第12話 目覚めの兆し
翌朝。
今日も鉄格子の向こうから歓声がかすかに響いていた。
きっと今も、誰かが砂の上で血を流している。
昨夜の決意――「耐えるだけじゃなく、勝ち取る」――その言葉を胸に、俺は拳を握りしめたまま夜を越えた。
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「ドーレイ、出ろ」
兵士の声で目を覚ます。
鎖を外され、牢を出ると眩しい朝の光が差し込んだ。
通されたのは、昨日と同じ訓練場だった。
砂と鉄の匂い。木剣を振るう音と怒号。
その中に足を踏み入れた瞬間、ざわめきが広がる。
「またアイアンが来やがった」
「耐えることしか脳がないくせに」
俺は無言で砂の上に立つ。
もう昨日までの“打たれ人形”で終わるつもりはなかった。
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「おい、不死身」
低い声とともに前に出たのは、ひときわ目立つ剣闘士だった。
長身で、鋭い鷹のような目。
短く刈った黒髪、盛り上がった筋肉。
首にはブロンズの首輪が光っている。
「ジャレド……!」
周囲がざわめいた。
「ブロンズ上位格だ」
「もうすぐシルバーに昇格するって噂の奴だ」
ジャレドは木剣を肩に担ぎ、鼻で笑った。
「昨日はよく耐えたらしいな。だが立ってるだけで“不死身”なんて……笑わせんな」
「……試す気か」
「当たり前だ。檻の中で俺より目立つ奴は許さねぇ」
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合図もなく、木剣が振り下ろされる。
速い。重い。
肩に衝撃が走り、膝が揺らぐ。
「ぐっ……!」
必死に踏みとどまり、木剣を握り直す。
「おいおい、まだ倒れねぇのか」
二撃、三撃。
受けるたびに腕が痺れる。
だが――倒れない。
(……昨日と同じじゃ意味がねぇ。俺は“勝ち取る”って決めたんだ!)
歯を食いしばり、反射的に木剣を横へ払った。
ぎこちない、素人同然の動き。
だが確かに攻撃の形になった。
「今……打ち返したか?」
「不死身が攻めに出た……!?」
訓練場の剣闘士たちが息を呑む。
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ジャレドの目が細まり、口の端が吊り上がる。
「ほぉ……いい目だ。なら本気で叩き潰してやる!」
怒涛の連撃が襲いかかった。
斜め上からの強打、横薙ぎ、踏み込みの突き――一撃ごとに砂が跳ね、空気が裂ける。
力任せではない。速さと重さを兼ね備えた、経験に裏打ちされた剣撃。
受け止めた木剣が悲鳴を上げ、腕の骨が折れそうな衝撃が何度も襲う。
「ぐ、ぅぅっ……!」
必死に食らいつき、押し返す。
全身が痛みに軋み、視界が赤く染まる。
その時だった。
掌が熱を帯びた。
ドクン、と血が脈打ち、赤黒い光が柄を走る。
一瞬、刃の影のようなものが揺らめき――
ガキィンッ!
衝撃が逆流し、ジャレドの木剣が弾かれた。
「……な、んだ今のは!?」
ジャレドの目が見開かれる。
周囲の剣闘士たちもざわついた。
「光った……?」「いや、見間違いか……?」
次の瞬間には、光は跡形もなく消えていた。
ただ掌に残った熱と痛みだけが、現実だった。
(……俺自身もわからねぇ。でも確かに“何か”が出ようとした)
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「面白ぇ……」
ジャレドが一歩退き、笑みを浮かべる。
「お前……檻の中で一番化け物になるかもしれねぇな」
敵意とも興味ともつかぬ視線が突き刺さる。
嘲笑していた周囲の剣闘士たちも、畏怖を隠せなくなっていた。
セリナが駆け寄り、俺の腕を支える。
「ドーレイさん!もう無理ですってば!」
「……いや、まだやれる」
荒い息を吐きながら拳を握りしめる。
血の奥で、確かに何かが脈打っていた。
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その時、重い足音が訓練場を支配した。
ガルマだ。片目を光らせ、俺たちを見下ろす。
「……檻の中で怪物を育てるのも、悪くねぇ」
低い声が響き、訓練場の空気が凍り付く。
俺は歯を食いしばり、心の中で呟いた。
(次は……絶対に“勝ち取る”)
砂に滲んだ血が、冷たい風に乾いていった。
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