14. 如何にしてマーサは傅満洲博士と怪力乱人軍団にヴェスヴィアス山荘で戦いを挑んだか
遂に激突する『機関&スコットランドヤード』対『金龍詭道公司』。
壮絶な戦いが火蓋を切る!
ep.15(第14話)を投下致します。
『傅家の若殿様は 好いたらしい御方
すらりと高い背 豹の胸
小麦の肌に 唇紅く
黒い眼は 星煌めいて
柳の眉に 龍の髯
美男と聞こえた 呉の周郎も
若殿様に 較ぶれば
燕の頤 虎の髯!』
「…随分と懐かしい歌ではないか、苏西よ。」
夜の山荘の一室で誰に聞かせるともなく歌を口ずさんでいたのは、
果たして妖艶なる浮かれ女、苏西究であった。
歌っていたのは一頃満州の城下町で流行った囃し唄である。
因みに唄は
『御妃様は 無理だけど
もしも願いが 叶うなら
何時かは成りた哉 御愛妾さん』
と結び、顔を見合わせた町娘同士が
『でも、貴女のご面相ではねぇ。』
と笑い合うのがお約束であった。
「あら、いやだ。
主様、聴いておられたのですか…」
普段の道化振りが嘘の様に淑やかな口調である。
「あの頃は、あたしも若殿様に憧れる、唯の町娘でした…」
傅満洲の側へと寄った苏西究は懐かし気に目を細めながら、
主のグラスに酒を注ぐ。
「そして余は小なりとは言え一国の王太子であった。
挫折を知らず、希望に溢れておった。
…全ては『邯鄲の夢』。
昔の話よ。」
傅満洲は目を閉じ、グラスを傾ける。
立ち昇るスコッチの香気が心地よい。
「…来るなら、今夜辺りであろうかな?
苏西よ、もてなしの用意をしておくが良い。
客人には『格』に相応しい饗応が必要である故、な。」
「是、主様。」
部屋を退出する苏西究の背中を見送る傅満洲の口から
含み笑いが零れる。
(さて、勇敢マダム。
恭順か対決か、汝はどちらを選ぶかな?
いずれにせよ、愉しみな事よ!)
・・・
激しい水柱を跳ね上げ、マーサはティーズ川の濁流を駆け上って行く。
背後からは微かに『God Save The Queen』の歌声が聴こえる。
崖崩れを迂回して追って来る警官隊の男達が歌っているのであろう。
(何とも、気持ちの良い方々ではないか。)
荒くれ揃いだが、打ち解けてみれば、見かけによらず気の良い連中と思えた。
(『神よ 女王陛下を 守り給え』か。
願わくば、シャーロックと私もお守り下さい!)
眼前に太い流木が迫る。
「!」
マーサは心持ち気合を込めて水面を蹴ると、跳躍して流木へ飛び乗った。
軽く呼吸を整え、再び水面へと跳ねる。
スカートの下で両足は目まぐるしく回転し、後方に水柱が続いた。
奇跡の『水上歩行』の再開だ。
と、上流に明かりが見える。
目指すヴェスヴィアス山荘はあれに違いない!
