16. You win some, you lose some.
『魔人』傅満洲と『バリツの達人』マーサ・ハドスン夫人。
二人の壮絶な死闘の結末は!?
ep.17(第16話)を投下致します。
ヴェスヴィアス山荘の大広間で向き合うマーサ・ハドスン夫人と
魔人・傅満洲。
傅満洲の右手に握られた黄金造りの豪奢なデリンジャー拳銃は、
その龍の顎…銃口を、過たずマーサの心臓に向けられていた。
「…銃は、お嫌いだったのでは?」
構えた状態から一歩の身動きも出来ぬまま、マーサが問う。
頬から顎へと伝う汗を拭う事も出来ない。
「確かに余は銃を好まぬ。
我らが如何に『仙道』や『バリツ』の技を鍛え上げようとも、
唯一発の弾丸が容易く勝敗を覆してしまう事が悔しくてならぬ。」
「……」
「だが、余は銃を用いぬと言った事はない。
寧ろ射撃に於いても名手と言って差し支えぬ程度の研鑽は積んでおる。
そして、余が銃を用る処を目にした者は、味方であろうと
総て葬って来た。
唯一人、苏西究を除いてな。」
「ならば、『銃を好まない』と言うのは…」
「うむ、『傅満洲、その為人、銃を好まず』とは意図して広めた噂でも
あるのだよ。
その事が、絶体絶命の危機から度々この身を救ったものだ…
今この場の闘いの様に。」
「そこまでしますか…周到な事。」
『小細工』と言わぬ辺り、多少ともその徹底振りへの敬意を感じているのか。
「さて、我ら達人同士の闘いで銃を用いるなら、絶対に躱し得ぬ
『殺し間』と云うものがある。
今の余と汝との距離がそうであるな。
如何に『バリツ』の秘技を駆使しようとも、銃弾は汝の心臓を撃ち抜く。」
「……」
「未練であるが、今一度問おう…マダム・ハドスン、余に仕える気はないか?」
「…その銃を見た者は皆、世を去ったのでは?」
この絶体絶命の時に、マーサの口角が僅かに上がる。
笑っているのか、この時に!
「笑うか…詮無き事であったな。
…ならば、死を賜わるが良い!」
引き金にかけた傅満洲の指に力が籠る。
タンッ
黄金龍の顎が無慈悲な咆哮を上げる。
と、同時にマーサの全身から凄まじい煉気が噴き上がった。
その姿はほとんど青白い燐光を放っているかの様に見えた。
「鬼鋭ーーーーーィッ!」
マーサの喉から裂帛の気合が迸る。
そのドレスの左胸にポッと黒い穴が開き、見る見る内に赤い血の花が…
血の花は咲かなかった。
「!?」
訝しむ傅満洲。
血が噴き出さぬばかりか、ドレスに開いた焦げ穴から黒い塊が顔を覗かせ、
ことりと床に落ち、転がる。
「…『金身羅漢の法』、ここに成れり!」
荒い息をつきながらも、マーサは魔人を見据え、言い放った!
恐らく左胸の骨には罅の一つも入っていよう。
だが、マーサの皮膚と筋肉は気合と共に鋼の如き硬度となり、
彼女の胸を貫かんとする凶弾に耐え切ったのである。
絶体絶命の瞬間が齎す精神と肉体との極度の緊張が、それまで
自身には修得が叶わぬと思われた奥義を体得せしめたのだった。
「フッ!」
マーサは息を詰め、縮地の歩法で以て滑る様に魔人の眼前に迫る。
弾丸を受け止めた胸骨が激しく痛むが、構うものか。
(ええい、ままよ!)
「チィッ!」
跳び退こうとする傅満洲であったが、一瞬遅れた。
否、想像を絶する速度は人の限界を超え、この魔人をして退く事が叶わなかった。
マーサは飛び込んだ勢いのままに…
右の鉄菱で人中を打ち
返す左フックで顎を振り抜き
更に右フックをこめかみに叩き込み
左のローキックで脛をへし折り
右の手刀の振り降ろしで鎖骨を折り
左の鉄菱で胸骨を割り
右ストレートを心臓目掛けて打ち抜き
左の踵落としで脳天を砕き
右の下段回し蹴りで大腿骨を粉砕し
左足で膝頭を踏み割り跳躍すると
右膝で顎への跳び膝蹴りを見舞い
両手で頭を捉えて倒立し,開脚するや両の脚を振り回し
傅満洲の頭を180度捻り、その首をへし折ってのけた!
いずれも致命の12連撃が、僅か3秒足らずで繰り出されたのだった。
脚を振り回した勢いで宙へ跳び、錐揉みしてマーサは着地する。
「無我夢中の内に放った連撃ですが…
『阿修羅舞』とでも名付けましょうか…」
全身が激しく痛む。
身体中の筋肉や腱が悲鳴を上げていた。
銃弾を受けた胸骨の罅は砕けてしまった様だ。
「…『阿修羅舞』か…良き…名である…」
背後から掛かった声に、マーサは愕然として振り向き、全身の苦痛に
思わず顔を顰める。
(何故生きている! 本当の化け物…魔人なのか!?)
