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2. 切り裂きジャックの跳梁

19世紀のイギリスと来れば、切り裂きジャックの事件は外せない処です。

なお、今回は残酷描写がありますので、苦手な方はご用心下さい。

 「殺人だ!恐ろしい人殺しだよ!『切り裂きジャック』がまた現れたよぅ!!」

新聞売りの少年が声を張り上げる度、往来を行く人々は我先に、一部、

また一部と新聞を買い求める。

今、ロンドンが、いやイギリス全土が恐るべき殺人鬼の話題に揺れているの

だった。


・・・


『切り裂きジャック』は『ホワイトチャペルの殺人鬼』『革のエプロン』等の

異名もあるが、1888年からロンドンのホワイトチャペル周辺で犯行を

繰り返した正体不明の連続殺人犯である。

同年の秋から冬にかけ、実に5件の殺人が行われた。


 犠牲者はいずれもイーストエンドのスラムに住み、客を取っていた娼婦達。

犯行は凄惨を極め、喉を切り裂かれた上に主に顔や腹部、特に下腹部を

念入りに切開され、何人かはその内臓を持ち去られる、というものであった。


 捜査を翻弄するかの様に、スコットランドヤードや自警団、また新聞社等の

メディアには本物とも偽物ともつかぬ多数の手紙が送り付けられたが、

中でもホワイトチャペル自警団に届いた手紙には犠牲者から奪った物と思しき

人間の内臓が添えられていた。

手紙を開封した哀れな自警団員はその後深刻な心的外傷(トラウマ)に悩む事となった。


 このセンセーショナルな事件は新聞によって大々的に報道され、

全イギリスはただ一人の凶人とその恐怖に震え上がったのである。


・・・


 マーサとミウラ伯とが語らう史料編纂室の扉をノックする者がある。

「構わぬ、入り給え。」

伯が鷹揚に応えると、黒服に黒眼鏡の男が音もなく滑り込んで来た。

身のこなしに隙がない。

言うまでもなく、この男もミウラ機関に属し、バリツを修める者である。

 

書簡を受け取り何やら耳打ちされた伯の表情から笑みが消え、剣呑な

物になった。

「委細承知した。ハドスン夫人が()()する。卿らはバックアップの用意を。」

男は一礼すると、再び滑る様に部屋を退出した。

一瞬、眩しいものを見る様に、賞賛と羨望の眼差しでマーサを見やる。

稀にこの部屋を訪れる来客の貴族や王族を除けば、ミウラ伯に手ずから

茶を供される者はそう多くはない。

機関の一員にしてその栄誉に浴するマーサは、エージェントとして、また

バリツの使い手として伯より超一級のお墨付きを得ている様なものであった。


「仕事、ですか。」

「近頃ロンドンを騒がせている殺人鬼の事は存じていような?」

「ええ、痛ましい事件ですわ。で、私に相手をせよ、と。」

「うむ。弟子の件は一旦後回しだな。国民の心胆を寒からしめる凶悪犯罪者に

ついて、生死は問わず、確実に仕留めよ、との命だ。そして…」

伯が居住まいを正して続ける。

「女王陛下より特別のお言葉を賜わっている。曰く、

『恐るべき殺人鬼を打倒せしめ、()()()()()()()()()を護りなさい。』

との仰せだ。」

女王陛下(いと髙き方)の名は讃えるべき哉。」

表情にこそ出さぬが、マーサはある種の感動を持ってこれに応える。

「承知致しました。王命、拝領致します。」


・・・


 ホワイトチャペル、夜のスラムをマーサが行く。

紺のデイ・ドレスは闇に紛れ目立たないが、白磁のごとき顔はそれ自体が

ほんのりと光っているかの様だ。

そして眼鏡が時折ガス灯か何かの光を反射する。

殺人事件は大きく報道されたから、この処は酔漢も街角に立つ娼婦も

深夜には外出を自重しているものと見え、ほとんど見当たらなかった。


「さて、巧く行き会えると良いのだけれど…」

灯かりの届かぬ路地裏に向かいつつ一人ごちるマーサ。

と、物陰からのそりと現れた影がある。

「…!」

恐怖こそ覚えなかったが、絶句した。


 小山のごとき、筋肉の塊、としか形容の出来ぬ存在がそこにあった。

布で覆っている腰回り以外の露出した肌が青い。

病的な青白さではなく、人とは思えぬ青い肌の色をしている。

部位によっては更に緑に変色していた。

指の股に5本、いや6本か、尖刃刀(メス)を挟み込んでいる。

しゅうしゅうと息を吐きながら血走った眼でマーサを見据え、

呂律の回らぬ口調で筋肉の塊が言った。

「下衆な娼婦め…地獄の執刀医、切り裂きジャックの手術を受けるがいい。」

(酔っている…いや、この異様な肌の色もそうだが何かの薬物か…?

