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6. 月を征く者

2対1の危険な戦いに挑むマーサはどうなってしまうのか。

ep.7 (第6話)を投下致します。

 マーサ・ハドスンの身に迫る鋼鉄の角灯(ランタン)と毒の長針(ながばり)

ランタンが当たればマーサの頭と言わず身体と言わずひしゃげ、或いは潰れ、

無事では居られない。

ランタンを躱せば、避けた先を貫く様な軌道で数本の毒針が放たれている。

針で麻痺させた後は(なぶ)り殺し。

角灯のジャック(ジャックオーランタン)苏西究(スージー・Q)

マーサは知る(よし)もないが、何かとコンビを組む事の多い二人が

修練を重ね、必殺を確信して放った一撃であった。

「!?」

「!!」

スージーは先のマーサと切り裂きジャック(ジャック・ザ・リパー)の戦いを覗き見ていたし、

角灯のジャックもスージーに話は聞かされていた。

その二人にしても(なお)、信じ難いものを目の当たりにしていた。

まずマーサはゆらりと前方に身体を倒し、ランタンを頭上に躱した。

そのまま地面に伏すまでに針が1本2本は突き刺さる、と見て、スージーは

その下卑た笑みを一層大きくしたのだが、その目がかっと見開かれた。


()()()()()()()()()!?


 マーサは頭に迫るランタンを斜めに(かし)いでやり過ごした後、

倒れ伏す事無くそのまま直立し続け、崩れた姿勢を狙い突き刺さるはずの毒針は、

背の上や胸、腹の下を(むな)しく通過していた。

さながらスキージャンプの選手が空中を滑空するかの様な姿勢で

そこに静止していたのである。

すぅっと姿勢を戻し、小首を捻って二人を見やり何事か思案するマーサ。

丸眼鏡の奥で眼差しが底光りする。

紺色のデイ・ドレスと相まって、その姿は獲物を狙う闇夜の(ふくろう)を思わせた。


 「…本物の化け物アルか!?」

激昂しつつも下卑た笑みは絶やさず、再び長針と、新たに羽扇(うせん)を取り出すスージー。

(ふち)(にぶ)く光っているのは(やいば)でも仕込んであるのだろう。

「…」

ジャックも呼応する様に、無言で棍棒を構え直す。

(ミウラ伯なら、()()()()()叩き伏せるのでしょうけれど、()()は私には

咄嗟(とっさ)に出来るものでもなし…)

このマーサにして、不得手な技があるらしい。

しかも宗家伝承者たるミウラ伯は、マーサをも上回ると言うのか。

バリツとはどこまでも底が知れない。

(出来ぬものはしょうがありません、出来る事をしましょう。)

改めて二人に向き直り、歩を進めるマーサ。

「!?」

「あ、(あね)さん…何、あれ…」

マーサは無造作に歩き二人に近づこうとしていた、していると見えた。

だが一向にその距離は縮まらず、その場から進まない。

足踏みではない、()()()()()()()()()()()!?

と、瞬時に歩が進みマーサがスージーの目の前に迫る。

「ひぃ!?」

悲鳴を上げつつ反射的に羽扇(うせん)で切りつけるスージーだったが、

マーサはくるりと旋回し難なく躱す。

そのままジャックに向かい、鋭い拳撃を放つ。

(皮膚は硬いな、肉質は存外しなやかだ。)

数発当たったが元々牽制(けんせい)と探りの為のジャブ(ゆえ)、ダメージはなかろう。

ジャックは困惑しつつも流石に肝は据わっている様で、棍棒を二度三度と振るう。

が、これも全て躱される。

仕切り直しとばかりにジャックがランタンの鎖を振り回し、マーサはついと離れる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


・・・


 バリツに、『月歩(げっぽ)』と呼ばれる歩法、フットワークの技術がある。

独楽(こま)立ち』と併せ、バリツに於いては己の身体を意のままに制御する

と共に、眩惑的(げんわくてき)なフットワークを可能にする、基本、()つ特徴的な技術である。


 時は室町時代、昧光(まいこう)上人と云う有徳の僧侶がいた。

大層民衆の信仰を集めていたが、それを時の権力者に危険視され、

幾度となく捕り手を差し向けられる事となった。

しかし、上人は不可思議な歩法を用い、決して捕らえられる事なく

逃げおおせたと言うのである。

 (いわ)