マーサは心を励まし、両の足に一層の力を込め、川を遡って行った。
・・・
『水上歩行』の旅も頃合いと見て、マーサは川縁へ身を寄せると跳躍し、
身を捻って着地した。
スカートの裾をひゅんと振るい、水気を切る。
眼前に聳え立つのはヴェスヴィアス山荘。
山荘と言うよりも、ちょっとした砦か山城と云った風情の
堅牢な石造りの城塞であった。
今更何を憚るでもない、正面から押し入ろうかと堂々と門へ向かう
マーサに声を掛ける者がある。
「マーサ・ハドスン夫人とお見受けする…」
青い怪人、傅満洲博士配下の『怪力乱人』であった。
何処に潜んでいたものか、ひいふうみい…その数、十人余りも居ようか。
それぞれに尋常為らざる体躯に小山の如き筋肉の盛り上がり。
剣、槍、鉄棒、大槌、手甲鈎…
思い思いの武器や暗器を手にしてマーサの前に立ち塞がった。
彼らのリーダー格と思しき、長剣を手にした怪人が告げる。
中華風の直刀は龍泉剣、或いは七星剣と呼ばれる業物であろう。
「我等が主に恭順なさるなら、それで良し。
主が御前へ案内仕ろう。
そうでないならば…」
「ないならば…?」
マーサは白磁の表情を崩さない。
「丁重にもてなせ、との仰せだ。
我らの歓待を受けて頂こう、この場でな…」
「先にお断りしておきます…
手加減の余裕はありませんので、そのおつもりで。」
中指の腹でついと眼鏡を擦り上げると気負いもなく、ぴしゃりと言い放った。
「!…良いご返事だ…皆、かかれ!」
一対十余。
絶望的と思える戦闘の火蓋が切られた。
・・・
(最初の位置取りが肝心だ…)
マーサは月歩で地を滑る様に移動する。
最初は囲まれてはならない、だが挟まれなければ、それも狙った相手に!
マーサが敢えて挟まれる事を選んだのは鉄棒使いと大槌使いであった。
いずれも振り回す様に用いる長大な鈍器、他の者が容易に間合いに入れぬと
見ての工夫である。
正面に大槌使い、背後に鉄棒使い、両者が大きく得物を振り被る。
マーサは瞬時に大槌使いとの間合いを詰める。
「!?」
槌を振り下ろさんとする怪人の手首がマーサの細い左手一本で止められていた。
動きを止めた一瞬を見逃さず、怪人の伸びた膝を逆関節に踏み砕く。
ばきりと嫌な音が響いた。
そのまま流れる様に腕を巻き込み引き付けると、肩口で相手の顔面を弾き飛ばした!
「まずは一人…」
巨躯がどうと倒れる。
顎がぐしゃりと潰れていた。
「あれは『心意把』?
いや、『大纏崩捶』か!?
大陸ならまだしもこの国で、しかもご婦人があれ程の『勁』を発するとは!」
長剣使いが驚きを露わにする。
更に驚くべき事には、マーサを背後から襲わんとした鉄棒使いが
片手で顔を押さえて蹲っているではないか!
「何とした!?…これは!」
鉄棒使いの左の瞼には何時の間に投じられたものか、
1ペニー銅貨がざっくりと突き刺さっていた。
「羅漢銭!…暗器をも用いるか!
何と恐るべきご婦人よ…主様が執着なさる訳だ!」
長剣使いが戦慄と共に呟く。
「手加減出来ないと申しましたでしょう?
いずれスコットランドヤードの警官隊もここへ到着します。
投降して頂けませんか?
私はこのまま真っ直ぐ傅満洲の処へ行かせて頂ければ
助かるのですけど。」
冗談とも本気とも取れぬ表情でマーサは淡々と告げる。
「それは無理なご相談だ。
あくまで主様に敵対するなら、猶更行かせる訳にはいかぬ!」
長剣使いの全身から、もぞりと鬼気が立ち昇った。
時折雲間から顔を覗かせる月が見守る中、マーサと怪人達の死闘は尚も続く。
・・・
マーサは既に五~六人の怪人を打ち倒していた。
倒した相手は皆戦闘不能、内数名は絶命していよう。
戦況は、しかしマーサに著しく不利であった。
一対多、それも手練れを相手の闘いは想像以上に神経を擦り減らす。
ましてマーサは闘いの前に数時間も山路を登り、川を駆け上って来たのである。
『水上歩行』はその性質上、休む事が出来ない。
当たり前だが歩みを止めればその瞬間、人の身体は水に沈むのだ。
「……」
流石のマーサも人間である。
目にはまだ力があるが、全身に疲労の色が濃い。
息は荒くなり、顎から汗が滴り落ちる。
「まさか我らの半数も倒されるとは驚いたものだ。
しかし、随分とお疲れのご様子。
…そろそろ楽にしてくれよう。」
長剣使いが油断なく刃を構え、じりじりとマーサとの間合いを詰める。
(!…こいつは特にまずい。
もう少し時間を、息を整える時間があれば!)
