第15話 朝影に揺れる剣
夜明け前、東の空が白み始める。
砂は夜の冷えを残し、足裏にひやりとした。
乾いた空気が肺を刺す中、目の前の男の木剣は容赦なく振り下ろされる。
「足が止まってるぞ、不死身!」
ジャレドの一撃が肩に食い込み、砂に膝を突きそうになる。
必死に踏みとどまると、横合いから木剣の一閃。
咄嗟に受ける――ガキィン、と衝撃が走る。
「受けは面じゃねぇ、角度を付けろって言ったろ!」
「ぐっ……!」
腕が痺れる。だが昨日よりは、確かに衝撃が流れた気がした。
ジャレドは息も乱さず木剣を構え直す。
「同じ間合いで突っ立つな。半歩ズラせ。斬る前に“崩し”を入れるんだ」
その声に従い、必死に足を動かす。
まだぎこちない。だが木剣の線が、昨日より少しだけ続いて見えた。
「……まあ、マシにはなったな」
ぼそりと吐き捨て、ジャレドは木剣を肩に担ぐ。
「ただ突っ立って耐えてた昨日までよりは、な」
⸻
「ドーレイさん!」
背後から軽やかな声。
振り向けば、亜麻色の髪を揺らしたセリナが駆け寄ってきた。
「おはようございます! 訓練してるって聞いたので……って、わ、すごいアザ……!」
俺の腕や肩に視線を走らせ、眉を下げる。
すぐに手をかざそうとしたが、俺は首を振った。
「今はいい。回復より、この痛みを覚えておきたい」
「……強がりですね。でも、そういう人の方が伸びるんです」
セリナはにこっと笑い、少し声を落とす。
「それで……次の相手の情報が入りました」
「……どんな奴だ」
「シルバーランクの剣闘士です。名前はエルガ。片手剣と丸盾を使う技巧派で、攻撃を受けて崩して、必ず反撃につなげるんです。隙がほとんどないって評判で……」
「……厄介そうだな」
思わず苦笑が漏れる。力押しで押し切るタイプならまだ誤魔化せるかもしれない。だが技巧派となれば、一つの甘さが命取りだ。
セリナはさらに声を潜めた。
「普通、アイアンやブロンズの試合って直前に決まるんです。でも今回は、帝都から来ている貴族の方が“あなたとそのエルガの一戦を見たい”って指名したらしくて。
こんなの、本当に滅多にないんですよ。私、聞いたことありません」
貴族の気まぐれ一つで、俺の生死が決まる。
その現実に、胸の奥が冷たくざわめいた。
⸻
セリナの言葉が頭の奥に残ったまま、再び木剣を握る。
シルバーランク。片手剣と盾。崩して斬る技巧派。
ただ耐えるだけでは通じない。
俺は――勝ち取ると決めた。
「まだやる気か、不死身」
ジャレドが鼻を鳴らす。
「……あと一日半しかねぇんだ。休んでる暇はない」
俺の答えに、彼は面白くなさそうに舌打ちした。
「なら盾持ちを意識しろ」
ジャレドは近くの木盾を片手で持ち上げ、構えてみせる。
「真正面から斬りかかっても弾かれて終わりだ。突き崩すか、足を止めさせるか、どっちかだ」
木剣が振るわれる。盾で受け流され、逆に反撃の突きが突き刺さる。
「ぐっ……!」
胸に衝撃が走り、砂に尻をつく。
「見ただろ。盾は“壁”じゃねぇ。“刃”だ。甘く踏み込めば、それだけで死ぬ」
ジャレドの声が冷たく響く。
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その後はひたすら、崩しと受け流しの反復だった。
木剣を斜めに滑らせて衝撃を殺す。
足をずらして踏み込みを外す。
腰を切り、半歩の間で斬り返す。
何度も砂に叩きつけられた。
肺が焼け、腕は鉛のように重い。
それでも木剣を構え直すと、ジャレドは口の端をわずかに吊り上げた。
「まだ立つか。不死身の名は伊達じゃねぇ」
⸻
昼過ぎ、ようやく訓練は一区切りついた。
セリナが駆け寄り、息を呑む。
「もう体中アザだらけ……! 少しは休んでください!」
光を宿した手をかざそうとするが、俺は首を横に振った。
「治すな。この痛みを残しておく。次の一太刀に繋げるためにな」
「……ほんとに無茶するんですから」
セリナは呆れたように微笑む。
ジャレドが木剣を地面に突き立て、短く告げる。
「明日の夜まで叩き込む。盾持ちを崩せるかどうか、それがお前の生き死にを決める」
俺は荒い息を整えながら、深く頷いた。
――残り一日半。
砂に刻んだ線を、今度は血に変えてでも繋げる。
それが“生き残る道”だ。
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