前へ歩いていると見えながらその場から進まない。

進まぬどころが尋常ならざる速度で後ろへ下がる事すらある。

真っ直ぐ立ったまま身体を斜めにし、矢弾も縄も躱す。

身体が斜めに(かし)いでも決して倒れる事がない。

果ては塀や壁に飛びついたかと思うと横向きのまま5歩も6歩も走って

捕り手の頭上を駆け抜けた等、その伝説は枚挙に(いとま)がない。


ほとんどは民衆の口伝(くでん)であり、一部には尾鰭(おひれ)も付いていようが、

言う迄もなく、昧光(まいこう)上人はバリツの技を修めた者であった。


 時は進み20世紀のアメリカ。

一人の青年シンガーがいた。

幼い頃からアイドルとしてそれなりに成功している身ではあったが、

アーティストとしてより多くの人々を幸せにしたい、漠然(ばくぜん)とそんな想いを

胸に秘めつつも、どうして良いか分からず伸び悩んでいる時期に、

彼はバリツと出逢(であ)った。

修行は厳しかったが一心不乱の修練の末に、バリツの技術を体得するに至った。

そしてダンスとステージパフォーマンスにその技を応用したのである。


フィギュアスケートの妙技を見ているかの様な歩み。

まるで無重力の様なあり得ない姿勢。

人はこの様な動きが出来るものなのか…!

世紀のシンガー・ダンサーとして彼は世界を魅了し、人々は絶賛した。

皆は彼をこう呼んだ。


月を征く者(ムーンウォーカー)


21世紀に入り、彼は現代ではまだ若いと言われる年齢で惜しくも世を去ったが、

敢えてその名をここに記すには及ばない。

賢明なる読者諸兄には偉大な『キング・オブ・ポップ』の名を知らぬ者など

居らぬであろうから。


・・・


 「あ、(あね)さん…あれ、良くない…間合いとタイミング、分からない…」

言いながらもジャックはスージーの前に割って入り、マーサとの距離を

詰めていく。

これは勇気なのか、(ある)いは無謀なのか。

「ホントにおっかないおばちゃんアル、こりゃ(あるじ)様でなきゃ無理かも…

ランタン、無理はしないネ、いざとなったら逃げるアルよ!」

一筋縄ではいかぬ相手と得心したスージーも気合を入れ直す。

(どちらも相応に腕は立つけれど、特に娘の方は一枚落ちる。

我ながら悪辣(あくらつ)なやり方とは思いますが…)

ポケットに手を忍ばせながら、マーサは滑る様に歩を進める。

巧みに二人の目を眩惑(げんわく)し、何時(いつ)しか巨人と娘の間に入っていた。

「!…しまったアル!」

「あ、(あね)さん…危ない!!」

二人が叫んだ時には既に1ペニー銅貨がスージーの鳩尾(みぞおち)に撃ち込まれていた。

飛銭(ひせん)の技』である。

どれ程の衝撃であったか、吹き飛ばされ地に転げ、げほげほと()き込むスージー。

(あね)さん!…ウガァァア!!」

ジャックがマーサの頭を目掛け、棍棒を叩き込む。

その右手首の辺りを左肩で受け止めると首で挟み込み、電光の様な速度で

左上段回し蹴りを放つ。

狙うはジャックの右肘!