怪人達の中にあっても、この長剣使いは実力が頭一つ抜けている。
マーサとしては極力最後に回したい相手である。
デイ・ドレスのスカートの裾やパフ・スリーブの肩は
この男の剣で幾度も斬り付けられ、襤褸切れの様になっていた。
「…では、参る!」
長剣使いは気合一閃、マーサに向かって飛び込んで来た。
「!…チィッ!」
マーサは1ペニー銅貨を二枚放って跳び退る。
一枚は直線、もう一枚は弧を描いて長剣使いに迫る。
彼程の達人が黙って喰らいはしないだろうが、今は牽制して距離を取りたい。
「むっ? フンッ!」
案の定、長剣使いは冷静に直線で迫る硬貨を剣の束で叩き落とし、
もう一枚は返す刀で弾き飛ばした。
弾かれるのは計算の内、マーサは後方へ宙返りして距離を離し、着地する。
「!?」
ずるりと足元が滑った。
マーサは転倒し、一瞬上下の感覚を失う。
「不覚…!!」
朦朧としつつも急ぎ手を着いて起き上がろうとしたマーサの眼前に、
槍使いが待っていた!
「もらったぞ!ご婦人!!」
怪人は槍を振り被り、マーサの心臓目掛けて突き立てんとする。
(しまった!…ままよ、その槍先、腕二本で止める!!)
果敢にも腕の十字受けで槍を受け止めようとするマーサ。
怪人の膂力に対し、それはあまりに無謀な試みであろう。
「…?」
必殺を期した槍の一撃を待つマーサ。
だが、その一撃が繰り出される事はなかった。
目の前の怪人の青い胸に、赤い血の花が咲いている。
「後二秒、いや、一秒あれば…」
ターン…
遅れて届いた銃声を耳にしながら、無念の表情で倒れ伏す怪人。
マーサも怪人達も、皆呆然と銃声のした方向を見やる。
「ハドスン夫人、ご無事ですか!!」
銃口から煙の上がるライフルを構え叫んでいるのは、レストレード青年だった。
「進め、進めぇ!」
「ご婦人を守れぇ!」
「聖ジョージ様へご助力だぁ!」
ヤードの警官隊が口々に叫びながら突進してくる。
マーサと怪人達との間に黒服の男、『機関』の猛者達が割って入った。
「この人数を相手に一人で立ち回るとは、相変わらず無茶をなさる…」
マーサに水の瓶を差し出しながら呆れた様に言うのは仕込み杖の男だ。
「…無理をしたのは貴方達もでしょう。」
一気に瓶の半分も飲み干して、マーサも応える。
「到着まで、もう一、二時間は掛かると見ておりましたよ?」
「そこはお互い様と云う事で。
警官隊の皆、貴女の力になりたいと大いに発奮したのです。
天使様だ、聖人様の生まれ変わりだ、と大人気ですよ?
…傅満洲を追い詰めるにしても、少しお休みなさい。」
「天使様?…私が?」
マーサが思わず鼻白む。
「まぁ、そう言う事です。
…皆、『機関』の者が怪人どもを抑える!
