11. 浸透する悪意
傅満洲博士の前に手痛い敗北を喫したマーサ・ハドスン。
物語の行方はどうなるのか?
ep.12(第11話) を投下致します。
『史料編纂室』のある庁舎から程近い病院の一室。
先のロンドンブリッジに於ける傅満洲との死闘で一敗地に塗れ、
ベッドに横たわるマーサ・ハドスン夫人と、見舞いに訪れたミウラ伯爵の
姿があった。
無論、政府筋の息が掛かった病院であり、普通であれば襲撃等の恐れはないが、
今回は相手が相手でもあり、状況の聞き取りと護衛をも兼ねてミウラ伯のみ
ならず、『機関』でも腕利きの者達が頻繁にマーサを見舞っていた。
「…そう何度もお見舞いを頂かなくても症状は良くも悪くもなりませんよ?」
気丈に振舞ってはいるものの、マーサの顔色は良くない。
「ひどい打ち身でしたけれど、幸い内臓の損傷はありませんでしたし、
毒等も受けてはおりませんから数日で復帰致しますけれど…」
伯には王室警護としての務めがある。
王室を守護する最強最後の盾役として、あまり任を離れてある事は望ましくない。
「それだがな、正直事態を甘く見ていた。
まさか『仙道』とは…」
「『仙道』…それ程恐ろしいものなのですか?」
マーサの仙道への知識はバリツを学ぶ過程で齧った程度のものである。
その深奥までは識るべくもない。
「傅満洲博士に言われたのだろう?
中華四千年の歴史の中で培われた技術にしてバリツの源流。
皆、事実だよ。
バリツと枝分かれする以前に仙道にのみ遺された技、枝分かれした後に
仙道でのみ独自の進化発展を遂げた技、我らの識らぬ技術もあり得よう。」
実際、君は識らぬ技に敗れた訳だしな、と渋面を作った伯が続ける。
「十全に鋭気を養って欲しいと言いたいが、実の処、君には一日も早い復帰を
望んでいるのだ。
傅満洲博士の一味、『金龍詭道公司』と云ったか…
君を打ち倒す程の手練れが首魁であり、その下にはやはり使い手の女や
屈強な怪人の集団を擁する犯罪結社。
現状、私と君以外では太刀打ち出来まい。
君が見た技をいくらかでも解明し、対処せねばならん。
重要な事だぞ?
もし彼ら一味に叶わず我らが敗れるなら…」
伯の言葉は驚くべきものだった。
「我らの敗北は『機関』のみの敗北ではない。
この国は事実上傅満洲博士の手中に堕ちるだろう…!」
・・・
ロンドンの郊外に位置する邸宅、とある退役軍人の館である。
この館の一室で、その主人と恐るべき客人との会見が行われていた。
客人、言う迄もなく傅満洲とその従者、苏西究である。
館の主人は騎士爵の身分でもあり、軍では大佐まで勤め上げたが、
屡々あまり好ましくない連中との付き合いを疑われていた。
若い頃は軍人らしく相応に鍛えた身体であった様だが、現在は贅肉の目立つ、
尊大な男であった。
囁かれる黒い噂を証明するかの様に、彼の背後にはギャングと思しき
輩達が傅満洲主従に銃を向けて立っている。
「…では、汝は余に与する気はない、と云う事で良いのかな?」
「わしを舐めてもらっては困るな。
この程度の端金で、それもあんたの下に着け、とはよう言うたもんだ。
『天才悪魔』とやらがどれ程のもんかは知らんが、この国は初めてか?
先達の顔を立てちゃどうかね。
『郷に入っては郷に従え』と云う言葉もあるじゃろう?」
老大佐は胆力があるのか、目の前の主従の実力を知らぬのか、或いはごろつき共の
構える銃を恃みにしているのか、ともかくフー・マンチューに従う気はない
様である。
「余に従わぬまでも、余の欲する情報を売るつもりもないかな?
情報料としては過分な額と存ずるが?」
「お断りだな。
わしらは裏社会で甘い汁を吸っちゃあいるが、この国の紳士の端くれでも
あるからな。
国は売れんよ。」
「『紳士』と申したか。」
さも驚いた表情でフー・マンチューは応える。
「…海賊の末裔如きが、笑わせる。」
「野郎!」
「大佐殿を舐めんじゃねぇぜ!」
ごろつき共がいきり立つ。
「あんたもだが、その連れの娘さんの顔つきも気に入らんな。
交渉の場でいつまでも人を馬鹿にした様な薄笑いはどうなんだ?」
老大佐の言葉にごろつき共が乗っかる。
「おっさん、金とその姐ちゃんを置いて帰るんだな。」
「別嬪の姐ちゃんはその薄ら笑いをやめたら可愛がってやるぜ?」
主従の目に昏いものが宿る。
「…主様、もう良いアルね?」
「うむ、交渉決裂だな。
だが、『大佐殿』は今暫く残せ。」
「是!」
いつの間に取り出したものか、スージーが銀の細い笛を吹く。
が、音はない。
「!?」
「何だ、このアマ! 何をした!?」
老大佐やごろつき共が訝しんだその瞬間、窓や天井を破って
青い塊が幾つも室内へ飛び込んで来た!
