表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/90

第15話 朝影に揺れる剣

夜明け前、東の空が白み始める。

砂は夜の冷えを残し、足裏にひやりとした。

乾いた空気が肺を刺す中、目の前の男の木剣は容赦なく振り下ろされる。


「足が止まってるぞ、不死身!」

ジャレドの一撃が肩に食い込み、砂に膝を突きそうになる。

必死に踏みとどまると、横合いから木剣の一閃。

咄嗟に受ける――ガキィン、と衝撃が走る。


「受けは面じゃねぇ、角度を付けろって言ったろ!」

「ぐっ……!」

腕が痺れる。だが昨日よりは、確かに衝撃が流れた気がした。


ジャレドは息も乱さず木剣を構え直す。

「同じ間合いで突っ立つな。半歩ズラせ。斬る前に“崩し”を入れるんだ」

その声に従い、必死に足を動かす。

まだぎこちない。だが木剣の線が、昨日より少しだけ続いて見えた。


「……まあ、マシにはなったな」

ぼそりと吐き捨て、ジャレドは木剣を肩に担ぐ。

「ただ突っ立って耐えてた昨日までよりは、な」



「ドーレイさん!」

背後から軽やかな声。

振り向けば、亜麻色の髪を揺らしたセリナが駆け寄ってきた。


「おはようございます! 訓練してるって聞いたので……って、わ、すごいアザ……!」

俺の腕や肩に視線を走らせ、眉を下げる。

すぐに手をかざそうとしたが、俺は首を振った。

「今はいい。回復より、この痛みを覚えておきたい」

「……強がりですね。でも、そういう人の方が伸びるんです」

セリナはにこっと笑い、少し声を落とす。


「それで……次の相手の情報が入りました」

「……どんな奴だ」

「シルバーランクの剣闘士です。名前はエルガ。片手剣と丸盾を使う技巧派で、攻撃を受けて崩して、必ず反撃につなげるんです。隙がほとんどないって評判で……」


「……厄介そうだな」

思わず苦笑が漏れる。力押しで押し切るタイプならまだ誤魔化せるかもしれない。だが技巧派となれば、一つの甘さが命取りだ。


セリナはさらに声を潜めた。

「普通、アイアンやブロンズの試合って直前に決まるんです。でも今回は、帝都から来ている貴族の方が“あなたとそのエルガの一戦を見たい”って指名したらしくて。

こんなの、本当に滅多にないんですよ。私、聞いたことありません」


貴族の気まぐれ一つで、俺の生死が決まる。

その現実に、胸の奥が冷たくざわめいた。



セリナの言葉が頭の奥に残ったまま、再び木剣を握る。

シルバーランク。片手剣と盾。崩して斬る技巧派。

ただ耐えるだけでは通じない。

俺は――勝ち取ると決めた。


「まだやる気か、不死身」

ジャレドが鼻を鳴らす。

「……あと一日半しかねぇんだ。休んでる暇はない」

俺の答えに、彼は面白くなさそうに舌打ちした。


「なら盾持ちを意識しろ」

ジャレドは近くの木盾を片手で持ち上げ、構えてみせる。

「真正面から斬りかかっても弾かれて終わりだ。突き崩すか、足を止めさせるか、どっちかだ」


木剣が振るわれる。盾で受け流され、逆に反撃の突きが突き刺さる。

「ぐっ……!」

胸に衝撃が走り、砂に尻をつく。


「見ただろ。盾は“壁”じゃねぇ。“刃”だ。甘く踏み込めば、それだけで死ぬ」

ジャレドの声が冷たく響く。



その後はひたすら、崩しと受け流しの反復だった。

木剣を斜めに滑らせて衝撃を殺す。

足をずらして踏み込みを外す。

腰を切り、半歩の間で斬り返す。


何度も砂に叩きつけられた。

肺が焼け、腕は鉛のように重い。

それでも木剣を構え直すと、ジャレドは口の端をわずかに吊り上げた。


「まだ立つか。不死身の名は伊達じゃねぇ」



昼過ぎ、ようやく訓練は一区切りついた。

セリナが駆け寄り、息を呑む。

「もう体中アザだらけ……! 少しは休んでください!」

光を宿した手をかざそうとするが、俺は首を横に振った。


「治すな。この痛みを残しておく。次の一太刀に繋げるためにな」

「……ほんとに無茶するんですから」

セリナは呆れたように微笑む。


ジャレドが木剣を地面に突き立て、短く告げる。

「明日の夜まで叩き込む。盾持ちを崩せるかどうか、それがお前の生き死にを決める」


俺は荒い息を整えながら、深く頷いた。


――残り一日半。

砂に刻んだ線を、今度は血に変えてでも繋げる。

それが“生き残る道”だ。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