警官隊の皆は周囲を囲み、ライフルで援護・牽制を!!」
仕込み杖の男が一声上げると、周囲が口々に応えた。
「おう、任せとけ!」
「我等には当てんでくれよ!?」
「約束は出来んなぁ、そいつは神様に聞いてくれ!」
皆、道中で随分と打ち解けたと見える。
と、ザシャリと地面を踏んで、青い怪人が二人の前に立った。
例の長剣使いである。
「…かなりの使い手と見た。
手合わせ願おうか。」
「相手にとって不足なし、と云う処ですかな。
受けましょう。」
黒服の男は山高帽を被り直し、仕込み杖を抜く。
「乱戦とは言え、私にも当てて来る強敵です。
お気をつけて。
私は息が整い次第、奥へ踏み込みます。」
忠告し、この場は黒服の男に譲るマーサ。
「そちらも、お気をつけて。」
黒服はもはやマーサには目もくれず、怪人に向かいアンガルドの姿勢を取る。
列車での妙技と云い、この男はフェンシング、サーブルの名手であったか。
闘いの第二ラウンド、バトルロイヤルが始まった。
・・・
屋外に闘いの喧騒を聞きながら、マーサは山荘に潜入していた。
警官隊や『機関』の猛者達があのタイミングで到着した事は
まったくの僥倖であったと思う。
飲み水を得、息を整えられたのも有難かったが、何より彼らが間に合わねば
マーサは槍に貫かれて死んでいただろう。
少なくとも両腕は使い物にならなくなっていたに違いない。
(彼らに報いる為にも、この先は何としてもやり遂げねば…)
改めて意を決しつつ、先を急ぐマーサ。
最低限の灯りが灯るのみで仄暗い廊下を奥へ、奥へと進む。
屋内は驚く程人の気配が感じられない。
(約束の期限にはまだ僅かながら日がある。
まさか既に逃げ出した訳ではあるまいに…)
大悪党ではあるが、不思議とそういう処で詐術は用いぬのではないか、
と云う奇妙な信頼感があった。
いや、そう思うのが既に『人誑し』の術策に嵌っているのかも…
思考の螺旋に陥りつつ、歩き回るマーサ。
と、豪奢なシャンデリアが煌々と輝く大広間に入った。
元はダンスホールであろうか。
暗がりから急に強い灯りを目に受け、思わず顔を(と言っても僅かに
片眉を数ミリだが)顰めたマーサの耳に、女の声が響いた。
「お客人、マーサ・ハドスン夫人のご到着ぅ~!」
仰々しく声を張り上げたのは、言う迄もなく苏西究である。
マーサは知らぬ事だが、先の淑やかさは微塵もなく、
いつもの浮かれ女に戻っていた。
「やぁやぁ、おばちゃんに於かれましてはご機嫌麗しゅう!
再開の日を一日千秋の思いでお待ちしておりましたアルよ!
御気の毒なシャーロック坊やのお加減は如何アルかぁ~?」
「…自分が毒を盛っておいて、よくも言えたものですね、苏西究!」
流石にマーサの言葉にも怒気が含まれる。
「…角灯達の意趣返しアルよ。
ちょっとは言わせろアル。
坊やはまだ生きてるし、おばちゃんの態度次第ではまだ助かるアルね。」
スージーも目が笑っていない。
そこへ割って入る様に、パンパンと手を叩く音が響く。
大きな暖炉の側に、黒檀であろうか、ロココ調の重厚な造りの
ダイニングセットが置かれている。
そこに腰掛け、スコッチのグラスを片手にご機嫌な様子の男がいた。
「両者ともその辺りにしておくが良い。
余は女人が争う様は見たくないのでな。」
何とも人好きのする困った風な苦笑いで声を掛けたのは他でもない、
『天才悪魔』・傅満洲博士その人であった。
タイトル元ネタは『マイドク/いかにしてマイケルはドクター・ハウエルと
改造人間軍団に頭蓋骨病院で戦いを挑んだか』と云う長大なタイトルの
ホラー・スプラッタ映画です。
苦手なジャンルなので作品自体は未視聴なのですが、タイトルだけは
妙に記憶に残ってました。
昨今ライトノベルの長いタイトルについては賛否両論ありますが、
印象に残る・興味を惹くという点では一定の効果がある様に思います。
何故にこんな話をするかと申しますと、作品タイトルを改題する事に致しました。
と言っても元のタイトルに副題を付ける形ですが。
書き始めた頃、友人に「タイトルが簡潔に過ぎる。フックが弱い。」と
指摘されて色々考えていたのですが、今回の話のタイトルを決める際に
ティンと来るものがあったのです。
長いタイトルには気恥ずかしさもあり、読む前からネタバレ紛いのタイトルは
どうなのかという思いもありで敬遠していたのですが、まず興味を持って
頂く、読んで頂く、には『何でもやってみるものさ!』と思い直したのでした。
城内はホラー・スプラッタ映画はちょっと苦手です。
ゴシックホラーはそれなりに観ているのですが。




