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1. What is Baritsu?

序章を経てバリツの謎に迫る第一話、始まります。

 ロンドンのあまり目立たぬ政府筋の建物。

その中の更に目立たぬ一室を訪れるマーサ・ハドスンの姿があった。

先頃の他流試合の折には道着姿であったが、流石に今は地味な紺色の

デイ・ドレスを纏っている。


部屋の扉には『史料編纂室』とある。

扉を開けるや、形の良い眉の片方がほんの僅か、数ミリ程上がる。

マッチャ(抹茶)の日だったか。)

部屋の主が茶を立てていた。

ビクトリア朝の調度品に囲まれ、和服の男性がテーブルで茶を立てる姿は

何とも不思議な光景だ。


「まぁそう嫌そうな顔をするな。まずはこちらに掛けて一服やりたまえ。」

微かな眉の動きすら見抜いたこの男は、先の試合で審判を務めた道場主である。

「別にマッチャが嫌いな訳ではありません。ただ、慣れません。」

初めて抹茶を味わった時の事を思い出し、不覚にも片眉が更に数ミリ上がった。

(あれは出会い方が不幸だったのだ。)


初めて抹茶を見た時、その緑色にも驚いたが、先にミルクを入れてある様子に

些か不調法ではないかと感じた。

(お茶であれば、ミルクかレモンかはこちらに選ばせて欲しいのだけれど…)

「!?」

一口含んだ茶に、ミルクなど入ってはいなかった。

未知の味に驚いたマーサは吹き出しそうになるのを堪えつつ、

表情は崩さぬまま目を白黒させるという離れ業をやってのけたものである。

以来、抹茶の味わい深さは理解したが、どうも苦手意識が拭えない。

リョクチャ(緑茶)というのは落ち着いた味わいで気に入ったのだけれど。)

