第1話 社畜、死んで奴隷に転生する
72時間、不眠不休。
けれど、そんな地獄はいつものことだった。
蛍光灯の白光が昼夜の区別を奪い、
積み上がった書類とPCの排熱で空気は淀んでいる。
深夜、掃除の音だけが響くオフィス。
外は冬なのに、室内はサーバーの熱でじわりと汗ばむ。
毎日十八時間の労働。
休日は数ヶ月に一度あるかどうか。
胃薬とエナドリを常備し、
無機質なキーボードを叩く音だけが自分の生存証明。
ブラック企業の営業──堂礼一真、三十二歳。
「堂礼くん、よくやった! これで今期は安泰だ!」
「これで契約は間違いない!」
机の上の数百ページの資料は、
大口の契約を確固たるものにするための、会社にとって絶対に必要な資料。
何度も差し戻され、72時間かけてつくりあげた血と汗の結晶だ。
上司たちは歓声を上げ、
蛍光灯の光が白い紙面を照り返す。
……おかしいな。
成功の瞬間なのに、胸がひどく冷えている。
もう、いい。
もう、本当に、限界だ。
「……これで、やっと……休める……」
呟いた瞬間、視界が傾き、机に突っ伏した。
音が消え、光が消え──
疲れ切った身体が、ふっと浮いたように軽くなった。
──終わった。ようやく。
……そのはずだった。
次の瞬間、白光が目の裏から世界を焼いた。
◇
砂の匂い。鉄の軋み。血と汗が混じった生臭さ。
まるで乾いた砂漠の風が、鼻腔の奥まで入り込んでくる。
喉がひりつくほどの乾燥した空気。
ゆっくり目を開けると、そこは暗い鉄格子の牢だった。
石造りの床の上に、細かい砂が薄く積もっている。
天井近くの壁には、鉄格子の嵌められた、小さな明り取りの窓。
そこから外の砂色の光が差し込み、
風が吹くたびに、さらさらと砂を運んでくる。
砂粒が鉄格子を叩き、乾いた音を立てて転がった。
「……どこだ、ここ……?」
鉄格子の向こうには、広い地下の通路が続いている。
灯りは松明だけで、炎が壁に揺らめく影を作っていた。
湿り気と砂の入り混じる、奇妙な空気。
周囲には色の黒い、痩せこけた囚人たち。
砂に汚れた顔で、こちらを値踏みしている。
「あいつ、ずいぶん色が白いな」
「イストリアあたりの貴族か? ひ弱そうだし」
囚人たちの衣服は麻布一枚。
床には藁もなく、石と砂の感触がむき出し。
吐く息さえ乾いて、すぐに喉が痛む。
聞こえる言葉は日本語でも英語でもない。
だが、意味は理解できる。
まるで脳の奥に直接流れ込んでくるように。
──俺、死んだのか?
机に突っ伏して、そのまま……過労死。
その現実が胸の奥で固まり、ぞくりと背筋が冷えた。
なら、ここは……異世界?
転生というより、転移したのか?
思考をまとめようとした瞬間、首に妙な違和感を覚える。
手で触れると、冷たく硬い金属の輪が嵌められていた。
鉄ではなく、石でもない。
どこか“魔術的”な光が、かすかに脈動している。
その首輪の光を見て、近くの兵士が鼻で笑った。
「スキルは……タフネス、だけか。外れだな。見世物にちょうどいい」
隣の囚人が嗤う。
「聞いたか新入り。タフネス持ちは肉壁扱いだ」
奥からも嗄れた笑いが響く。
「タフネス奴隷はすぐ死ぬ。見世物にすらならねぇかもな」
……待て。タフネス?
外れスキル?
“すぐ死ぬ”?
足元の石と砂の冷たさが、現実を突き刺してくる。
普通、異世界転移ってもっと……
チートスキルとか、主人公補正とかあるだろ。
社畜の次は──奴隷?
人生リセットのはずが、
難易度が“地獄”に上がってるってどういうことだよ。
一話最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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2025/11/23
自分で作品を読み返してみると、すごく恥ずかしい誤字脱字や表現の誤りが多々あったため、少しずつ改稿させていただきます。
内容は全く変更しませんので、ご安心ください。
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