バキィ


大木の(ごと)き剛腕とても、逆関節から尋常ならざる速度で蹴り抜かれては

ひとたまりもない。

ジャックの右肘はもろくも折れていた。

「グワァァア!」

痛みを感じているのかいないのか、残った左腕でランタンを叩きつけようとする。

マーサも左手でこれを受けるとランタンが当たらぬ様すいっと軌道をずらす。

そして左腕を捉えたまま、その『外側』から強烈な右フックを打ち込んだ。


ゴキィ


巨人の左腕をへし折った挙句、更にはその(あご)を打ち抜き脳を揺らす。

さしもの巨人が白目を()き、()()と倒れた。


哎呀(アイヤー)、ランタン! おばちゃんが、よくもやってくれたアルね…」

口元に血を(にじ)ませ、よろよろと立ち上がったスージーが

気配を察し振り返ったマーサへ憎々し気に言い放つ。

この期に至っても下卑た笑顔を絶やさないのは、いっそ立派と言っていいのか。

だがその眼差しは怒りに燃えていた。

痛む腹を押さえながらも、もう一方の手に暗器を構え、マーサに対峙する。

と、マーサの背後で()()()獰猛(どうもう)な気配が動く。

「あ、(あね)さん…こいつ、駄目…危ない…逃げて…」

どこまでタフなのか、脳を揺らされ昏倒したはずのジャックが立ち上がっていた。

そして両腕は使えぬまま、マーサに猛然と突進する。

そのマーサは既に必勝の一撃を放つ構えである。

「ば、馬鹿!?気が付いたならお前も逃げるアルよ、無理すンな!!」

スージーは咄嗟(とっさ)の事に身体が動かず、ジャックの援護も出来ない。

マーサが動いた。

あの霜柱のジャック(ジャック・フロスト)をも真っ二つに砕いた神速の『鎧通し』を、

鍛える事の出来ぬ急所、人中(じんちゅう)に目掛け、撃ち抜いたのである。

死を免れ得ぬ一撃であった。

「ラ、ランタン―ッ!!」

スージーの叫びも(むな)しく、巨人は再び倒れ伏す。

「さて、貴女(あなた)には聞くべき事が山程あります。

大人しく同行願いましょうか。

大人しく出来ないなら気絶させて連れ帰りますが。」

「……」

白磁の表情で告げるマーサに対し、スージーは厭らしい笑みを浮かべたまま無言。


その時、信じられぬ事が起こった。

「グアァァァア!!」

如何(いか)な執念の為せる(わざ)か、絶命したはずの巨人は

咆哮(ほうこう)と共に再び立ち上がったのである。

流石のマーサも驚愕(きょうがく)を禁じ得ない。

先の一撃の後、確かに()()()()()()()()()()()()()

「ア…(あね)さン…逃げ…逃ゲロ!!」

「ランタン!…ごめんよ、ごめんよぅ!

…おばちゃん、この恨みは忘れないアルよ!

再見(ツァイチェン)!!」

涙声で叫ぶや否や、スージーが何やら地面に叩きつける。

毒々しい色の煙が濛々(もうもう)と上がり、とても飛び込んで行けるものではない。

煙が吹き流された後には娘の姿はなかった。

ならば、とマーサは改めて巨人に向かう。

(次は…心臓を叩き潰す!)


・・・


 朦朧(もうろう)とする意識の中、角灯のジャック(ジャックオーランタン)は己の半生を思い起こしていた。

元々、この国(イギリス)の生まれではなかった。

諸国を放浪していた苏西究(スージー・Q)と、彼女が『(あるじ)様』と呼ぶ男性に

拾われ、生命を救われたのである。

父親の顔は知らない。

母親と二人、家と呼ぶのも(はばか)られる様なあばら屋に暮らしていた。

母親は何で稼いでいたのか分からない。

恐らくは客を取って糊口(ここう)(しの)いでいたのだろう。

自分はまだ10歳を過ぎた程度の年齢であったが、その頃には既に並みの

大人より大柄で力もあった。

荷運びの手伝い等をしていたが、餓鬼(ガキ)だから、と駄賃程度の金しか

もらえなかった。

他の連中より随分働いているはずなのに、と不満に思ったものである。


 ()る日、偶々(たまたま)仕事が早く引けて家に帰ったところが、家が燃えていた。

「母ちゃん!」

服に火が着くのも構わず飛び込んだ家の中で、母親は胸をナイフで刺されて

死んでいた。

客が支払いを渋ったか、或いは端金(はしたがね)でも奪おうと刺し殺し、

逃げるついでに火付けしたのだろう。

動かぬ母親を抱きかかえ、全身火達磨で焼け落ちる家から逃れ出た。

(俺、こんなんで死んじまうのか…水、飲みてえな…)