傅満洲は倒れもせず立っているではないか!
背中に回ったままの首はおろか、全身何箇所もの骨折や打撲、内臓もいくつかは
破裂しているはずである。
何故立っていられる!? 言葉を発する!?
満身創痍のマーサにもはや闘う術はない。
目の前の男に底知れぬ恐怖を感じているマーサに、魔人は言葉を続けた。
「…人の域を越える技…余も…夢見た事があった…」
人の肉体の限界を超え、電光石火の連撃を叩き込み相手を絶命せしむる技、
武道を嗜む者達の間では『乱舞』の総称で識られる伝説的な奥義に
彼も興味を抱き、研鑽を重ねた時期があった。
だが…
『不可能ではないが、間尺に合わぬ。』
結局の処、肉体への反動が余りに大きく、人一人打ち倒すのに自身が再起不能や、
最悪死の恐れもあるのでは成果にリスクが見合わぬとして修得を諦めたのだが、
そこで西洋文明の象徴たる『銃』に走った事も含め、彼の心には『逃げた』と云う
忸怩たる思いが残っていたのである。
その諦めた奥義が、今、己の眼前で振るわれている!
振るわれているのは他ならぬ自身である事も忘れ、彼は歓喜の最中にあった。
(余が夢見て到達し得なかった領域に、大陸から遠く離れた異国の、
それも婦人が届いたか!)
為す術もなく打ち据えられながら、奇妙な事だが傅満洲は
ある種の快感にも似た感動を禁じ得なかったのであった。
血塗れの顔は腫れ上がり、もはや目も見えてはいないであろう、
傅満洲は穏やかな笑みを湛えて語る。
「…少年に丸薬を飲ませ終えたなら…その小瓶は…汝に賜わろう…
人の限界を…超え…余を…打倒し得た事への…それは褒美だ…
エメラルドをくり抜き…水晶の蓋を…あしらった…逸品であるぞ…」
「……」
と、俄かに鬼気が膨れ上がり、穏やかな笑みが悪魔のそれに変わる!
「!!」
「だが…汝は…あまりにも無理をした…!
もはや…指一本…動かす事すら苦痛…であろう…
人の肉体の…限界を超えた…それは代償よ…
その…後遺症は…一生遺る…やも知れぬ…
十年か…或いは二十年の後には…余が『悪徳の後継』が…動き出そうが…
その時…汝は…既に…老いて…」
…けく。
一声喉を鳴らすと、傅満洲の顔から凄まじい笑みが消え、
その顔は背を向いたまま、身体はばたりと前のめりに倒れ伏した。
ロンドン、いや、全イギリスの心胆を寒からしめた狂気の魔人、
『天才悪魔』傅満洲の、それが最期だった。
・・・
マーサは大広間の床に一人座り込んでいた。
手には緑の小瓶を握り締めている。
六日目の明け方、空が白み始める頃、『機関』の黒服の一人が音もなく
広間に入って来た。
細身の男、苦無使いである。
「…ハドスン夫人、御無事でしたか!」
「貴方がいらしたと云う事は、外も?」
「はい、終わりました。
貴女には相手が相手故、万一の事もあり得ましたから、
私が皆に先んじて斥候を。」
「そうですか…情けない事ですが、もう一人では身動きも出来ませんの。
恐れ入りますが、肩を…いえ、担架を回して頂けませんか?」
細身の男は傍らの傅満洲の死体を見やる。
凄まじい死体の有様を見て、恐るべき死闘の跡を感じ取り、
さもありなん、と得心したのだった。
外の闘いは、時間こそ掛かったが警官隊と黒服達が堅実に
勝利を収めたと云う。
幾人か骨折や刀傷はあるが、皆生命に別状はないとの事であった。
拓けた草原で囲まれては如何な怪人達とて多勢に無勢、
一人、また一人と黒服達に追い込まれ、警官隊達のライフルに
撃ち倒されたそうだ。
やはり『銃の時代』か、とマーサは傅満洲の嘆きを思い起こす。
唯一人、長剣使いの怪人のみは黒服のリーダー、仕込み杖の男と
剣を交え続けていたが、仲間を悉く失うに至り、仕込み杖の男に
介錯を乞い、自ら腹を切ったと云う。
「自分達は既に人には戻れぬ身だから、と淡々としたものでしたが、
しかし敵とは云え、立派な最期でしたよ。」
怪人達も、出逢い方が違えば、或いは我らの同僚として生きる道も
あったのですかね、と些か感傷的な気持ちを抑え切れぬ様子で
苦無使いは告げるのだった。
・・・
「賊は首魁以下、全員が死亡…逃亡者一名、逮捕者はなし。
何ともやり切れない事件でしたね。」
レストレード青年がぼやく。
「死体もこの数に並外れた体格揃いだ。
