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第14話 夕刻、砂を刻む

いつもお読みいただきありがとうございます!

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執務室を出た足で、そのまま訓練場へ向かった。

西日に焼かれた砂が赤くくすみ、影が長く伸びる。

腕に残るのは、葉巻の匂いと、短い宣告の余韻だけだ。


――三日後。上客の観戦日程に合わせる。相手はシルバー。

三日“も”あるのか、三日“しか”ないのか。


(やることは一つだ。

 生き延び、斬り、刻む。

 それだけだ)


木剣を握り、空の胸を切り裂くように振り抜く。

刃筋は砂に細い線を描くが、腕だけで振る分、すぐに線が途切れた。


「棒振りじゃ、客は沸かねぇぞ。不死身」


背中に声。振り向く前に、木剣の切っ先が眉間に止まった。

ジャレド。夕日の輪郭を背負って立っていた。


「……暇つぶしか?」

「違ぇよ。目障りで来た。死なれたら後味が悪いだけだ」


木剣が俺の手元をコツンと叩く。

「まず握り。手のひらで潰すな、指で引っかけろ。親指は“添える”、力は小指薬指。

 肩で振るな、腰から切れ。肘は真っ直ぐじゃなくたわませる」


言われるままに構え直す。

腰を切ろうとすると、上体が流れて砂を踏んだ足が滑った。


「足。つま先は外へ逃がすな。右は半歩内、土踏まずで地面を噛め。

 それから――押すな、斬れ。お前の一振りは“押してる”。刃は“通す”。」


木剣が閃き、肩口を軽く弾かれる。

痛みは薄いのに、身体の芯だけが揺さぶられた。


「合わせろ。不死身」


合図もなく打ち合いが始まる。

一太刀、二太刀――受けるたびに腕が痺れ、足が砂に沈む。

それでも倒れない。倒れないからこそ誤魔化しが利かない。


「受けは面で止めるな。45度で流す。

 息は吐きながら斬る。止めると固まる。固まると死ぬ」


ジャレドの木剣が横に走る。

反射で受ける――ガキィン。

言われた通り斜めに受け流すと、衝撃が半分逃げた。

次の拍で、腰を切って振り抜く。


「……今のだ」


初めて彼の眉がわずかに動いた。

だがすぐ、三連の強打が落ちてくる。

上・横・下――リズムが読めない。二拍目がわずかに早い。


「三拍子で振るな。俺は二拍目を詰める。そこで死ぬ奴が多い」


二拍目――腹をえぐるような一撃。

砂が跳ね、肺が鳴る。それでも立つ。

掌の奥で、微かに脈が鳴った。

(……出るな。今は要らない。俺の剣で刻む)


「間合いを数えろ、不死身。剣一枚・半枚・拳。

 半枚で“当てる”な。拳で崩して半枚で斬れ」


言葉が砂に沈む前に、彼は小突きを差し込んできた。

胸骨に響く短い痛み。一歩後ろへ下がると、彼の切っ先が空を切る。


(拳で崩す……今だ)


踏み込み――小突き、半歩ズラし、腰で振る。

木剣の線が、砂の上で途切れず一本につながった。


カン、と乾いた音。

ジャレドの木剣がほんのわずか上に跳ねた。


「……悪くねぇ」


息が荒い。腕が焼けている。

それでも、さっきまでの“棒振り”とは違う何かが、確かに骨に入った。


ジャレドは舌打ちしながら、さらに雑に詰めてくる。

不器用なレクチャーは続いた。


「刃筋を立てろ」「目線をぶらすな、胸を見るな、腰を見るな、“足”だ」

「柄頭で殴れ。斬る前に壊せ」

「受け・崩し・斬りを一息でやれ。三手じゃない、一手半だ」


何度も砂を食い、何度も立つ。

“耐える”のは得意だ。今日はそこへ形が一つ混ざった。


やがて、太陽が城壁の縁に沈む。

影が長く伸びて、ジャレドの横顔だけが赤く染まった。


「……明日、日の出前に来い。二日で叩き込む。

 死ぬなよ。派手に死なれると、こっちの飯が不味くなる」


吐き捨てるように言って、彼は背を向ける。

歩き出しかけて、ほんの一歩だけ止まった。


「不死身。お前の一太刀、今の“線”を忘れるな」


足音が砂に消える。

胸の奥で、脈が静かに落ち着いていく。


木剣を構え直す。

三日のうちの一日目が、赤い砂に吸い込まれていった。

俺はもう“耐えるだけの棒”じゃない。刻む刃になる。


「……やってやる」


声は小さく、夕空へ溶けた。

砂に残った一本の線が、夜風に消えるまで、俺は振り続けた。


本日夜また更新できると思います!

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