「何だこいつら!?」
「化け物!!」
館の周囲に潜ませていたのであろう、飛び込んで来たのは果たして、
『怪力乱人』の集団であった。
『犬笛』の類でもあったのだろうか、笛の発する高周波を怪人達は聞き分け、
その合図で以て主従の危機を救わんと飛び込んで来たのである。
ごろつき共が『怪力乱人』目掛けて銃を撃つ。
が当たらず打ち倒され、或いは縊り殺され、次々に怪人達の
餌食になって行った。
いや、数発は命中していたと見える。
肩口や胸板、腹から血を流している怪人が数名いた。
「へへ…」
銃弾を命中させ、震えながら笑うごろつきに顔を向けた怪人が、
こちらも『にいっ』と笑う。
それぞれがボディビルダーの様にぐいとボーズを取り、肩に、胸に、腹筋に
力を籠めると、あろう事か、その傷口からぼろりと零れ落ちる物があった。
こん
と音を立てて床に転がったのは、弾丸だった。
「へ、へ、へひぃぃぃぃっ!!」
情けない悲鳴を上げ逃げようとするごろつきを苦も無く捕らえた怪人が
静かに一声放つ。
「…余計な手間をかけるな。」
言葉と同時にごろつきの首が、ごきりとへし折られていた。
「我らに護身用の銃など役に立つものか。」
「軍用のライフルでもなければ、なぁ。」
「然り、然り。」
既にごろつき共は一人残らず殺害され、怪人達が雑談を交わしつつ
フー・マンチューの背後へと集まる。
「た、助けてくれ! …殺さんでくれ!!」
腰を抜かし這いつくばる老大佐の背後にスージー・Qが立っていた。
「…これで身動き出来なくなるアル。」
老大佐の太い猪首にずぶりと麻痺毒を塗った長針を刺す。
「わ、分かった! あんたの下に付く!欲しい情報も教える!!」
「…ここを突くと息が止まるアル。」
耳も貸さず、スージー・Qは老大佐の延髄に長針を突き刺す。
顔を赤黒くして喘ぐ老大佐の前にフー・マンチューが立った。
「汝の生殺与奪は既に余達の手中にある。」
冷ややかな目で老大佐に言い放つ。
「余は怒りもし、幻滅もしておるのだ。
客に酒食も供さぬばかりか、下賤の者共に取り囲ませ、
その威を買って言いたい放題とは何が『紳士』だ?
粋も洒脱も風情も全く感じられぬわ!
…聞いておるのか?
あ…これはいかんな、スージー、呼吸は戻してやるが良い。」
延髄の針を抜かれ、ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら涙目で
空気を貪る老大佐を気のない様子で眺めるフー・マンチューであった。
・・・
「けしからん! 全く以てけしからんアル!
なぁ~にが『国は売れん』アルか、国の寄生虫もいいとこアルよ!」
館の隠し金庫から引っ張り出した書類や裏帳簿に目を通しつつ、スージーが
毒づく。
フー・マンチュー主従は老大佐への尋問を行っていた。
「傾国とは、その様に一見些細な綻びから始まるものよ。
気付いた時には逆落とし、余とて言うに及ばず、汝らも覚えがあろう?」
老大佐秘蔵の逸品であろう、スコッチのグラスを傾けながらフー・マンチューが
嘯く。
傍らで御相伴に預かった怪人達も、違いないと相槌を打つ。
如何なる出自であるのか、揃って存外に行儀の良い連中だ。
老大佐は延髄の針を抜かれ呼吸は出来る様になったものの、
首筋に刺した麻痺毒の針はそのままで、身動き出来ない。
問われるままに己の為した悪事と求められる情報を吐き出していた。
「しかしこ奴、『紳士』が聞いて呆れるろくでもない男だが、
あれの申した通り、情報の宝庫ではある喃。」
半ば呆れ、半ば感心した様子でフー・マンチューが言う。
「…主様、あいつはあんまり重用しない方がいいアル。
主様の気に入るくらい頭は切れるんだろうけど、『あたし達』とは違うネ。
ああ云うの、『反骨の相』って言うアルよ。」
この場にいない仲間の事であろうが、この娘とは反りが合わぬ様だ。
…自分だけ美酒にお預けを食って書類を漁るのが不満な訳ではない、決して。
「汝はそう言うが、あれは学もあり荒事もこなす。
ああいった者も従えてこその『覇者』よ。
余の『悪徳』の後継としてはなかなかに育て甲斐のある男であるぞ?
…『仙道』を伝えるには素質も学ぶ意志も皆無であるがな。」
「ハイハイ、主様は『用人唯才』が過ぎるアル。
何時か痛い目見ても知らないアルよ。
…あ、こいつは賄賂で転ぶアルね。
名前に花丸付けとくアル。
こいつと、後こっちも弱み握って強請れるアルよ。
大英帝国の名立たる『紳士様』達が、全く嘆かわしい限りアルね~。
…! 主様、ちょっとこれ見るアル!」
何を見つけたのか、スージーが主に書類を手渡した。
「如何した?