検死が必要とは言っても、余人に見られん様に運ぶのも一苦労さな。」
警官隊のリーダー格も些かげんなりした様子で応えた。
「…他の連中は、それより聖女様とのお別れの方が辛そうだが、な。」
つい先程、山荘内から担架で黒服達に運び出されたマーサの姿を見た
警官隊の者達の騒ぎ様はちょっとした見物だった。
「天使様! 聖女様!!」
「お労しや、天使様!」
「俺達が運ぶ、運ばせてくれ!」
「聖女様、お水は要りませんか? 冷たい水をお飲み下さい!」
むくつけき男達が口々に叫びながら集まり、甲斐甲斐しくマーサの世話を
しようと担架の周りで右往左往する何とも微笑ましい姿に、
黒服達も苦笑いしつつ、しかし快く彼らの手助けを受け入れていたのである。
「…どうせこの後は街で出くわしても、精々お互い会釈して通り過ぎるのが
関の山なんだ。
忘れちまうのがいいのさ。」
「…そうですね、公式には、なかった事になる任務です。
帰ったら一杯飲って、後は忘れましょう。」
「おっ、分かってきたじゃねぇか?」
俺達はこの国を護った、その事は俺達と女王陛下だけが知っていれば良い。
スコットランドヤードの一員としての、彼らの矜持であった。
・・・
道すがら、聞こえてくるのは朝を告げる麓村の修道院の鐘であろうか。
担架で運ばれるマーサは黒服のリーダーに言付ける。
「私に併せているとロンドンへの到着が遅れます。
恐れ入りますが、一人先行して室長の下へ走らせて頂けませんか?」
一刻も早くシャーロック少年に薬を届けたい。
また、一人逃げ延びた苏西究や、結社の残党の捜索も頼まなければ。
そして…
「ふむ、承知致しました。
しかしハドスン夫人も随分と茶目っ気が出てまいりましたな?
まぁ、悪い事でもなし、伯爵閣下やマイクロフト先生も喜ばれるでしょう。
…おい、君! 済まんが頼まれてくれるか?」
リーダーは丸薬の飲ませ方を聞き、緑の小瓶を受け取ると、苦無使いの男に
声を掛け、小瓶と走り書きを手渡し二言三言、指示を与えた。
細身の男はすっと集団から離れ、駆けて行く。
伝令を走らせるに当たって、マーサはミウラ伯とマイクロフト氏に宛てて、
非公式な伝言を付け加えたのである。
曰く…
『マーサ・ハドスンも、ベーコンを持って戻りました!』
・・・
マーサ達一行がロンドンへ帰還を果たしたのは、六日目の夜も
更けた頃であった。
先んじて苦無使いの男に薬を持たせなければ一週間の期限ぎりぎり。
シャーロック少年の治療が間に合ったかは難しい処である。
マーサ自身もロンドンへ到着して早々、そのまま入院する事となったが、
苦無使いが気を利かせ、マーサの病室に顛末を伝えに来た。
幸い丸薬の効力には偽りなく、一度目の服用後、程なく熱が下がり始め、
容体は快方に向かいました。
処方通り三粒服用した後は数日で快癒するでしょう、
と聞かされ、マーサはようやくベッドで胸を撫で下ろしたのだった。
苏西究や結社の残党は未だ発見出来ていませんが、他の黒服達も
戻ったからには早晩発見して見せます、今はゆっくり身体を休めて下さい、
と励ましの言葉を残し、機関の猛者はロンドンの闇に溶ける様に立ち去った。
苏西究、そして傅満洲の言葉にあった『悪徳の後継』らの
動向が気になる処ではあるが、痛み止めが効いてきた事もあり、
マーサは何日か振りで、深い眠りについたのであった。
尚、この日の深夜、一隻のジャンク船がロンドンを静かに出航した。
テムズ川を下り、ティルベリーを抜け北海へと消え去ったが、これに気付いた者、
此度の事件と関連付けて考える者は誰一人なかったのである。
タイトルは『勝つ事もあれば、負ける事もある』という諺。
転じて、『人生では成功する事もあれば、失敗する事もある』
『得られたものもあれば、失われたものもある』の意味となります。
今川版ジャイアントロボでは『幸せは犠牲なしに得ることはできないのか、
時代は不幸なしに越えることは出来ないのか』と言う台詞がありましたが、
同様の言葉を使ってみたかったのです。
…今川監督、『バベルの籠城編』、制作してくれんかな。
戸田版は、うん…自分にはちょっと合わんかった。
水田版は割と好き。
城内は『ジャイアントロボ THE ANIMATION』を超応援しております。