レモンを垂らして飲みたいものだ、と日本人には少々ギョッとする様な事を

考える。


一方、愉し気に茶を立てる『日本かぶれ(ジャポネスク)』のミウラ伯は、

ロンドン郊外に何やら日本武術の道場を構える傍ら、史料編纂室の室長を務める。

道場に幾足りかの門下生の姿は見られるが、一般には門戸を開いていない。

総髪に日頃から和装を好み、史料編纂室は閑職と見なされている割には、

私邸ばかりか職場にも日英一級の調度品を誂える等、妙に羽振りが良い。

生来の強面に加え、悪鬼(オーガ)もかくやと言わんばかりの笑みを浮かべれば

気の弱い女性や子供等は泣き出すか、気死する事もしばしば。

しかし恐ろし気な顔に似ず、公私に渡り善性の人である。

その家名からイタリア系、或いは『ミュラー』との読み間違いから

プロイセン系と見られる事も多いが、日本の血も入った

オランダ系イギリス人である。


 史料編纂室、その実はイギリスの陰の部分を支える諜報機関、

『ミウラ機関』の長にして、イギリスに於ける『バリツ』の宗家たる

三浦(ミウラ)家現当主、按針(アンジン)12世、

この『日本かぶれ(ジャポネスク)のミウラ伯』の正体であった。


・・・


 関ヶ原の戦いより約半年遡る1600年、オランダの東洋遠征隊所属の艦船

リーフデ号は豊後国に漂着した。

この船で主任航海長を務めるオランダ系イギリス人、ウイリアム・アダムスは

江戸で神君家康公の引見を受け、その高い学識を買われて250石取りの旗本に

取り立てられ、相模国に采地も与えられた。

欧州人のファーストサムライ、『三浦按針』の誕生である。


 按針の恵まれた体躯、体力と緻密に整理された頭脳に家康公以上の

興味を示したのが、柳生宗矩や服部正成といった、剣術・武術の匠や

諜報・暗殺の技を能くする者達である。

「あの出来物(できぶつ)に本邦の武術を仕込めば如何程の武芸者になろうか。」

「だが我が柳生は惜しいかな江戸御留流の格がある故、伝授する訳にはいかん。」

「宝蔵院や吉岡らも、異人を仕込むとなると、おいそれと首を縦には

振らぬだろう。」

「…()()ならば如何か。」

()()か…悪くないやも知れぬ。「だが()()は所在が

ようとして知れず、少なくとも柳生では掴んでおらん。」

「我ら伊賀も同様、恐らくは甲賀も知るまい…なれば関口や雑賀の

伝手も頼って…」


 こうして、三浦按針は今や名も伝わらぬバリツ総本家当主に引き合わされた。

一説によれば、バリツの達人の耳は健の収縮する音を聴き分け、

目は皮膚の下の筋肉の動きを見逃さぬと言う。

これがアルゼンチン・タンゴのステップを思わせる回転を主体にした

体捌き・足運びと合わさった時、およそ人間の繰り出すあらゆる攻撃を見切り、

数ミリの間隙で躱す芸当が可能になる。

独特な肉体の修練は『独楽(こま)立ち』と呼ばれていた異様な姿勢をも

可能にする。

またあらゆる攻撃を見切り、躱すという事は、転じて人間の繰り出す

あらゆる技を知っている事に他ならない。

更にはそれが人に成し得る技なのかと思われる様な秘奥義の数々。

バリツとは、言わば一種の超人を育て上げる技術体系であった。

 結論から言えば、バリツの深淵に触れた按針は、その魅力に憑りつかれた。

一心不乱の修行の末にその技の深奥を収め、遂には印可を得るに至ったのである。


 この三浦按針から三代後の男子の一人が密出国した。

自身は祖国への帰還叶わず異国の土となった按針が密かに子や孫へ遺した悲願、

イギリスへ帰国を果たし、バリツの技を祖国に伝える事を目論んだものである。

長崎の出島で貿易船に潜り込み清国へ渡り、更にヒマラヤを越えインドを経由し

遂にはイギリスへ帰国が叶った。

シルクロードもかくやと言うべき旅程である。

叶ったは良いが、たどり着いたイギリスでは既に一族郎党も散り散りで、

止む無く暫くはその日暮らしをしておったが、どうした経緯があったものか、

賊に襲われていた貴族の馬車をバリツの技でもって救った事があった。

この貴族が王室警護(ロイヤルガード)の任を担っていたのが、

彼・三浦某にとっての幸運だったのである。


 王室警護(ロイヤルガード)の一員となり、バリツの技を以て頭角を現した。

程なく騎士(ナイト)への叙勲、名を某からアンジン2世と改め、

後には男爵位を授与され、世襲貴族の地位を得た。

更に見どころのある者達に徒手の格闘から諜報・防諜、果ては暗殺の手管までも

教育指導し、要人警護と濡れ仕事(モルクワイエ・ジェラ)のプロ集団が成立した。

以後、表向きは閑職、実態は単に『機関』、或いは『ミウラ機関』と呼ばれる

集団の長を務め、代を重ねる内に子爵、伯爵と位は上がり、現在は12代目に

至っている。


 言うまでもない事であるが、この『機関』こそが世界に名高い秘密情報部、

『MI6』の前身となった事は、賢明なる読者諸兄にとっては自明の理であろう。

多くを語る事は許されないが、イギリスの大いなる繁栄の陰に、バリツの技を

収めた『機関』の猛者(もさ)達による数々の活躍・暗闘があった事は

想像に難くない。


・・・


 「…彼が亡くなってもう半年になるか。先の試合振りを見るに

落ち着いたかね。」

どこか遠い目をしながら、ミウラ伯はマーサに声をかける。

(友の回想をするにもその様に悪い顔をなさるのですか…)

半ば呆れつつも、伯と自身の夫とは本当に気の置けない友人同士であった事を

よく知っていたから、別に悪く取った訳ではない。


 マーサの夫、ハドスン氏は政府の小さいながら重要な部署に勤める官吏で

あったが、生来の病弱な性質(たち)に職務での無理が祟り、闘病の末、

半年前に亡くなっていた。

「惜しい男だった。私にとっては数少ない親友の一人であったしな…」

優しげで線の細いハドスン氏と、理知的な悪鬼(オーガ)そのもののミウラ伯とが

よくも気脈を通じ合えるものだ、とは口さがない官僚連中の言の葉に

幾度となく上がったものである。

「まだ時折寂しく思う事がないではありませんが、覚悟はしておりましたし…

最期は眠る様に…微笑みすら浮かべておりましたから、楽に逝けたものと

信じておりますわ。」

滅多に表情を表に出す事のないマーサだが、どこか優しい雰囲気が感じられる。

穏やかな時間の中、抹茶の苦みと微かに円やかな甘みが二人の舌に沁みていた。


 喫した茶の余韻が薄れた頃合いを計り、伯が再び言葉を発する。

「さて、いつまでも悲しんでばかりもおられぬ。

生活に落ち着きを取り戻したのであれば、新しい事を始める提案を

したいのだが。」

『機関』の長たるミウラ伯の命令は取りも直さず女王陛下(いと髙き方)より下される

命令である。

如何な命令であろうと否も応もない。

もはや眉すら動かさず白磁のごとき表情に戻って言葉を待つマーサに、

人食い鬼の笑みを湛えてミウラ伯が言った。

「時にマーサ、弟子を取ってみる気はないかね?」



説明回は動きがなくて難しいですね。面白く書けていると良いのですが。


タイトル元ネタは 『What is Karate?』(大山倍達)

武術、格闘技には浪漫があるのですよ。


抹茶の下りはあれです、

『カレーだと思って食べたのはハヤシだった 何を言っているか(ry』。


ミウラ伯のイメージはギースハワード(餓狼伝説シリーズ)。

もしくは薬師寺天膳(甲賀忍法帖/バジリスク)。


また、城内の考えるバリツは陸奥圓明流(修羅の門/修羅の刻)と

シナンジュ(レモ 第一の挑戦)を足して2階の窓から投げ捨てた感じ。


シナンジュはモビルスーツではなく、映画『レモ/第一の挑戦』に登場した

古代朝鮮武術の名称です。

あの映画、密かに好きな人は多いのではないでしょうか。

第二の挑戦は未だありませんが。


城内も御多聞に漏れず、『レモ/第一の挑戦』が大好きです。


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