説得は無理、鎮圧に留めるのも流石に危険か…止むを得まい。)

瞬時に相手を観察し、覚悟を決める。

「…お生憎ですけれど、わたくし娼婦ではありませんのよ。」

会話しつつ、既に双方は臨戦態勢である。

折しも通りかかった野良猫が一声鳴いた。


にゃおう。

それが戦いのゴングであった。


 凄まじい速度でジャックはマーサに迫る。

先のレストレード青年のそれとは違い、洗練された動きではないが、

人とは思えぬ獣の如き速度であった。

だが。

「!? 何故だ、何故当たらぬ、捕らえられぬ!!」

二合、三合と切り結ぶ内に、ジャックは目に見えて焦り始める。

(たかが娼婦(と彼は思っている)が何故こうも俺の突進を躱せるのだ!?)


 ジャックが極めて危険な相手である事は言うまでもない。

明確な殺意を持って向かってくる相手が危険でない事はあり得ない。

あり得ないのだが、実のところ、これ程発達した筋肉が衣服も着けず

露出しているならば、マーサの目にとってはその動きが筋繊維の一本までも

見て取れ、健の収縮する音も五月蠅い程に耳へ届いている。

「これからこの様に動きます」と自ら申告している様なものであった。

『心・技・体』と言うが、ジャックがマーサに勝るのは力のみと言えた。


 尖刃刀(メス)の切っ先をミリ単位で躱す、躱す。

時には旋回し、レイバック・イナバウアーの如きポーズで仰け反り、

そしてゼロ・グラヴィティの如く斜めに直立し、静止する様を目にする

に至って、ジャックは混乱の極みに達し叫びながら飛びかかる。


ひぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁ!!


マーサは突き出されたジャックの右腕を苦も無く捉えると、その腕を

軸に大車輪、逆関節を取ると反動で以て肩に背負い、地に叩きつけた。

見事な逆一本背負いである。


ぼくん。

と嫌な音を立てて肘の関節が折れていた。


あぁぁ…!あぁぁぁ!!


 痛みを感じているのかいないのか、虚ろな悲鳴を上げながら、なおも

ジャックは無事な左手に尖刃刀(メス)を構えてマーサに向かう。

 その時既にマーサはロンダートから後方倒立回転跳びで二転、三転、

ジャックの頭上まで高く跳び上がり、回転する勢いのまま首元を蹴った!

と見えたが、蹴りは当たらずジャックの後方に飛び退り着地する。

「何だ…?」

振り向きつつ疑問の声を発するジャック。

「あ…」

その瞬間、首元から凄まじい勢いで血を噴き出し、暫し棒立ちしていたが、

やがて声もなく倒れ伏した。


 一説に、武術の達人はその突きや手刀、蹴り足の速度で相手の身体を切り裂く

真空波をも作り出すと言う。

挙句、フィンガースナップで人を真っ二つにした達人の伝説すらある始末。

これは流石に眉唾であったろうが、超絶的な回転と速度から放たれたマーサの

蹴りは真空波こそ生まぬものの、彼女の靴底の縁は外れる事無くジャックの

首筋を一撫でし、その頸動脈を過たず断ち切っていたのである。


・・・


 程なく、黒服に黒眼鏡の男達が現れ、ジャックの遺体を運んで行く。

「ご苦労様です、ハドスン夫人。いつもながら鮮やかな手並みでした。」

「皆さんもお疲れ様です。騒がしくなる前に、速やかに撤収致しましょう。」

音もなく立ち去るマーサと機関の面々。

辺りは先程の死闘が嘘の様に静まり返っていた。


 が、物陰から一部始終を見守っていた者がある事に、機関の者達も、

ハドスン夫人すらも気づいていなかったのである。


 艶めかしく身をくねらせ、羽扇で表情を隠しながら現れたのは、

チャイナドレスに身を包んだ、妖艶な娘であった。

哎呀(アイヤー)、彼奴、連れ戻す前に持ってかれちゃったアル。

彼奴ら、()()()過ぎると言う事聞かないのが問題アルね。

変なおばちゃんもいたし…変な連中もいたし…そもそも彼奴死んでたし…

まぁ、しゃーない!切り替えて(あるじ)様に御報告アルよ。」


・・・


 凶人・切り裂きジャックは倒れた。

しかし、『切り裂きジャック事件』はこれで収まる事無くその後3年間に渡り

発生し、合わせて最低でも11件の犠牲者を出すに至り、未解決事件となった。


実の処、1888年の5件以降はジャック本人ではなく、それも一人以上の

模倣犯に因る犯行であると目されている。


 この恐るべき事件が未解決に終わり、犯人の特定・逮捕に至らなかった事は、

誠に慚愧の念に堪えない。


スコットランドヤードら司法の番人にとっては苦い敗北の記憶となったと共に、

機関の者達にとっても、かくも凄惨な事件を模倣する者が自国に存在する事に

忸怩たる思いを禁じ得なかったのである。


弟子のお話になると思いました?可愛くないジャックちゃんメイン回でした。

事件そのものの内容は割と史実に沿って記載しております。

怖いですね、恐ろしいですね。

切り裂きジャックの見た目は漫画・刃牙シリーズの中でも、

特にごつい筋肉ダルマな皆さんのイメージでしょうか。

なお実在する特定の人種を想起する事のない様、青い肌の怪人としております。

怪人はいない、イイネ?

審判・にゃんこ先生は映画『ドラゴンへの道』からの伝統ですね。

フィンガースナップの下りは…考えるな、感じろ。


城内は『ジャイアントロボ・THE ANIMATION』を

超リスペクトしております。

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