂礼一真どうれい かずま


ガルマは片眉を上げ、顔を僅かにしかめた。声が掠れて届いたのか、首をかしげて俺の答えをもう一度聞こうとした。

「──ん? 長いな。聞き取れん。覚えきれんよ」

そう言うと、彼は手元の小さな札に簡単に文字を走らせ、肩を竦めるように吐き捨てた。

「“ドーレイ”でいい。名簿にはそう書いておけ」


俺は苦笑がこぼれた。

(社畜の次は奴隷か……皮肉だな)


控室へ放り込まれると、そこには同じ奴隷剣闘士たちの影がいくつもあった。

全員が汗と血にまみれ、諦めきった瞳をしている。

その中でもひときわ大柄な男が、こちらを睨みつけてきた。


分厚い胸板、盛り上がった筋肉。

手にしていた木剣を軽々と折り捨てる仕草だけで、尋常じゃない力が伝わってくる。


「……新入りか」

低い声が唸る。俺の心臓が嫌な音を立てた。


ラガン──後に初戦の相手だと知る男。

その視線は、まるで獲物を前にした獣のようだった。



そして数時間後──ついにその時が来た。


「次の試合だ。行け」


兵士に鎖を外され、手渡されたのは一本の剣。

錆びつき、刃こぼれだらけの鉄の剣。


「……おいおい、これ武器って呼んでいいのか?」

思わず口をついて出たが、兵士は無言で背を押すだけだった。


通路を抜けると、ごうっ、と耳を劈く歓声が押し寄せた。

砂の匂いと血の臭気が混ざり合い、全身を包み込む。


巨大な円形闘技場──アレナ・マグナ。

数万、いや十万近い観客が奴隷の命のやり取りに熱狂している。


兵士が吐き捨てるように言った。

「行け、スレイブグラディエイター。砂の上で命を削り合うのがお前らの役目だ」


……スレイブ、グラディエイター?

この世界の言葉では何の意味もない音の連なりなのだろうが、俺には妙に皮肉に聞こえた。

社畜から奴隷、そして“スレイブグラディエイター”。

どこまで落ちれば気が済むんだ、俺の人生。


目の前にはラガン。

分厚い筋肉に覆われた体、手には大振りの戦斧。

その存在感だけで膝が笑いそうになる。


観客席からは罵声が飛び交った。

「すぐ死ぬぞ!」

「タフネス奴隷の肉祭りだ!」

(この世界の言葉では別の意味なのだろう。けれど俺には“奴隷”と同じ音に聞こえた。)


……なるほど。

やらなきゃやられる。

ここは会社より容赦ない。


2025/9/29 ドーレイとガルマの会話に名前のくだりを追加

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