11.愛しいひと
よくよく考えてみれば、【婚約者がいるから】という理由でつけるものなら、もっと社交界に片耳だけピアスをしている男性がいてもおかしくないはずだ。
それなのに、私は社交界でもあまり見かけたことがなかった。
それもそのはず。
片耳ピアスには別の意味があったのだから。
だけど、言い訳をさせてもらうなら。
あの時の私はとにかく、作成した化粧水で頭いっぱいだったのだ……!
ピアスはあくまでおまけのようなもの。
これからもよろしくね、というお近付きの品のように思っていた。
私が勢いよく謝罪すると、しかし当の本人は、片耳ピアスの本当の意味を知っていたらしい。
驚いた様子もなく、彼は冷静に、納得したように言った。
「やっぱりか。俺の知らない間に意味が変わったのかと思った」
「……知っていたの?」
尋ねると、彼はあっさり答えた。
「まあな」
それに、私は僅かに沈黙した。
(そうよね。グレイだって、二度目の婚約だもの)
耳飾りを渡す際、私だって思ったじゃない。
もしかしたら、王女殿下も過去、彼にピアスを贈っていたかもしれない、って。
そして、彼がピアスの本当の意味合いを理解していることから、間違いなく──。
「…………」
数秒、私は考え込んだが、思考を切り替えることにした。
私も、グレイも、二度目の婚約。
それは事実であり、過去は変えようがない。
(今言ったところでどうしようないことだし……。何より、過去のことをあげつらうなんて、意味の無いこと。不毛だわ)
それなら、今後のことを考えた方がずっと良いに決まっている。
それに、最近は言葉数が増えたグレイだが、この時ばかりは短い一言だったことから察するに、彼も彼で、思うところがあるのだろう。
だから、私は気付かなかったふりをするのだ。
私は、話を変えることにした。
他に、気になることがあったのもある。
「意味を知っていたのに、つけてくれた……のね?」
あの時、私がグレイにピアスを贈った時。
私はまさか、互いに恋愛感情があるとは思ってもみなかった。
あくまでグレイは、私の良き友人。
良き契約相手。頼れる相談者。
そんなふうに思っていたから。
だけど、本当の意味を知った上で、グレイはつけてくれたのである。
私の言葉に、グレイはまつ毛を伏せて言った。
「まあ……贈り物だしな。それに、前にも言ったと思うが俺は元々、君のことを人として好ましく思っていたんだ」
そこで言葉を切ると、グレイは顔を上げて、私を見た。
彼の、紅の瞳が私を真っ直ぐに見つめた。
「ひととしての魅力を感じているなら、それが異性愛に変わるのも、至極当然だろう」
「──」
グレイの言葉は、本当に真っ直ぐだ。
彼は本心を、そのまま口にしているのだろう。
お母様の言葉を、ふと思い出した。
『素直な方なのね。出来もしないのに口だけは立派なことを言う紳士よりも、ずっと素敵だと思うわ』
あれはあからさまにお父様のことを指して言った言葉だと思うが、確かにそう、そうなのだ。
グレイは、嘘は吐かない。
ハッキリとしたひとなのだ。
だからこそ、彼の言葉が本心だと分かるからこそ──照れが勝る。
羞恥心が込み上げてきて、私はそっと彼から視線を逸らした。
「……あなたは、私を過大評価しすぎよ」
小声になってしまったそれは、あまりに頼りない。
それに、グレイが首を傾げ、言った。
「前に、伯爵夫人の前で言ったきみへの言葉を覚えているか?あれは本心で、事実だ」
お母様の前で言った言葉、といえば──。
私は記憶をたどった。
確か、お母様からグレイはいくつか質問されて、その中には、私をどう思うか、というものが含まれていた。
それに対して、グレイは──
『尊敬しています』
『魔法学院時代、彼女の熱意に何度も共感しました。私は彼女のことを、共に励む学友、あるいは戦友のように思っています』
そのように、答えたのだ。
(とても、嬉しかった)
私も彼のことを同じように思っていたので、驚きもした。
だけどその後。
(確か、お母様に聞かれたのよね)
恋情はあるの?って。
それに、今の彼ならどう答えるだろうか。
想像して、私は思わず笑みを零した。
グレイのことだもの。
恐らく、あっさりと、いつもと同じ感じで答えるのだろう。
私は、ソーサーの上のカップに手を伸ばした。
紅茶は、ちょうど良い温度になっている。
カップを手で持って、私は言った。
「私も。……私も、同じよ。あなたのこと、尊敬してる」
グレイは、静かに私の話を聞いていた。
だから、私は彼を見て、言った。
先程のグレイのように、視線を逸らさず、真っ直ぐに。
「魔法学院時代、何度もあなたの考え方に共感したわ。あなたの熱意と、揺るがない強さに、励まされてもきた。だから……」
その先を口にするのは、なかなかの勇気が必要だったけれど。
私は、彼から目を逸らしたくなるのを懸命に堪えて、言った。
笑みを浮かべ、首を傾げて。
「これからもよろしく。……私の婚約者様?」
それに、グレイは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに笑って、彼は答えた。
「ああ。こちらこそよろしく。愛しいひと」
「っ……!!」
とんでもない衝撃に、思わずカップを取り落とすところだった。
(だから、そういところ!そういうところよ……!!)
心の中で、そう叫ぶ。
グレイは温度感の低い、静かなひとなのに。
こういうことを、あっさり口にする。
彼は、知らないのだろう。
そういうことを言われるだけで私は、どうしようもなく動揺してしまうこと。
兎のように、胸が飛び跳ねてしまうこと。
私はこの恥ずかしさをどうにかするために、一息に紅茶を飲んだ。
慎みも、淑女らしさもあったものじゃない。
それでも、こうでもしなければ、頬や耳、もはや首まで伝播する熱で、どうにかなってしまいそうだった。
その時。
食堂の扉が薄く開かれた。
入ってきたのは、私たちの可愛い愛猫。
「なぁ〜〜ん」
──どうやら、いつの間にか、トゥナの起床時間になっていたようだ。
その時、気がついた。
(いつからいたのかしら……!?)
室内には、いつの間にかメイドや従僕がいた。
朝の準備をしているようだ。
その中には、私付きのメイド、リリアもいた。
彼女は私を見ると微笑んだ。
それはまるで──見守るような。
つまり、一言で言うなら、生ぬるい笑みである。
「──っ……」
(見られてた!
聞かれていたんだわ……!!)
いつの間にか、食堂はふたりきりではなくなっていた。
メイドたちの気配遮断のスキルがすごいのか、それとも私が周りを見られていなかったのか。
とにかく、いたたまれない。
羞恥に震えていると、トゥナがするりと私の足元に擦り寄ってきた。
朝食の催促だ。
そして、今日もいつもと同じ朝が始まる。
この話をもって、本編は完結となります。
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