倒れたまま薄れていく意識の中で考えていると、自分を覗き込む顔と目が合った。

実に厭らしい、下卑た笑顔をしたお姉ちゃんだった。

哎呀(アイヤー)、ひどい火傷アルよ!まだ子供…

随分でかいアルね、子供か?ともかく酷い事する奴もあったもんアル。

(あるじ)様、こいつ助けられないアルか?」

(このお姉ちゃん、何てぇ(ひど)表情(かお)してるんだ。

普通にしてれば大した美人さんだろうに…)

場違いな事を思いつつ、気を失った。


 自分は助かった。

「丈夫に産んでくれた母親に感謝するのだな。」

治療をしてくれた『(あるじ)様』は言う。

母ちゃんも二人が埋葬してくれたそうだ。

治療費なんぞ払えないのだが、と伝えたが、それは構わんとも。

替わりに全身の火傷の(あと)は手のつけ様がなく、一生残ると言われた。

あの(ひど)表情(かお)のお姉ちゃんが寝ずの看護をしてくれたそうだ。

後でお礼を言うついでに助けてくれた理由を聞いたら、柄にもなく

恥ずかしそうに、「死んだ弟に目が似ていたから…」と言われた。

お姉ちゃんはいい身分の生まれだったが、弟さんや家族は皆殺されたのだそうだ。

お姉ちゃんだけは『(あるじ)様』のお陰で生き残ったが、その時の怪我が原因で

あの厭らしい笑顔しか出来なくなったらしい。

子供心に、世の中(むご)いもんだと思った。

「そう思うなら…」

二人が笑う。

「どうせなら、お前も(むご)い事をする方にならないかい?」

(ああ、俺は悪魔に捕まったんだ。)

二人の笑顔を見て心底そう思う。

(でも…こんな悪魔なら捕まってもいいや。)


 二人に付いて、自分も旅をする事になった。

行く先々には『(あるじ)様』の別荘や隠れ家があり、部下の人達もいたが、

自分は見た目の事もあり、あまり仲良くなれる人はいなかった。

例外は『(あるじ)様』とお姉ちゃん…(あね)さんだった。

「ひどい顔になっちまったアルからね。

でもまァ、あたしとそんな変わらないアルよ、切り替えてこー!」

パァン、と背中を張ってくれる(あね)さんの手が心地よかった。


 旅をしながら、戦い方や荒事を仕込まれた。

(あるじ)様』には「力もあるし、なかなか筋が良い。」と随分褒められた。

悪い事をしている自覚はあったが、母ちゃんを殺した奴と何が違う?

誰かに悪い事をされたなら、その悪い事はいつか誰かに返る。

因果は巡る、と言う奴だ。

後には『(あるじ)様』の怪し気な『施術』で『怪力乱人(かいりきらんじん)』になった。

角灯のジャック(ジャックオーランタン)』と言う大層な通り名ももらった。

以前にも増して恐ろしい姿になったが、『怪力乱人(かいりきらんじん)』の仲間達は

俺に勝るとも劣らぬ凄い見た目の奴ら揃いだった。

だからと言う訳でもなかろうが、怪人同士では存外仲が良い。

しばしば冗談も言い合うくらいには俺も仲良くなった。

だが、何と言っても俺と(あね)さんが組んだ時の仕事は抜群だった。

そうだ、俺はずっと(あね)さんと…


・・・


 「俺ハ…(あね)さんニ…付いて行くんda…どこまでmo…いつまでm…」

何時しか、異形の巨人、角灯のジャック(ジャックオーランタン)は立ったまま絶命していた。

今度こそ心音は完全に止まっている。

長い残心の(のち)(ようや)くマーサは構えを解いた。

(今夜は寝る前にお茶よりもお酒が要りそうだ…スコッチが飲みたい…)

(ひど)くやり切れない(おも)いが残る戦いだった。

おかしいな、何でこんなに長くなったんだ?

もっとすっきりした話で済むはずだったのに、

ランタンとスージー・Qが「もっと活躍させろ」と騒ぐのです。

書く程に話が溢れて零れる零れる…

キャラクターが勝手に動くと言う状態に合点が行きましたです、はい。


『月歩』やら『独楽立ち』やらと造語しておりますが、

ぶっちゃけ『ムーンウォーク』や『JOJO立ち』のイメージですね。


城内はマイケル・ジャクソン並びに荒木飛呂彦先生を超リスペクトしております。

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