第10話 不死身は偶然か、必然か
場内に一歩踏み込んだ瞬間、視線が一斉に突き刺さった。
「不死身のドーレイだ」と囁く声はあったものの、響き渡る大歓声の大半は相手へのものだった。
「ヴェラ様ぁ!」
「今日も舞ってくれ!」
「相手はアイアンだろ、瞬殺だ!」
舞台に上がる前から、勝敗は決まっているかのような空気だった。
⸻
対峙するのは、ブロンズランクの剣闘士ヴェラ。
腰まで届く赤髪を高く結い、艶やかな布衣を翻すように細身の剣を構える。
まるで踊るような足捌きで砂を蹴り、軽やかに間合いを詰めてきた。
「ようこそ、前座の舞踏へ」
挑発めいた笑みを浮かべながら、剣が閃いた。
ギンッ!
火花が散り、粗末な鉄剣が悲鳴を上げる。
二撃、三撃……目にも止まらぬ速さで突きと斬撃が繰り返され、全身に浅い傷が刻まれていく。
「くっ……!」
熱い血が流れるはずなのに、不思議と痛みは鈍い。
むしろ、すでに出血が収まり始めている箇所すらあった。
観客の熱狂はヴェラ一色だ。
「ほら見ろ、もう押されてるぞ!」
「またヴェラ様の舞が見られる!」
⸻
だが――決定打は来ない。
幾度も斬りつけられ、砂に血を落としても、俺の足は崩れない。
「なんで……倒れないの?」
至近距離でヴェラの瞳にわずかな動揺が走る。
俺は荒い息を吐きながら笑った。
「悪いな……どうやらしぶといんだ」
次の瞬間、彼女の剣が大きく振りかぶられる。
観客の期待を背負った一閃。
「これで……終わり!」
ギィンッ!
鋭い刃を受け止め、渾身の力で押し返す。
ヴェラの身体が大きく揺らいだ。
反射的に俺は、粗末な鉄剣を大ぶりに振り抜く。
ガァンッ!
切れ味の悪い刃だったが、衝撃は十分だった。
ヴェラは剣を落とし、脇腹を押さえて砂の上に崩れ落ちる。
観客席からどよめきが広がった。
「嘘だろ……!」
「不死身が……また勝ったのか!?」
歓声と罵声、驚愕と怒号が渦を巻く。
だが確かに、俺は立ち、相手は倒れていた。
⸻
(……見えなかった。攻撃なんて、何一つ)
俺は荒い呼吸を整えながら、震える手で剣を握りしめる。
(ただひたすら耐えて、偶然押し返せただけだ。
……それでも、ラガンの時とは違う。あれだけ斬られても致命傷はなかった。
これが、《ガマン+》の力なのか……?)
あの時の赤黒い剣は現れなかった。
やはり偶然だったのか、それとも条件があるのか。
答えはまだ出ない。
だが一つだけ確かなのは――俺はまだ立っている、という事実。
⸻
控室へ戻る通路の途中、場内から轟音のような歓声が湧き上がった。
「セレナードだ!」
「血の歌姫の試合だ!」
観客の熱は、一瞬で俺から彼女へと移っていく。
それでも構わない。
拳を握りしめる。
(次は……俺が、あの舞台をさらう番だ)
今回もお読みいただきありがとうございます!
不死身と呼ばれながらも、まだまだ偶然に助けられているだけのドーレイ。
ここからどう成長していくのか、ぜひ見守っていただければ嬉しいです。
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次回もぜひお楽しみに!