…ほう! これはこれは。
ミウラ伯爵、か。
閑職で惰眠を貪る『日本かぶれ』の昼行燈と高を括っておったが、
この国の諜報機関の長とは!
成程、言われてみれば思い当たる節もある…」
「主様! あのおばちゃんの上役が判ったなら…」
「うむ、あの勇敢マダムに、余達の得意とする搦め手も使えようと云うものよ。」
主従はにんまりとして顔を見合わせたのである。
・・・
或る晴れた日のロンドン市中、街角では新聞売りが声高に殺人事件の
発生を告げていた。
ロンドン郊外で退役軍人の館がギャングの襲撃を受け、双方凄惨な死を遂げた
そうである。
退役軍人は身辺に黒い噂が絶えなかった事から、今回もそうした付き合いの
行き違いで殺し合いになったのだろう、と云う事であった。
(…ロンドンも物騒な街になったなぁ。)
新聞売りの声を小耳に挟みつつ、市場でバスケットを片手に食材の買い出しをする
少年の姿があった。
シャーロック少年である。
マーサは既に退院したものの、まだ本調子には遠い。
バリツの修行よりも姉弟子の看病や家事の手伝いを優先する程度のデリカシーは
彼も持ち合わせていた。
利発な彼の事であるから、日頃の問題児振りは何処へやら、
むしろ甲斐甲斐しくマーサの世話を焼いているのであった。
(お腹を強く打ったと云うから、野菜スープ、いや、オートミールの方が
良いのかな?
温かい、消化の良い物を作らなきゃ。
残念だけど、僕には『あのシチュー』は作れないからなぁ…)
店々を廻り食材を買い込んだシャーロック少年はマーサの家へと帰路に付く。
人気のない通りに差し掛かった少年に声を掛ける者があった。
「…ハドスン夫人のお弟子さん?」
見れば妙齢のご婦人の様だ。
声には東洋風の訛りが微かに感じられた。
黒いアフタヌーン・ドレスに同色のレースキャップ、顔はヴェールで
良くは見えないが、結構な美人と思える。
ドレスの下に感じられる身体の線がとても艶めかしい。
彼がまだ女性や色恋に熱中する様な年齢でないのは幸いであった。
(美人なお姉さんの様だけど、ちょっと目つきや口元がいやらしい感じだなぁ…)
「確かにハドスン夫人は僕の姉弟子ですけど、どの様な御用でしょう?」
一頻り相手を観察し、訝しみつつも、素直に応える少年。
「あら、良かった。
彼女にお手紙を届けて頂きたいの。
郵便では間に合わない急ぎの用件なのだけれど、直接お伺いするのは憚られてね。
彼女、今お加減が悪いのでしょう?」
婦人は言いながら胸元からするりと封筒を取り出す。
(うわ! あんなに胸元を開けて、はしたない…でも大きな胸だなぁ。)
「は、はい…そうですね、直接お会いするのはちょっと難しいと思います。
お手紙、預かりますよ。」
流石に目のやり場に困りつつも手紙を受取ろうとする少年の顔に、
シュッと液体が吹きかけられた。
「うわっ! 何をするんです!?」
ケラケラと笑う婦人の手元に、シルバーガラスの小さなアトマイザーが
握られていた。
「手紙だけじゃ、あのおばちゃんや伯爵様は本気にしないかも知れないアル。
坊やの身体がいい証拠になるアルね!
それじゃ、急いで帰ってちゃんと手紙届けるアルよ。
早く帰らないと大変な事になるからネ、頼んだアルよ、ボクゥ!?
では、再見!!」
彼女は言うだけ言うと、婦人とは思えぬスピードで路地を駆け抜け走り去った。
妙齢の婦人…言う迄もなく苏西究の変装であった。
手紙を握る少年の背筋に冷たいものが奔る。
(しまった、油断した!
東洋人の女性が危険な奴だって姉弟子様や伯爵様からあれ程聞いていたのに、
白昼堂々とやられるなんて!)
急ぎ帰ろうとする少年の身体がぐらりと揺れる。
どさりとバスケットを取り落とした。
早くも足元が覚束ない。
(僕の身体が証拠になるって…まさか、あの液体は毒!?)
苏西究、延いては傅満洲博士の悪意に満ちた姦計に陥ったシャーロック少年の
運命や如何に!?
前回書き忘れた傅満洲博士のキャラクターイメージ。
見た目は映画・フラッシュゴードンのミン皇帝。
もしくは音楽グループ・ジンギスカンのルイス・ヘンドリック・ポトギター 。
性格は漫画・蒼天航路の曹操が近いと思うます。
フラッシュ・ゴードンは、まぁB級映画ではあるんですが、
クイーンの楽曲がひたすらカッコいいです。
ジンギスカンの楽曲ですが、ダーク・ダックスがカバーした
『目指せモスクワ』がなかなかカッコいいんですよ。
歌声喫茶なんかも行ってみたいのですが、なかなか機会がありません。
仙台に住んでた頃に『うたごえの店・バラライカ』に行っとくんだった ('A`)
城内はクイーンとダーク・ダックスを超応援しています。




